193:インべイド&インバイト
「……なに?」
エルフの小僧がほざいた戯言に、マッキン領主の顔が歪む。
「坊主、もういっぺんいってみろ」
「“怒れる海妖大蛸”。南部領主、あんたのことだろ?」
「いや、それはどうでもいい。皇国軍のやつらが、何ていってたかだ」
「魔王と組んで共和国を滅ぼすって」
「くそッ、ふざけたこと抜かしやがって……」
マッキン領主が呪詛の言葉とともに溜息を吐く。俺にも、なんとなく見えてきた。この内乱は……
いや、この内乱も、だが。
「おぬしが原因のようじゃのう?」
「心を読まれるのは慣れたけどね、ミル姉さん。原因は、俺たち、ね。そこ大事よ?」
「何の話だ、ターキフ。共和国を滅ぼすどころか、救ってると思うんだが」
“吶喊”の面々は何の話かわかってない。少なくとも問題がどこかは見えていない。当然ではあるが。
「俺が魔王と呼ばれていることを、皇国軍の尖兵が知っている時点で変だろ。順番が逆なんだ。内乱を扇動して共和国を傘下に収めようとしてるんじゃない」
マッキン領主が頷く。
「魔王の降臨を知って、内乱を仕掛けてきたってところだな。それはそうだ、“ケースマイアンの三万人殺し”にして“ゴーレム滅殺王”、“王都蹂躙鬼”とまで呼ばれた男が共和国南部領に入ったとなれば……」
「ちょッ」
待て待て待て待て。おかしい。なんか増えてる。身に覚えがないとまではいわんけど、それ全部俺がやったみたいないい方はどうなのよ。
「ずいぶんと御尊名が増えておられるのう、陛下?」
「のう、じゃねえよ。ミルさん思っきり片棒担いでたでしょうが⁉︎」
「戦端を開いた王国が滅びたのを見て、次は自分たちの番だと思うのが普通だろ。皇帝が動いたにしちゃ兵数が少ないが」
「おそらく、ケースマイアンとの大惨敗で失脚した、将軍派閥の残党ですね。宰相派閥は、むしろ低下した国力を取り戻すために内政拡充を進めようとしてるそうですから」
「……なるほど。それじゃ、ここでの結末次第で、皇国はしばらく山脈の向こうから出てこねえな」
「最後の力を振り絞っての外征が、このザマとはのう。さすが魔を統べる王、よくよく祟るものじゃ」
いや、総べてねえし。魔の者って、あいつらの基準でいやケースマイアンのモフモフしてたりプニプニしてたりするやつらじゃねえか。
「魔を統べる……って、こいつ、ぷぁ!」
「わふ!」
モフが抗議とセクハラと魔力供給を兼ねてルイの顔を舐め回す。自分は魔物ではなく気高き妖獣であるとの意思表示かなんかなのだろうが、そもそもそいつも俺の支配下とかじゃなからね。
「それより、マッキン殿。南領主と手を組んで共和国を滅ぼす、という政治的宣伝を行なうということは」
「共和国内部の分断を図ったんだろうけどな。各領は、いうほど一枚岩じゃねえ。まして“魔導学術特区”の杖持ちどもは国政なんて完全に他人事だ。甘言に乗っちゃ来ねえだろうよ」
子エルフは小太り領主の視線を受けて、不承不承ながらも頷く。そりゃ百からの兵を焼き払ったんだから結果は明らかだろう。
「じゃあ、南領主が魔王と結託した理由は」
「結託……は、してないけど。あえていえば、カネかな」
「……カネ?」
「俺たち、冬の間は共和国で冒険者をしてるから」
「は?」
「ほら、冒険者ギルドの登録証」
「わらわも、お揃いじゃ」
子エルフの目から光が失われる。なんというか、気張って望んだのに肩透かしを食わされた、みたいな。俺たちのせいにされても困るんだが。
「……七級、て。ほんの駆け出し……それで本当に魔王なの⁉︎」
「仕方がなかろう、まだ登録したばかりだからのう。こなした仕事はチンケな盗賊退治と海賊狩りくらいのもんじゃ。その帰りに東領の船と一戦交えて、ついでにシーサーペントを仕留めたところで、マッキン殿に雇われてこの遠征に参加したんじゃ」
