186:魔王の宅配便
「前進!」
ミルリルが銃架に据えられたMAGを構え、ドヤ顔で指示を出す。軍師っぽい役がお気に入りなのかしらん。念のため(全然仕事してないからカネもらい難いとボヤキ出した)“吶喊”の皆さんにはグリフォンの両サイドで警戒に着いてもらって、ゆっくりと通りを進む。
戦闘の終わった城塞内部に、ホバークラフトの威容は恐ろしく目立つ。低回転に抑えてはいるものの、凄まじい轟音と爆風を上げながら迫ってくる巨体に、議事堂の衛兵たちが柵のなかで泡食って右往左往しているのが見える。
「心配無用じゃ、わらわたちは南領主マッキンの雇われ兵じゃ! 理事の救出に参ったぞ!」
バリバリいう爆音を超えて届いたミルリルさんの声に、なんとか攻撃の意思だけは押さえているようだ。
門前の侵略者どもを排除したことから、少なくとも敵ではないことはわかったのだろう。
「ご苦労、そこの門を開けてくれ。頼まれていた荷物を下ろすんでな」
ハッチを開けてマッキン領主が顔を出し、衛兵に柵の中に入れてもらう。ほとんど正門の幅いっぱいの船体をねじ込んで正門を通過、正面玄関前でターンさせMAG汎用機関銃を外に向くようにして、エンジンを停止する。
「理事との面会を頼む」
マッキン領主にいわれて、衛兵のひとりが屋内に走る。俺たちは周囲の警戒を続けながらその場で待つ。
「上陸した陸兵の多くは、まだ残っておるはずじゃがのう」
「あれだけ殺されたら、ふつうは撤退して対策を考えるもんだ」
ミルリルと小太り領主が話しているところに、衛兵が駆けて来た。
「マッキン様、理事が面会されるそうです。こちらへ」
「魔王、妃陛下も。一緒に来てくれ」
俺たちはマッキンに付いて玄関に向かう。
“吶喊”と白雪狼のモフにはホバークラフトの護衛を頼む。コロンかエイノさんに汎用機関銃の操作を教えようとしたが、あっさり断られた。俺の武器は一介の冒険者が扱うには、度が過ぎているのだとか。わかるような、わからないような。
招き入れられた議事堂内は、火を放たれた名残か、わずかに焦げ臭い匂いがした。バリケードにしたのか家具が廊下を塞ぎ、手槍や剣が立て掛けられている。
人数に対して、武器が少ない気がした。目に付く衛兵の何人かは、日用品を改造した武器を抱えている。
「魔王、商談には応じられるか?」
「物によりますね。海賊砦や盗賊ギルド、それと義賊団とかいう連中から奪ったものなら、いくらでも」
「結構だ」
最上階の奥まったところにある会議室に通された。小さめの体育館ほどもある広大なスペースに、直径五メートルはありそうな円卓。その周囲には、疲れ切った顔の初老の男たちが七名。
壁際に立っていた十人ほどの護衛兵士たちが一瞬だけ緊張し、マッキン領主の顔を見て警戒を解く。
円卓に向かい、フカフカの社長椅子みたいなのに座っていた男のひとりが口を開く。
「……マッキン。よく来てくれた」
「頼んでいた物資は、海賊に奪われたと聞いたが」
「それなら、こちらの魔……」
「はじめまして。商人の、ターキフと申します」
かぶせ気味に引き取る。そこらじゅうで魔王魔王いわれると余計な面倒が発生すんだよ。やめてくれ。
「ラファンの冒険者の方々から御協力いただき、物資は奪還いたしました」
「「「おおッ!」」」
「共和国の重鎮のために微力を尽くさせていただきます」
「物資はどこに? あの不思議な船……というのか荷車というのか、あれに載っているのか?」
「いえ、魔道具でお持ちしました。どこにお出しすればよろしいですか?」
ワタワタと物を寄せる衛兵たちの動きを見る限り、大きな円卓の上と、部屋の壁際の空きスペースに出して欲しいようだ。
倉庫とかじゃないんかい。もしかして、ここを最終防衛地点にするつもりか。
うん。それはいいんだけど、必要な物資が何かわからん。
「マッキン殿、物資の目録か何かは?」
「ないが、あるだけ売りつけてやれ。カネは俺の方で立て替える」
こそこそっと耳打ちした後、マッキンは手帳を出して読み上げる風を装う。
「剣と手槍と矢、それに盾でしたな」
「おお、そうだ。もう損耗分が底をついてな」
