189:リコンキスタとコンクエスト
「副長、衛兵隊長は」
「そのまま詰所に転がしとけ。鍵は掛けてな」
ちょっと近所にお出かけ、みたいな口調で副長さんは吐き捨て、完全装備の部下十五名を連れてホバークラフトのサイドデッキに乗る。
残敵の掃討は、一瞬だった。
海路での輸入を断って侵攻前に城塞都市キャスマイアを干上がらせるという東・北領の兵糧攻めに、中央領の衛兵たちは相当怒りを溜め込んでいたようだ。
武器と食料の補給を受けた彼らは鬼神のような勢いで皇国軍と東領軍・北領軍を皆殺しにして中央領キャスマイアを解放。その上で、常任理事たちに首都への逆上陸作戦を進言したのだ。
副長さんは最精鋭の部下十五名を引き抜くとともに、俺とミルリルと“吶喊”に、道中の輸送と補給、そして投降を促すための使者として赴くマッキン領主の護衛を依頼してきた。
彼の独断ではあるが、後に南領の冒険者ギルド経由で、中央領衛兵隊からの正式な依頼になる。
「書類と報酬はこちらで間違いなく用意する。どうだ、魔王」
「……ああ、それは構いませんが」
「決まりだな。では理事殿、我々はこれで」
マッキン領主は“吶喊とともに車内へ。衛兵たちは臨戦態勢のまましばらくサイドデッキで残敵への警戒と対処を担当するそうだ。
「こちらは、いつでもいいぞ」
「そうはいうがな、副長。首都は逆賊に包囲されているのであろう? おぬしら十五名とわらわたちを合わせても二十やそこらしかない兵で奪還するなど、いくらなんでも無謀ではないか?」
「無謀かどうかなんざ、知ったことか。俺たちはな、中央領を守るために死ぬのが役目だ。敵見て剣を引いたりゃしねえんだよ。それにな」
「む?」
「そんなニヤけた顔でいっても、説得力ねえぞ嬢ちゃん」
まあ、その通りだ。ミルリルさん、ムッチャ楽しそう。絶対、無謀だなんて思ってない。少なくとも、無謀なのが自分たちだとは、微塵も考えてなかろう。
覚悟のほどを確認しただけだろう。どうやら、お眼鏡には叶ったようだ。それはいいんだが、問題はマッキン領主だな。彼は中央領の人間ではなく、南部領の領主なんだが。なんぼなんでも最前線に突出し過ぎじゃないかね。
「マッキン殿。本当に、その使者とやらの任を受ける気ですか?」
「無論だ、魔王。こちらには常任理事七名全員からの正式な依頼書も、委任状もある。結果は問わんとの言質も取った。それにな、首都再制圧に成功したら南領と王国南部貴族領、そしてケースマイアンとの協定締結の確約も得ている」
「利益があるし関与の口実もあると」
「そうだ。衛兵たちのセリフじゃないが、俺は南部領の発展と繁栄のために命を掛けるのが役目だ。危険に見合った利益は確保したさ」
「それは結構。ですが、敵の兵力は把握しているんですか」
「副長主導の尋問によれば、最大で騎兵二百に歩兵五百。魔導師が百は含まれてる。輜重は馬橇が百に非武装の人足が百四十。おそらく収奪用だ」
兵だけで七百か。移動が制限される厳冬期にしては多いと見るか、他国の首都制圧をするには少ないと見るかは微妙だが、たしかに二十人と一匹で対するには過ぎた敵ではある。おまけに魔導師がいるとはな。あいつら、銃器と少しだけ相性が悪い。
「七百、となると……ちょっとだけ足らんかもしれんのう」
「なにがだ、嬢ちゃん」
「百三十までの敵なら、わらわが責任を持って殺そう。いや、それに足すことの六、までじゃな」
ええと、また増えた? それは、UZIとM1911コピーと各予備弾倉、それに極地用リボルバーの分か。
ミルリルさん、さっきまでポチポチと使用済みマガジンに弾薬を再装填してたからね。
