191:首都ハーグワイ
勝手に突っ掛かってきて勝手にノックアウトされた新進気鋭の魔導師(っぽい感じ)の名も無きエルフの子はとりあえず車内に放置。俺たちは首都ハーグワイを目指してグリフォンを前進させる。
「総員、戦闘用意。降車に備えてくれ」
「「「了解」」」
キャスマイア衛兵隊はホバークラフトのサイドデッキでそれぞれ長弓と剣、手槍や片手盾を装備して臨戦態勢に入る。
近付いてみると、城壁は無事だが東側の城門は破壊されていた。踏み荒らされた雪と壊れた門扉、飛び散った血と馬の死骸、折れた槍や突き立った矢など生々しい戦闘の痕跡が残っている。
兵士の死体は転がっていない。まだ双方とも負傷者や死体の回収ができないほど戦況が進んでいないのだろう。
「副長、敵味方の識別はどうすれば良いのじゃ? 黒衣の皇国軍はともかく、領兵のなかに敵がおってもわらわたちにはわからんぞ」
「それは向こうも一緒だ。乱戦を想定して、識別用に揃いの徴を着けている筈だ。各領の衛兵が羽織る外套とかな」
いってるそばから戦闘状態の兵士たちが見えてきた。なるほど、衛兵詰所を包囲している側は赤い外套の背中に黄色い鳥型の染め抜きがしてある。北領の旗印なんだろうけど、簡略化されすぎてて下手くそな鳥にしか見えん。その数、二十名ほど。詰所に立て篭っているであろう中央領の衛兵たちは見えないが、矢を放っては盾に弾かれている。
「なるほど、了解じゃ。ターキフ?」
身振りで“車両停止”を示すと、助手席から屋根の銃座にひょいと飛び乗り、UZIを単射で撃ち放つ。
「もう大丈夫じゃ、前進!」
早いな、おい。動きを止めていた一団が、糸の切れた操り人形のようにバタバタと倒れる。二十数名が殲滅されるまでに、十秒と掛からなかった。
「そういや副長、中央領衛兵の徴を見た覚えがないんじゃがのう」
「群青の外套に、赤の太陽紋だ。キャスマイア衛兵隊のは、血糊で赤黒く染まっちまったんで、同士討ちを避けるために脱いじまった」
それもまたすごい話だ。よく生きてたね。
「おう、ご苦労じゃ。もう心配ないぞ。叛徒の掃討は。すぐに済ますでな」
詰所前を通過する俺たちのホバークラフトを、唖然として見送る兵士たちが見えた。背中のマークは見えないものの、たしかに群青色の外套を着ている。
「マッキン殿、どこに向かえばいい?」
「そのまま直進、その先の広場で停止してくれ」
「広場? 議事堂とかではなく?」
「奥に見える尖塔付きの高い建物が議事堂だ。評議会の連中はそこで籠城中だろうが、この数で攻め入っても乱戦に巻き込まれるのがオチだ。それより敵を分断して、別個に削った方が良いだろう」
「なるほど。それで、広場で何を?」
「叛乱軍と敵対関係にある南領主が、強力な増援の到着と掃討作戦の決行を発表する」
「ふむ。まさか二十余名が着いたからといって、敵も降伏はするまいが……」
UZIの弾倉に拳銃弾を装填しながら、ミルリルさんが唇に獰猛な笑みを浮かべる。
「……いや、それはそれで、面白いことになりそうじゃの」
轟音を立てて前進するホバークラフトを見て、いくらか矢が飛んできた。南領の旗を立てているので、攻撃を仕掛けてくるのは叛乱軍と見て間違いない。視認する都度、ミルリルさんの的確な射撃により敵兵が物陰で倒れ、屋根から転げ落ちる。
広場には皇国軍の重装歩兵が五十ほど、それと協働しているらしい北領の軽歩兵が百ほど陣取っていた。対する群青外套の中央領軍は、倒れ伏した死体や瀕死の負傷者が二十やそこら。逃げ延びた兵がどれほどいるのかは不明だが、もはや組織的抵抗を維持できていないことが窺える。
勝鬨を上げる寸前だったらしい叛乱軍側は、迫り来るグリフォンの巨体を見てあんぐりと口を開けている。サイドデッキに出た副長が部下たちと一斉に弓を引き絞った。
「嬢ちゃんだけに良いとこ奪われるわけにはいかねえだろ、キャスマイア衛兵隊の意地を見せてみろ!」
「「「「応‼︎」」」」
次々に放たれた鏃が密集した兵たちに降り注ぐ。広場には遮蔽もなく、油断していた叛乱軍は逃げることもできずバタバタと倒れる。
