192:レイジング・クラーケン
「どうした、魔王」
「マッキン殿、すみませんがどこかで衛兵隊の装備をですね……」
替えたいのは山々だが、肝心の代替装備がない。まさか海賊や盗賊から奪った雑多な格好をさせるわけにもいかんし、質と量を考えれば王国軍以外の装備はないのだ。
「敵襲!」
ああ、もう。最初に敵を殲滅してしまわないと、誤解を解くどころの話ではない。ミルリルとアイコンタクトで頷き合い、RPK装備で車外に出る。使用弾薬も弾倉も共通だが、彼我の兵員数が三十倍以上となるとアサルトライフルよりも軽機関銃の方が連射に向いている。
「“吶喊”、マッキン領主の護衛を頼む」
「「「応!」」」
向かってくるのは皇国軍の軽騎兵が三十ほどか。戦力を小出しにするのは自殺行為だというのはこの世界でも常識だと思ってたんだが。占領途中の市街地で想定外の敵が出現となれば兵力の集中もできないか。装備が革の胸甲に手槍のみというあたり、勝ったつもりで残敵狩りでもしていたのかもしれない。
「キャスマイア衛兵隊、君らの獲物だ。存分に殺してくれ」
「「「おおおおぉ!」」」
潤沢な矢を連射して、衛兵隊は皇国軍騎兵部隊を血祭りに上げる。逃げる間も無く射殺された皇国兵たちは剣山のようになって地べたに転がった。念のためバックアップの準備をしてはいたのだが、俺の出番はない。
「うむ、おぬしら馬を殺さんところが天晴れじゃ」
「そうさ、馬に罪はねえしな」
「おお、その通りじゃ!」
ああ、うん。わかったから。ミルさん、こっち見ないで。俺だって、馬に恨みがあるわけじゃないのよ。ただ騎乗する敵だけを殺す技術がないだけでね。
「魔王、もう少し敵を炙り出したいんだが、対処可能か?」
アウェイな上に土地勘もなく戦力も少ない俺たちが都市部で各個撃破を繰り返すのはリスクばかり大きくて非効率だ。せっかく目立つグリフォンがあるのだから、撒き餌にして敵を誘き寄せる。
「問題ないですね。敵を二百くらいまで削ったら、議事堂に向かいましょうか」
「任せる」
「副長。残敵二百まで、というたら後どのくらいじゃ?」
「総数七百として、あと三百てとこかな」
「二百だ」
後部座席の奥で憮然とした顔のエルフがそっぽを向いたまま、いった。
「魔導師と軽歩兵、百ほどは“魔導学術特区”で焼き払ったからな」
「ほう、意外と役に立つようじゃな」
「なにッ⁉︎」
「やめなさいミルさん、大人気ない。君もホラ、拗ねてないで攻撃に混ざりたければお願いしたら?」
「す、拗ねてない! ぼくは“魔導学術特区”の新鋭だぞ⁉︎ こんなところで雑兵相手に戦うほど安い戦力じゃないんだ!」
「好きにせい」
通りの奥から、わらわらと集まってくる気配があった。いまひとつ統制は取れていないが、北領軍と東領軍の軽歩兵、そこに皇国軍の重装歩兵が混じっている。百五十は超えているが、正確な数は読めない。
「二百には、少し欠けるかのう」
箱入り弾倉を入れ替えたミルリルが、ガシャンとMAGのボルトを引く。銃架でふむんと息を吐くと、彼女はサイドデッキの副長たちを振り返る。
「キャスマイア衛兵隊、先制攻撃の誉れは譲るので、好きにするがよい。ただし、あやつらの先頭が七十尺先に転がっておる樽を越えたら、わらわの的じゃ」
「ああ、了解だ」
衛兵隊の精鋭たちは、戦意で火が着いたようになっている。副長がギラギラした目で敵を睨みつけ、昂ぶった声で笑う。
「……なあ、嬢ちゃん。あんたの出番をなくしても構わんのだろう?」
「その意気じゃ。おぬしらの気概、見せてみよ!」
「「「応‼︎」」」
気合い一閃。十六人の射手が打ち出す膨大な数の鏃が、凄まじい密度で敵を薙ぎ倒す。
すっげー、なんだそれ。長弓って、そんな速度で射られるんだ……つうか、軽歩兵の胸甲どころか重装騎兵の胸板まで貫いてるじゃねえか。
「すげえな。本当に皆殺しにしそうな勢いだ」
「エルフほどじゃないけどな」
「あ?」
なんだかんだで興味があるのか、名もなき子エルフは操縦席のところまで来て窓から戦闘風景を覗き込んでいる。悔しそうな表情が丸出しなあたり、まだ幼い。
「俺たちなら短弓でもあれくらい……」
「おぬしは黙っておれ。今度は手加減せんぞ」
「……あぅ」
手加減、してたんですね。あれで。まあ、現にこいつが死んでないってことは、多少の手心くらいは加えてたのかもしれんけど。
「正面を向いた装甲の厚いところを避けて、関節や素材を曲げた部分の薄い平面を狙ってる。あれはあれで、良い腕だ」
「ほう? 見る目はあるようじゃな、小僧」
「だから、いっただろ! ぼくは“魔導学術特区”の新鋭ぃ、ぎゃあァ!」
「やかましい!」
ミルリルに文句をいおうと屋根から顔を出したところで、MAG汎用機関銃の射撃が始まったのだ。エルフの子は轟音と焼けた薬莢を食らって車内に転がり落ちてくる。
「みみ耳が! ……うわ熱ッ、痛ったッ!」
「危ないから下がってろ、すぐ済む」
三分と掛からず、叛乱軍は血煙に沈んだ。
「ターキフ、後続はいない。残りは議事堂に陣取って待ち構えているはずだ」
副長が特に喜ぶでもなく淡々と報告し、衛兵隊はサイドデッキで移動に備える。
「……そんな。百二十はいたのに」
「たったの百二十じゃ。わらわたちを止めるには、最低でも五倍は必要じゃの」
「……六百? そんな数、例え雑兵だってまともに戦って勝てるわけが……」
「おぬしに今すぐそうなれとは誰もいわんじゃろ。新鋭だなんだと持て囃されたところで、しょせんは狭い田舎のなかでのことじゃ」
「……ぐッ」
「そう焦らんでも、いずれ広く世を見れば身の程を知ることもできよう。見せてもらった魔力の生成と制御、その年では十分すぎるほどの技量じゃ。驕らず励むが良い」
「……」
「不満そうだな、坊主」
後部座席で“吶喊”に守られていたマッキン領主が、子エルフに話しかける。
「お前が実際どの程度の魔導師かは知らんが、そこにいるのは王国を崩壊させ皇国を震撼させた“ケースマイアンの魔王”とその妃だ。お褒めの言葉をいただけたと思えば光栄なことじゃないのか?」
また魔王云々の説明をすることになるのかと思えば面倒臭いが、子エルフの反応はない。沈んだ顔で何やら思いつめていたが、顔を上げて俺を見た。
「やっぱり、そうなんだ」
「そう、って?」
その目には、チラチラと怒りの炎が宿っている。嫌な予感がした。既に予感じゃないくらいハッキリと、最悪の未来が浮かんだ。
「大人の魔導師たちに、皇国軍の連中がいってた。“怒れる海妖大蛸”が魔王と手を組んで、共和国を滅ぼすんだって」