「しかし、問題はなかろう。“グレネードランチャー”で百やそこらは吹き飛ばせるし、“車載汎用機関銃”で二百は屠れるわ。ターキフも“自動小銃”で百くらいは薙ぎ倒してくれるであろうしのう。これで五百と四十じゃ。あとは二百も残っておらん」
「お、おう」
ここにいるほとんどの人間は、実際にミルリルが(そして添え物程度に俺も)暴れ回った姿を見ている。なのでマッキン領主も衛兵たちも、見送りに来た理事たちもだが、駄法螺じみたミルリルのコメントにも、苦笑するだけで反論などしない。
「お任せを、ミル殿!」
「うむ。中央領が誇るおぬしら衛兵の士気も練度も、存分に見せてもろうた。たかが皇国の雑兵と叛徒ごとき、二百程度は倒してもらえると確信しておるぞ?」
「「「「応!」」」」
「では、参ろうかのうターキフ」
「あっ、ハイ」
銃座で笑う魔王妃陛下に流されるがまま、ヘタレ魔王で運転手な俺はグリフォンを始動する。共和国と同じ名を冠する首都ハーグワイまでは、キャスマイアから内陸に向け街道を西進すること二百哩、約三百二十キロほどの道程だ。
街道とはいっても冬季には膝までの積雪で埋まっており、森以外では境目も曖昧だ。馬橇以外に移動手段もないこの時期、首都を制圧しようとしている叛乱軍の誰も、そこを進攻して来ると想定してはいないだろう。ましてキャスマイアは、皇国と北領の砲艦が焼き払い殲滅していると思っているのだから。
ふかふかの雪も、ホバークラフトなら平地と同じ。障害を気にせず速度を出せるだけ夏場の平地よりも楽なくらいだ。
「それじゃ、郊外に出たら速度を上げます。衛兵の皆さんも車の中に移ってください」
「いや、ここで十分……」
「無理だって。最初は物珍しいから、外に乗ってたい気持ちは、あたしにもわかるけどな」
「こいつは馬の倍以上は出るんだよ。なんかの拍子に戦闘にでもなったら、振り回されて落っこちる。そうなったら、拾いに行ってる時間はないよ」
「わ、わかった」
“吶喊”の面々から諌められて、衛兵たちも車内に入った。
「いいぞ、ターキフ」
フラットな路面になると、俺はスロットルを開ける。掃討終了後に七百リットルほどの給油を済ませ、とりあえず燃料の問題はない。轟音を上げて加速してゆくグリフォンは、遮蔽物のない平野では現重量でのトップスピードである四十ノット(時速七十四キロ)ほどに達する。
「は、速ぇえええ……⁉︎」
「上手く行けば、二刻(四時間)ちょっとで到着できそうです」
「「「え」」」
遥か後方にキャスマイアが見えなくなる頃、中央領に日が昇り始めた。妖獣モフが運転席の脇まで来て、ふんふんと疲れの元を吸い取ってくれる。便利な上に優しいやつだ。俺はもしゃもしゃと白い毛皮を撫でくり回す。
「ありがとな、モフ」
「わふ」
森を抜けて野原を突っ切り、凍った河も難なく通過。本来は迂回するべきルートを簡単にショートカットすることで、俺たちはどんどん距離を稼いでいった。共和国内には皇国との境にある山岳地帯以外にあまり起伏がないことも幸いして、速度を落とすこともない。民家も遠くにチラホラ見えてはいるが、冬の間は出歩く人間もいないようだ。
凄まじい音と爆風を上げながら疾走するホバークラフトを止めるものはない。
「……ぬ?」
いっぺんは車内に入って助手席で休んでいたミルリルだが、首都ハーグワイが近付いて来る頃には警戒し始めていた。双眼鏡であちこち確認し、再び屋根を開けて銃座に戻る。
「ターキフ」
「ん、敵影か?」
「わからん。その丘を越えたところで停車じゃ」
「どうした、嬢ちゃん」
異変を察して、副長が運転席までやって来た。
「煙が上がっておるな。炊煙ではない。村でも焼かれたか」
「まさか。皇国はともかく、北領の連中は制圧後に統治する土地だぞ? 自分の食い扶持を減らすような真似をするとは思えねえが」
「阿呆のすることじゃ。わらわにもわからん」