俺は、過去に奪ったなかから(比較的、ではあるが)質と状態の良い物をざっと見繕って収納から出す。
「「「おおおぉ……⁉︎」」」
円卓の上に王国軍の剣と手槍がそれぞれ三百ほど。テーブルには乗らなくなったので、残りは少し離れた空きスペースに並べる。大弓が百張りと矢筒が二百ほど。盾は小型の片手用が二百と塔状大楯が百。鎖帷子が百と、重甲冑が三十。
「俺が用意したのより多いな」
マッキンの呟きで思い出した。元々の輸出品もあったんだっけ。海賊砦で奪ったのがそれか。木箱に入った各種武器と、樽にまとめられた矢。縄で束ねられた簡易な木の盾。急いで揃えた感が伺える。
理事と衛兵たちは、なぜか最初に出した方に食いついていている。追加で出した南領の輸出品は見向きもされない。
そこで、理由に気付いた。でもまあ、いまさらだ。
「貴殿、ターキフ殿といったか。この装備は、王国軍のものではないか?」
「はい。わたくし元は王国の商人ですので。軍事物資の在庫は、王国軍の余剰品が中心になります」
淀みなく話すだけで、胡散臭さは案外ごまかせるものだ。理事たちは納得した顔で頷く。ふつうに考えれば他国の軍用装備をそんな簡単に横流しできるわけないんだけど。
「マッキン領主、あとは?」
「食料だな。日持ちしそうなのを、そっちに、あるだけ出してくれ」
マッキン領主が“上手いこと頼む”というような視線で俺を見る。ムチャ振りすんな。やるけどさ。
もちろん、サイモンとこで仕入れた保存食とかお菓子とか、ケースマイアンや“狼の尻尾亭”で作ってもらった美味しい食事は、勿体ないので出す気はない。奪った物資のなかにあった現地生産品だけだ。
とはいえ、収納のなかは色々ありすぎて、どれが海賊砦で奪った物資なのか俺にはわからん。ここは適当に全部押し付けよう。
木の樽に入った堅焼きビスケットみたいなのと、塩漬けの干し魚、日持ちがする各種根菜類。大樽入りの小麦粉と豆と塩。大量にあった小さめの樽は水と、水代わりの安葡萄酒と、たぶん気付けの蒸留酒かなんか。木箱に並んだ小瓶入りの医薬品らしきもの。
積み上げて行くと、開けてくれた壁際のスペースが見る見る埋まって行く。正直そんなに美味しそうではないので、こちらも処分できてありがたい。
「素晴らしいな。これだけあれば市民への配布もできそうだ」
「ターキフ殿。感謝する。これでキャスマイアの防衛態勢を再編することができる」
「北領と東領の謀反で、補給が途絶えておってな」
元は味方だってのに兵糧攻めか。えげつないな。
「金貨四千枚と聞いていたが、それにしては多くないか?」
「いえ、中央領あっての南領ですから」
マッキンいいとこ見せて何か企んでる風。まあ、それは政治の問題だから俺は関与しない。俺には要らん物資だから好きにしたらいい。
理事たちに取引の礼をいって退出し、廊下を戻る。
「なにやらターキフには珍しく……というより初めての、商人らしい仕事じゃのう」
「そうね。俺、商人だったって思い出したわ」
「マッキン様」
振り返ると、事務方みたいなひとが立っていた。その後ろで若手事務職ぽい男性が台車を押してくる。
「こちら契約分の金貨四千枚と、謝礼として追加の二千枚になります」
「魔王、これは貴殿が受け取ってくれ」
台車で運ばれてきた木箱入りの金貨を、マッキン領主がそのまま俺に引き渡す。
「南領を救ってもらった礼は別だ。命を救ってもらった礼もな」
「そういえば、マッキン殿は無事に朝を迎えられそうじゃのう」
ミルリルにいわれて、小太り領主は照れ笑いを浮かべる。
「おう。お陰で命拾いしたようだ。貴殿らには、本当に感謝している」
金貨を収納に仕舞って、玄関を出る。ホバークラフトのところに戻ると、モフが尻尾を振りながらルイを舐め回していた。
「……ちょ、モフやめ、ぷぁッ⁉︎」
妖獣の朝ごはんタイム、なのかもしれないけど、傍から見れば完全にセクハラである。
「用は済んだ。帰ろうか」
「そう上手く行けばいいけどな」
内湾方向を見ながら、ティグが呟く。城壁で視界が塞がれているために何が起きてるのかは不明だが、地響きのような音がまばらに聞こえてくる。
「あの音は……」
青銅臼砲の発射音だ。皇国艦隊が回航して来たのだろう。




