18:震える勇者
予定外更新で急遽追加、推敲甘いっす
――もう戻れない。戦争は止めようがない。
「勇者様、万歳!」
「王国に栄光あれ!」
王城のテラスで国王や王妃と並び立ち、興奮し熱狂した無数の王国軍兵士たちを見降ろしながら、俺は湧き上がる怯えを必死で押し殺していた。
亜人の叛徒が巣食う砦への“討伐”といっているが、俺が見る限り、これは戦争だ。動員数も、装備も、達成目標もだ。嫌がらせのような包囲と焼き討ちから始まり、一方的な虐殺に終わる。人間に刃向った者は許さないという意思表示。徹底的に叩き潰し、反抗の意思を削ぐ。
その最前線に立つのは、きっと俺だ。亜人……獣人間とか、エルフやドワーフ、それから鳥人間だか半漁人だかを指すらしい彼らは、人間社会の秩序と安寧を乱す害虫なのだという。王国貴族が亜人を奴隷として使役するのは人間と亜人の立場の違いを教育するためのもので、ひとの上に立ち社会を維持管理する貴族としての責務なのだという。
そんなくだらん戯言を真に受けるほどのアホだと思われてるのか、俺は。ふざけんな。
嫌な予感は、ずっと続いている。
王国から北に馬で1日ほどのところにあるという叛徒の巣まで威力偵察に向かった第3王子とやらが連絡を絶ち、同行した近衛騎兵も魔導師も含め、誰も戻らないのだ。
彼らの確認に向かった国軍の斥候も戻っていない。
正直にいえば、もう予感ではない。俺は、何が起きたかを確信し、何が起きるかを予想している。
訓練で一緒になった衛兵たちが、王都で発生した謎の虐殺について話しているのを聞いたからだ。勇者である俺には聞こえないように離れた場所で囁き合っていたが、身体能力が異常なほどに向上している俺には全部聞き取れた。
いわく、小さな孔の開いた死体。矢傷に似てはいるが、抜けた痕が噛み千切られたようにひどい。俺が見たのと同じ、それは銃創だろう。王城で12、王都の貴族街で1、そして。
虐殺と前後して、消えたドワーフがひとり。
既存の長弓の数倍、数十倍の威力を持った機械式の大弓、“聖なる王弓”とか名付けられ、今回の討伐軍にも持ち込まれるという最新兵器を設計・製造した若き天才技師なのだそうだ。
タイミングが、あまりにも合致しすぎる。
あの男が、大量の射殺死体を残して姿を消したのと、ほぼ同時。
「関係ない、わけないだろうが」
国王も王妃も王女も、事態の隠蔽を決めたのだ。
勇者の召喚に役立たずが混じっていたことも、召喚を行った宮廷筆頭魔導師と近衛連隊長以下の最精鋭5名が殺されたことも、王国の秘宝である王冠やティアラが奪われたこともだ。
俺の進言は無視された。あの男に対する警戒を求めたが、それも一笑されただけで終わる。
「世界最大最強の国が召喚した無敵の勇者に、恐れるものなどあるわけがなかろう」
冗談じゃない。得体の知れない剣とおかしな力を持たされたはいいが、その新しい自分自身の素性も限界もまだ満足に把握できていないのだ。まして、不確定要素の塊であるあの男のことなど。
あの男。頭ひとつ分以上も小さく細い、ショボくれた中年男。ペラペラでクシャクシャでテカテカの安物スーツを身に着け、ずっと薄ら笑いを浮かべたキモいオッサン。
そいつの目が、いまも俺の脳裏に焼き付いて離れない。
諦めにも似た奇妙な落ち着きと、世界の全てを蔑むような薄ら寒い視線。
あいつの身体や口調は焦りや怒りや怯えを表しているのに、ただ眼だけは、ずっと醒めていた。
キレたヤツの目なら、見慣れてる。