丘の稜線手前で停車してエンジンを停止、俺とミルリルが車外に出る。少し遅れて、副長が追いかけて来た。
「あれがハーグワイ?」
「ああ、奥に見えるあの壁の内側がそうだ」
眼下に盆地状になった広大な平野部が広がっている。平地は直径が十キロメートル前後はあるだろうか。その中心近くに築かれた一辺数キロの四角い城壁のなかが首都のようだ。とはいえ、俺の視力では漠然とした都市の遠景でしかない。城壁の外にも広く街並みが広がっていて、建物の分布からして盆地の隅には別の人口密集地があるように見える。
「煙は、城壁側ではないのう。左手前の小高い場所にあるゴチャッとした集落じゃ。あそこは、何があるのじゃ?」
いや、悪いが俺には煙以外に何にも見えん。
「平野の南端、となると魔導窟だな」
「あーあ、やっちまったな、皇国の馬鹿ども」
振り返ると、いつの間にか副長の隣でマッキン領主が渋い顔をしていた。街を見下ろしている顔には焦りのようなものがある。
「まどーくつ? なんじゃそれは」
「魔導師専用の居住区画、正確には“魔導学術特区”だが、俗に“魔導窟”と呼ばれて恐れられてる。一般市民どころか官憲さえ用がなければ立ち入らん」
「なんでまた、そんなことになっておるんじゃ」
副長は詳しくないのか、マッキン領主が説明役を引き継いだ。
「共和国は、昔から強力な魔導師を多く輩出して来たんだがな。危険性を思い知っているから、市井の民や政治からは隔離してきた。例外は軍だが、共和国は領主の抱える衛兵以外に常備軍を持たない。戦争のない時期には食い詰める者も多い。だから評議会は潜在的脅威を野放しにしないため、偏屈でへそ曲がりで気位ばかり高くて危ない魔導師連中を一箇所に集めたんだ」
「強制的に?」
「そんなもんに従うわけねえだろ。名目上は、自由に研究を行わせて、成果を一定額で買い上げるってことになってる。しかしまあ、実態は、捨て扶持だ」
「ふむ。魔獣に餌を与えて飼い慣らすようなもんじゃな。下手を打って食い殺されんと良いが」
相変わらずコメントをオブラートに包む気ゼロですな、ミル姉さん。そこだけ聞くと悪くない政策のように思えるが、あの煙を見る限り実態は掛け離れたものだったんだろう。
「マッキン殿の御家は王国の出と聞きましたが、共和国の事情にお詳しいですね」
「王国出身だからだよ。最初は知らんことが多過ぎて話にならなかった。徹底的な調査と研究で、ようやく生え抜きと並べるってもんだろ」
なるほど、マッキン領主は努力の人か。いわれてみれば、そういう感じはする。
「その魔導窟ですが、そこが皇国から狙われる理由でもあるんですか」
「ない。汎用魔導技術の研究は皇国の方が盛んだが、魔力で湯を沸かしたり他人の頭を覗いたりデカい人形を動かしたりってお遊びだけだ。そこを勘違いして絡んだんだとしたら自殺行為だぞ」
そのデカい人形も、なかなか大変でしたけどね。皇国軍の魔導技術をお遊びというほどのものなのか。
正直、関わりたくないな。皇国と叛乱軍以外には恨みもないし、用もない。さっさと通過して首都を奪還しよう。
「行きましょうか。こちらの脅威にならなければ問題ありません」
「だと、いいがな」
平地の南端にあるその魔導窟の辺りで、立て続けに派手な爆煙が上がった。粉微塵になった何かが上空に振り撒かれる。何かは知らん。知りたくもない。
ミルリルさん、“あいいーでーみたいじゃのー”って、ポソッというの止めてください。小太り領主と副長さんの目が一瞬キュッて細められたから。なんか勘付いてるよこれ。
「ほら、な? 飼い慣らされ血も混じって身の程も知らん亜龍どもが、供物を捧げられて眠っていた古龍の鎖を切るようなもんだ。“時代遅れの愚物ども、助けに来てやったぞ!”、てな」




