185:クラッシュ&スプラッシュ
「マッキン殿、理事とかいうのは、どこにいるんです」
「非常事態の避難先は議事堂だ。正面のデカい建物。いまは衛兵が守っているようだが、あれじゃ半刻と持たん」
城塞内部を真っ直ぐ貫く大通りの突き当たり、市街の中心近くに置かれた巨大な建物が議事堂なのだろう。上部にトゲの付いた金属柵と高い石壁で囲われてはいるが、見通しが良すぎる。周囲に遮蔽もない。見栄えという意味ではなかなかのものだが、敵からの防衛で考えれば脆すぎる配置だ。
「待て、ターキフ」
グリフォンを数十メートル前進させたところで、ミルリルが停止を指示してくる。
「半刻どころの話ではないのう」
議事堂の正門に取り付いているのは、セイレーンの旗を掲げた北領軍だ。指揮官が部下に命じて、据え置き式の破城槌を設置させている。人力で突破できないとわかって力技で破壊することにしたのだろう。
こちらに気付いた兵もいるが、まだ距離があると思ったのか、すぐ破壊工作に戻る。
「左手の通用門に張り付いてるのは皇国軍だな。防衛側は衛兵を二手に分散させられてる。仲間割れしたことで結果的に共闘してるようなもんだ」
「これぞ、“えむななきゅー”の出番じゃの」
ミルリルが胸の前に吊るしたグレネードランチャーをウキウキ顔で構える。
「議事堂の衛兵には当てるなよ」
「大丈夫じゃ。道中に試射は済ませておる」
ミルリルさんは十二発分のポーチが付いた弾帯を二本たすき掛けにしてご機嫌だ。既に初弾は装填済みで、俺が頷くと銃身を前方の敵に向けた。
「八分の一哩(二百メートル)、といったところじゃな。お誂え向きじゃ、“さいと”の設定そのままで行けるわ」
40ミリ擲弾の最大射程は四百メートル。だが安全のため、そして安全装置解除のため最低距離を四十メートル取るようにいってある。山形の軌道で飛ぶグレネードのサイトを、二百メートルで設定してあったようだ。
ぽふんと軽い音で打ち上げられた榴弾は、正門前に布陣した北領軍兵士のただなかに落ちる。くぐもった爆発音が響いて、吹き飛ばされた男たちが悲鳴を上げて転がり、あるいは物言わぬ死体になって飛び散る。被害を逃れた者たちは距離を取って向き直るが、その頃には連射された追撃の擲弾が散開した集団を巻き込んで爆発する。
「すげえな……ミル、本当に扱うの初めてか?」
「当たり前であろうが。こんなもの、見るのも聞くのも初めてじゃ。しかし、単純明快で堅牢、見事な設計じゃのう」
M79は単発のため連射には慣れが必要だが、軽量コンパクトで確実に作動するとベトナム戦争での評価は高かったと聞く。
「お、おい魔王、それは何だ?」
「何って……小規模な、地獄みたいなもんですかね?」
火薬によって投擲されるとはいえ殺傷力は手榴弾程度で、こちらの世界の甲冑を着込んだ兵に対して殺傷力は落ちる。
それが、あちこちにコンパクトな地獄絵図を生む。得体の知れない攻撃で同じ部隊の人間がバタバタと倒れ、血や肉片を撒き散らして転げ回るのだ。阿鼻叫喚の図が展開されるなかで、無傷の者すら恐怖と混乱で正常な判断能力を失う。
「治癒魔導師はどこだ! こっちに重傷者が!」
「それよりも魔導防壁だ、急げ!」
パカンと銃声が鳴って、駆けてきた魔導師が倒れる。頼みの綱が失われたことで、兵たちの絶望を加速させた。
「叛徒に告ぐ! 武器を捨て降伏せよ!」
スター拳銃を上空に向け発砲し、ミルリルは大音声で告げる。少し高めの澄んだ声は、喧騒のなかでも遠くまで届く。
「さもなくば、惨たらしき死を賜ることになるぞ!」
通用門側に展開していた皇国軍から、数十の矢がホバークラフトに向かって降り注ぐ。サイドの窓はフェンスで守られているが、下部のスカートはラバー製だ。鏃が当たればエア漏れで浮航能力に支障が出る。
「収納」
俺が矢を消したのと同時に、MAG汎用機関銃からの掃射が加えられた。盾で弓兵を守っていた軽歩兵たちが、アッサリと貫かれてバタバタと倒れる。後ろの弓兵も被弾したらしく、わずかに遅れて崩れ落ちたまま動かない。盾といっても槍を逸らし長弓の矢を弾く程度のものだ。薄い金属くらいは張ってあるのだろうが、小銃弾相手ではひとたまりもない。
「みよ、これぞ魔王の鉄槌じゃ! 己が不明を悔やむが良い!」
いや、いいんですけど。この期に及んで“自分は魔王の意思を代行してるだけです”みたいな表現はどうなんでしょう、ミル姉さん。
「……あの、阿呆どもが」
ミルリルが呆れた声で呟く。仲間の死にも揺るがず、皇国の重装歩兵が盾を並べて向かってくる。幅のある通りを、横に広がった密集陣形が埋める。
その左翼にグレネードを一発、爆発で陣形が崩れ寄り集まった右翼に一発。指揮官と思われる後方の一団に一発。その隙に接近しようとした北領兵にも一発。
崩折れてもがく甲冑付きの連中は、立ち上がろうとしたところでMAGからの銃弾に撃ち抜かれる。
十秒と掛からず、門の周辺にいた連中は戦闘能力を喪失した。まともに動けなくなっても兵たちは必死に抗い、あるいは逃げようとして殺される。
「どうあっても降伏はせんつもりか。マッキン殿、もしや共和国は、敵の捕虜を取らんのかのう?」
「取るさ、正規戦ならな。だが外患誘致の時点で、ことは一線を越える。もう人質と身代金の交換では済まんのだ。失敗して拘束されれば、侵犯した側も引き込んだ側も公開の場で斬首刑だ。情報が必要なら、その前に拷問もある」
「それを知ってなお、行うほどの利があったのかのう?」
サンルーフに腰掛け、拳銃弾で着実に敵兵を仕留めながら、ミルリルは車内のマッキン領主を見る。半ば理解した上での発言だというのは通じたのだろう。南領主は小さく首を振った。
「話が逆だ。やつらには、不利益を無視できるほどの勝算があったんだよ。北領と東領を合わせると、共和国海戦力の八割以上。陸戦力でも過半数にはなる。そこに皇国まで加われば、首都制圧は十分に可能だ。南領には“光尾族”の刺客を送った。となれば、もう失敗するとは考えない。……普通はな。まさか一隻の船とふたりの力で全部をひっくり返されるとは、誰も思わん」
俺たちだけでやった、みたいにいわれてもな。一面の事実ではあるかもしれないけど、君ら共犯だからね。
振り返ると、近寄ってくる敵がいないので手持ち無沙汰な感じの“吶喊”御一行様がうんうんと呆れ顔で頷いた。
「ときにマッキン殿、魔王を引き込むのは外患誘致にならんのかのう?」
「「「げふッ⁉︎」」」
小太り領主と護衛たちが揃って噎せた。
あーあ、俺もそこはツッコまんでおいたのに。
「ああ……それは……あれだ。中央領の常任理事を救うための、ひ、非常的超法規措置だ。南領と協力関係にある“冒険者”を“直接雇用”しただけでな。うん、問題ない!」
ホントはアカンぽいな。この早口で適当な専門用語をまくし立てる感じとか後付けで無理筋な収拾付ける感じとか、俺もサラリーマン時代にやったわ。




