183:他人事としての海戦
爆音を抑えるため(気休め程度ではあるが)ホバークラフトのスロットルを絞り、海面を進むこと数分。俺にも戦闘が行われている島影と周囲の様子が視認できるようになってきた。
とはいえ、状況はサッパリわからん。
「デカい船の帆には、なんぞ有翼族のような印が描いてあるのう。マッキン殿、あれはどこの船じゃ?」
「赤地に黄の海洋女怪旗。北領の最強船団だ」
南領主マッキンは溜め息混じりに伝えて来る。戦さの趨勢を見る限り、とても最強という風ではない。
たしか巡洋砲艦とかいったか、ずんぐりした大型の帆船が二隻。その周囲には舷側の高い移乗戦闘艦が四隻。どの船も満身創痍で、浸水したのか傾斜が激しい。敵への接舷を果たしたのは移乗戦闘艦の一隻だけだ。その一隻も斬り込み部隊が射すくめられて戦闘に入れず、犠牲者が折り重なって全滅を待つばかり。
着上陸用の平船である鈍足の兵員揚陸艇は戦闘に加わることもできなかったようだ。十数隻はいそうだが半壊した甲板上には死体と負傷者が転がり、マストも折れて櫂も流され、成す術なく周囲を漂流している。
「……正確には、共和国最強の船団、だったもの、だな」
「なるほど。それで、北領の連中と戦っておるのは……と。ターキフ?」
「ああ。ミルさん正解。ただし銃火ではなく、砲火だな」
夕闇に溶け込むような墨色の船体。大型帆船の甲板上で蠢く黒衣の海兵たちは、まず間違いなく皇国軍だ。皇国が海軍を持っているなんて聞いたことはないが、そもそも尋ねたこともないのだから当然だろう。大陸北東部は皇国領もしくは彼らの暫定的支配地域なのだから、海上戦力くらいは持っていても不思議はない。
皇国の船体上部に並べられたのは、かつて騎乗ゴーレムが抱えていたのと同じ火薬式の青銅製前装砲だろう。かつてリンコが開発して奪われた(本人いわく)出来損ないの旧式砲が、いまは共和国の北領船団に向けてまばらな砲撃を加えている。
……どうすんだ、これ。
「マッキン殿、あいつら何で皇国と戦争してるんですか」
「わからん。南領に開戦の報は入っていない。そもそも利害の衝突は貿易レベルでしか存在しないはずだが……」
「理由など、どうでも良かろう。わらわたちには無関係の戦さじゃ。放っておいて先に進むとしようかの」
「いや、そういうわけにはいかんだろ。皇国はともかく、生き残った北領船団は南領に攻め込んで来るかも知れん」
「……ふむ。この状況で警戒すべきは同国人とはのう。ターキフ、マッキン殿は後顧の憂いを断ちたいそうじゃ。頼めるかの」
俺は少し迷って、グリフォンを前進させる。二百メートルほどまで接近したところで、皇国艦を収納した。たちまち悲鳴と水飛沫が上がって、北領船団からは歓声が上がる。
残念だけど、お前らもここで死ぬんだよ。
続けて共和国の砲艦二隻と移乗戦闘艦四隻を収納。そこでまた急速な息苦しさと膨満感、強烈な吐き気が込み上げて来る。
慌ててホバークラフトのスロットルを開け、数百メートル移動した沖合で七隻の船体を上空に放り出す。数十メートルの落差から水面に叩き付けられた船体は互いにぶつかって折り重なったまま砕け、へし折れた。
「おぇ……」
「おい、大丈夫かターキフ?」
窓を開けて風を入れた俺の背中をルイがさする。容積なのか形状なのか材質なのかは不明だが、なぜか大型艦艇は収納と相性が悪いようだ。重量でいえばそう変わらない(と思われる)戦車やトレーラーでも平気で収納できたんだけどな。
「お、おう……もう平気だ。先を急ごう」
島に泳ぎ着いた兵のいくらかは生き延びられる可能性もあるかも知れないが、南領に攻め入る足はなかろう。そこまで面倒は見られん。
ホバークラフトを加速させ、夕闇迫る共和国沖を北上する。
「ミル、前方に障害物が見えたら教えてくれ。さすがに暗礁や島に衝突すると俺たちも死ぬからな」
「それなら大丈夫だ、魔王。東領以北は急に水深が上がる。岸から哩以内に岩や島はない。左手の、白い波の立っているところまでだ」
マッキン領主からの情報に、俺はホッとして肩の力を抜く。さすがに何時間も細心の注意を維持しながら航行していたら集中力が持たない。
念のためヘッドライトを点灯するが、見えるものは暗い海面だけ。少し不安になって、俺はルイとティグを振り返る。
「あたしたちも警戒はするけどな、冬の共和国で夜の海に漕ぎ出す船はいないぞ?」
「ああ。さっきの海戦は戦闘が長引いた結果であって、あいつらも自殺行為でしかない夜戦を望んだわけじゃねえよ」
「うむ。となると、注意すべきは海洋魔獣くらいかのう」
ミル姉さん、やめてください。もう、そういうフラグとか結構です。
わずかに残っていた水平線上の燭光が消えると、平衡感覚を失いそうになるほどの闇が船体を包んだ。俺たちは言葉もなく、夜の海をひたすらに進む。轟音は波の音に溶けて気にならなくなり、ホワイトノイズのように意識から切り離されて催眠状態に陥りそうになる。
「マッキン殿。護衛の兵たちも、しばらく後ろで寝ておいてください。みんなも、近付いたら起こすから休憩しておいてくれ」
「わふ」
助手席ではミルリルとモフが、操縦し続ける俺に付き合ってくれていた。
白雪狼が食事を取る必要がないのはわかったけど、寝る必要もないのかね。
モフはフンフンと鼻を鳴らしながら、俺の後頭部あたりを嗅ぎ回る。ああ君、何してんの。
「お?」
すーっと、眠気と倦怠感が抜けるのを感じた。おい妖獣、お前いま何した⁉︎
「わふん」
「魔力の濁りを吸い取った、というようなことをいうとるようじゃのう。わらわもそれで、えらく頭が冴え始めたんじゃ」
天然エナジードリンクか。ふだん魔力を吸い取ってた恩返しだとしたら素晴らしいけど……ねえモフ、これ習慣性とかないだろうね?