「……シー、サーペント……?」
探るような子エルフの視線を受けて、“吶喊”の面々が苦笑しながら頷く。
「なかなかの大物だったぞ。ありゃ八十尺はあったな」
「うむ。ラファンに帰ったら、焼き肉の宴じゃ」
「東領と北領と皇国の海軍を壊滅させたのもこいつらだ。おそらく、やつらが海戦能力を回復させるまでには二年は掛かるな」
ガックリと肩を落として、子エルフはグリフォンから降りる。
「お? 小僧、もう帰るのか?」
「……うん。まったくの無駄足だったから。思ってたのと、逆の意味で」
あまりのしょぼくれ具合を哀れに思った俺は、菓子の詰め合わせを小さめの段ボールに入れて押し付けてやった。
「まあ、そう気を落とすな。そのうち遊びに行かせてもらうから、魔導師連中によろしく伝えてくれよ。これ、茶菓子な。よかったら、みんなで食ってくれ」
「……ああ、うん。わかった」
ションボリしたまま魔力を込め、飛行魔法なのか地上数メートルを浮いたまま子エルフはヒョロヒョロと力なく飛んで行った。
「名前を聞くの、忘れたな。まあ、いいか」
「大丈夫じゃ。その“魔導学術特区”とやらに行けば会えるであろう」
サイドデッキに立った副長が、俺たちのいる客室の窓をノックする。
「マッキン様。皇国軍の使者が来ております」
「使者? 停戦でも要請して来たか」
「いえ、議事堂までご足労願いたいと」
グリフォンから十メートルほど離れたところで、黒衣の文官らしき男が立っていた。キャスマイアの衛兵数人が脇に立って警戒しているが、使者は仮面のように無機質な笑みを浮かべ、死んだ魚のような目で俺たちを見ている。
「気に食わんのう」
「まあ、そういうな王妃。貴殿らのおかげで、叛乱軍の手持ちの駒は二百やそこらだ。もう軍集団の体を成していない。何を企んでいるにせよ、できることなど降伏か停戦協定の締結ってとこだろうよ」
だと良いんだがな、と俺は他人事として首を振る。首都と評議会を解放して皇国に逃げ帰るというなら、皆殺しにしようとまでは思わん。
「そう上手くはいくまいのう。皇国軍の得意分野は、人の頭を好き勝手に弄り回すことだったはずじゃ」
ミルリルさんが、俺にだけ聞こえる声でつぶやく。
「乗り掛かった船だ。最後まで付き合うか」
「魔王陛下の御意のままに、じゃな」
のじゃロリ妃陛下は、面白がっている顔で笑う。荒事が終わらない予感はしているが、望むところだ。最後の一兵になるまで向かってくるというのなら、それはそれで構わない。
“吶喊”をマッキン領主の護衛に付け、周囲の警戒をキャスマイア衛兵隊に任せて、俺はグリフォンを発進させる。
「ターキフ」
議事堂前の広い通りに出ると、道の両脇に皇国軍と北領・東領の兵士たちが並んでいるのが見えた。
その数、約二百五十といったところか。帯剣してはいるものの、両手は後ろ手に組まれて攻撃の意図はないことを示している。無表情の彼らの意図は読めないが、どうにもちぐはぐな印象を受ける。
「……もしかして、あれは示威行為のつもりか?」
「だとしたら、ここにはケースマイアンとの戦闘を経験した者はおらんようじゃの。嘆かわしい限りじゃ」
「どういう意味だ?」
「ケースマイアンって、魔王領だろ。そこで戦ってたら何が違うんだよ」
ルイとティグが怪訝そうな顔で俺たちに尋ねる。
「どちらが威を示す側かを理解しておらん。この期に及んで残った兵の数を恃んでおるのだとしたら恐るべき無能じゃ。しかし、気を抜くでないぞ。もし、これが示威でないのだとしたら……」
ミルリルは、低い声で笑った。
「こやつら、差し違える覚悟を決めた、死兵じゃ」