敵が混乱から回復し、盾を構え手槍を挙げて反撃に入る頃にはその数を半数近くまで削られていた。
「怯むな、敵は寡兵だ! 押し包んで殲滅……」
「できるとでも思うたか、阿呆が」
頑丈そうな鉄貼りの盾を揃え重装歩兵を前面に出した隊列だが、MAG汎用機関銃の射撃が始まると一瞬で崩壊する。自分たちの敗戦を想像もしていなかっただけに、恐怖と絶望も激しい。
「「「ぎゃあああぁ……ッ!」」」
撃ち出される銃弾とぶち撒けられる無惨な死を、ギョッとした顔で見つめているのは敵だけではない。グリフォンのサイドデッキで応戦しようと身構えていたキャスマイアの衛兵たちでさえ、その威力を目の当たりにして硬直し言葉を失う。
「……な、何が起きた⁉︎」
彼らも夜のキャスマイアで共に戦ってはいたのだが、俺たちの戦闘は見ていなかったか、距離と暗闇に阻まれて視認し切れていなかったのだろう。
盾も甲冑も易々と貫き、百近い兵を薙ぎ払う武器。そして恐るべき炎と銃声が、敵の戦意を根こそぎ奪う。足を止め思考を中断した叛乱軍はそのまま血肉を噴き上げて広場に倒れ伏したまま動かなくなった。
「とんだお祭り騒ぎじゃの」
「お、おい」
後部座席の奥で震える声がした。振り返ると、青褪めた顔のエルフが震えながらこちらを指差していた。
「なんだよ、それ。魔力感知には、何も……」
「やかましいわ、小僧。しばらくそこで大人しくしておれ。今度またゴチャゴチャいいよったら、貴様も手足に風穴を開けてくれるぞ」
歯牙にも掛けないというようなミルリルさんの言葉に、エルフは怯んだ顔でブンブンと首を振る。
周囲が静まり返ったところで、副長がサイドデッキから大音声で周囲に告げる。
「聞け! キャスマイア常任理事の使者として赴かれた、南部領マッキン領主より沙汰がある!」
ひょこりと車内から出てきた小太り領主が鷹揚に手を振った。威厳、あんまないな。他人のことはいえんが。
「南領主マッキンだ。皇国軍と東領・北領の艦隊により侵攻を受けた中央領の貿易港キャスマイアだが、既に奪還を果たした!」
おおおお、とどよめきが上がる。その声は思ったよりも大きく、喜びに満ちている。
「我々は、キャスマイアの理事七名から依頼を受け、首都奪還のためにやってきた! 本日中には、叛徒の制圧を行い、首都ハーグワイを評議会の管理下に取り戻す!」
どよめきは歓声に変わり、拍手と指笛と黄色い声があちこちから上がった。
それは良いんだけど。そこで俺は、おかしなことに気付く。首都ハーグワイの住人たちがこちらを見て一喜一憂しているのはわかったが、漏れ聞こえる声に奇妙な違和感があったのだ。
「……嘘だろ」
「あれ、まさか……」
「……見ろ、噂は」
「本当だったんだ」
噂? 本当だったって、何が? 見ろって、何を……
視線を辿って、その先にあるのがキャスマイアの衛兵部隊だとわかった。副長も怪訝そうに周囲を見ていたが、ハッと我に返って俺を見据える。
「……おい、これ拙くないか」
「まずいですね」
「どうすんだ。説明……」
「無理でしょう。信じるわけない。……マッキン領主の出自はどの程度、知られていますか」
「御父君の代にも兄君の代にも、領主の座に就いたとき大々的に報じられたから、知らん奴を探す方が難しい」
「ダメですね。いまからいっても下手な言い訳にしか聞こえない」
「どうしたんじゃ、ターキフ?」
「副長たちの装備だよ。補給が途絶えてたから俺が用意した急拵えの、これ……」
「む?」
「甲冑も剣も弓も、王国軍の装備だ」
孤立無援で雪隠詰めの衛兵隊からすりゃ、使えて殺せりゃ十分だ。しかし、それがどう見えるかってことに、俺は気付いてなかったのだ。元は王国出身の南領主が、東領・北領の叛乱と皇国軍の侵略を退けた。どうやらそれは事実と認識したらしい住民たちは、キャスマイアから来た中央領の衛兵たちを見て、こう思ったのだ。
そこには王国軍の支援があったと。
それ、アカンやつやん! 国外勢力からの利権蚕食でも疑われたら(というか普通に考えたら疑うに決まってんだけど)マッキン領主が絞首刑領主になる未来しか見えんわ!