格闘技でも疑似的にキレた状態を作るヤツはいる。たいがい雑魚だ。アドレナリンは即効性こそ高いが、持続しない。ジャブや前蹴りで距離を保ったままフットワークで翻弄するだけで、すぐにスタミナ切れになる。その後は料理するのも簡単だ。
問題は、目が据わるヤツ。身体の大小は関係ない。同じ技術と経験なら重量級の方が厄介なのは当然だが、不思議なことに――というか、弱点を補うため必然的にということかもしれないが――体格に恵まれていないヤツほど、突出した技術や洞察力を見せることが多い。つまり、チビには稀にだが、極端に強いヤツがいるのだ。
あのとき、俺はたしかに混乱していた。だが、油断していたつもりはない。
ぶん殴って終わりだろうと簡単に考えていた自分がバカだった。仕留めきれずに逃げられ、逆襲され、殺されかけた。咄嗟に魔導師が掛けてくれた魔導防壁とやらがなかったら、実際に殺されてもおかしくなかったのだ。
実際、俺を守った魔導師は死んだ。近衛の騎士も5人、あっという間に殺された。
あの男が迷いなく放った、銃弾で。
「さあ、勇者殿、こちらへ!」
王が満面の笑みで、俺を呼ぶ。鳴り物入りで繰り出す討伐行の、神輿の飾りとして。
野太い喝采が、音圧の塊になって俺の元まで押し寄せる。
「うぉおおおおおおぉ……!」
「勇者様! 勇者様!」
「これで我らの勝利は約束されたぞ!」
バカバカしいと、自分でも思う。勇者と持ち上げられた俺は、卑怯な臆病者だ。賢者と呼ばれることになったトモノリは、算数も覚束ない低能。聖女と崇め奉られているミユキは、誰にでも股を開く糞ビッチ。まあ、ある意味では聖女なんだろうとは思うが。
元いた世界に帰るためには、王の命令に従わなければいけない。城にいるのは上は王から下はペーペーの兵士まで、貴族と平民で態度を変えるクソみてえなヤツらだが、他に頼る者はない。
ミユキは騎士団の姫としてチヤホヤされて舞い上がっている。それはそうだろう。貴族階級のイケメン揃いで、みんなカネもあって家柄も良い。
俺とトモノリには、どこに行くにも侍女だか下女だかが何人もくっついてくる。黒いメイド服みたいなもんを着ているが、本場のそれは当然ながら地味で実用的な仕事着なので、正直あんまり興奮しない。
やるだけやったが、声も出さないし反応も薄い。セックスしてる間もずっと密かにこっちを探っているようで、非常に鬱陶しい。というか、まずキモい。
あの女たちの役目など、すぐにわかった。こいつらは、監視と督戦、そして万一のときの安全弁だ。
王と王国は、俺たちを最前線、それも全軍の突端に置いて露払いをさせるつもりだ。
最強の武具・防具と魔導防壁、勇者の技能があれば亜人の集団など斬り殺すだけの木偶でしかないというが、そんな簡単に終わるとは思えない。
負けが込んで俺たちが逃げたり反抗したりという事態になった場合、俺たちを殺すのも女たちの役目のひとつなのだろう。
いざとなれば、自分の身を犠牲にしてでもだ。
見下ろす兵たちの奥で、“聖なる王弓”が台車に乗せられて運ばれていた。機械式の大弓、要は巨大なボウガンみたいなもので、城の門でもぶち破れるほどの破壊力だそうな。本当かどうかは知らない。興味もない。だいたい、亜人の叛徒が立て籠もる砦の攻略に持ち込んだところで、ぶち破るような城門もないだろうに。
きっとあれも、俺と同じ、派手に目を引くだけのために用意されたお飾りなのだ。
くだらん。王国の都合も王の思惑も、知ったことか。俺は、俺のやるべきことをやる。やらなければいけないことを。そうだ、俺は……
――あの男を、殺す。
ありがとうございます。次回はホントに明日1400更新予定です。




