177:帰港した者たち
死んで海中に没するところだったシーサーペントをなんとか錨で引っ掛け、俺たちはゆっくりとラファンの港に入っていった。岸壁にはズラリと見物人が並び、やんやと歓声を上げている。
なかには衛兵も混じっているのだが、海賊船が引く魔獣の巨体を前に職務を忘れて目を丸くしている。
蛇の様に長いからたぶん体重はそれほどないけど、優に二十五メートル以上はある巨体だ。沈みかけたとき咄嗟に収納しようかとも思ったが、殺したところまで見られてるんだから戦果も直接見たいというのが人情だろう。その方が盛り上がるだろうしな。
「こうなると、もう正体を隠すのは無理のようじゃのう」
俺は苦笑して頷く。こんなことになるんだったら、最初から高速艇でも買えば良かったかも、とは思わんでもない。戦闘に向いた船なんて今後いくらも使い道はないんだけどね。北領との諍いは残っているようだけど、それに関与する気は(いまのところ)、ない。
美味そうな海産物でも仕入れたら、早くサルズに帰ってゆっくりしたい。
「無理じゃ」
「だからそこで心を読まないで欲しいんだけどね」
面倒なこれからを考えてゲンナリする俺たちの間に、小太り領主が割り込んでくる。
「魔王、こいつは譲ってくれんか。東領主の身柄と合わせて金貨五千枚出そう。もちろん、今回の助力に対する借りとは別にだ」
「ミルリル、要る?」
「せっかく狩ったんじゃ、シーサーペントの肉は食うてみたいが」
「それは、もちろんだ。必要なのは革と頭の骨くらいだからな。肉は戦勝祝いで、盛大に料理させよう」
「ラファンの住人にも振る舞うてもらえるかのう?」
「当然だ。あれほどの肉は百や二百の人間じゃ食い切れんしな」
「うむ。だったら、譲っても構わんのじゃ」
シーサーペントを旗印にした東領の領主と、仕留めたシーサーペントとセットで敵対勢力への示威行為に使いたいわけね。
「……ううん」
「どうしたんじゃターキフ」
なんだか気分が悪い。体内に妙な膨満感みたいなものを感じる。食い過ぎたみたいな。
「ああ、そうか」
東領海軍の砲艦を港に出すと、観客が息を呑む。しばしの間を置いて大歓声が上がった。
「もしやおぬし、それで苦しそうにしておったのか?」
「わからん。けど、そうみたいだな。急に楽になった。容積の問題なのか、収納の限界に近かったみたいだ」
「なるほど、魔王の収納魔法も底なしではなかったとはのう」
ケースマイアンを出るときに、けっこう置いてきたんだけどね。また何だかんだと溜め込んじゃってるから重量も容積も嵩んできていたらしい。どこかで放出して、整理整頓したいところだ。
「魔王、その船はどうする?」
「砲艦も海賊船も、こちらでは使わないので好きにしてください。海賊の巣で奪った物資も、後で引き渡します」
助かる、と小太り領主は頭を下げた。
「領主様!」
「よくぞご無事で!」
一足先に港に降り立った領主マッキンが衛兵たちに囲まれる。あれでそこそこ人望はあるようだ。
「おう、魔王の力を借りて鎧袖一触だったぞ!」
だから、その呼び名を広めるのは止めて欲しいんだが。しかし、もう遅い。大歓声が上がって、見物人たちは口々に“魔王万歳”とか叫び始めた。
お前ら、いいのか、それで。
「ホント、ラファンの連中は分け隔てないな」
「節操がないともいうけどな」
ティグとルイが、呆れ顔でいう。カルモン父子も苦笑しながら頷く。
「ラファンに限らず、港町はどこもそういう傾向があるな。いろんな出身のいろんな奴が出入りするのに慣れてる。だから、良い奴かどうか以外は気にしないんだ」
「それは否定せんがね。人を見る目はあると思うよ、ターキフさん。みんな、あんたを見て判断してるんだ」
「あたしもさすがに、魔王ってのには驚いたけどな」
「魔王っていっても、渾名みたいなもんだぞ? 王国じゃ亜人を魔族って呼んでてな。その代表みたいな立場だったから、いつの間にか魔王扱いされるようになった。本当は、ただの商人だよ」
「シーサーペントを仕留める商人なんかいるかよ。そんな規格外な奴は、それこそ魔王くらいだろうよ」
ティグが笑いながら俺の肩を叩く。そのセリフ、前にもどっかで聞いた気がするな。
「しかし、助かったぜターキフ。ミルも、ありがとな」
「なに、今度もほんの行きがかり上じゃ」
「かもしれんけどさ。お前らって、ずーっとそうやって戦果を積み上げてきたんだろうなァ?」
ルイから珍獣でも見るようにしげしげと観察されるが、こちらとしてもリアクションに困る。
「魔王陛下」
穏やかな声に振り返ると、いかにも執事でございますという感じの初老の男性が歩み寄り、俺の前で頭を下げる。
「魔王陛下、妃陛下。お供の方々も、我が主人、南領主マッキンが領主館までお招きしたいとのことです。よろしければ馬車までお願いできますでしょうか」
「え、いや。船の始末もあるし、いま服が潮でグチャグチャなんだけど」
「船は、こちらの者がお預かりします。お召し物もご用意いたしますので、どうかそのまま」
いや、船といったのは収納に仕舞ってあるカルモン父子の船であって、乗ってきたのは奪った海賊船なんだけど。
「それじゃみんな、ついてきてくれるか?」
ティグたち四人は顔を見合わせて、不承不承ながらも頷く。ミルリルさんは迷いなく俺の隣で腕を取った。ここまで衆人環視の下で海戦を繰り広げた挙句に魔獣退治までやってしまったのだ。いまさら逃げるわけにもいかない。シーサーペントに留めを刺した最大殊勲者のミル姉さんは歓声を受けて笑顔で手を振る。
「「魔王妃陛下万歳!」」
いや、いいんだけど。お前ら本当、分け隔てないにも程があるだろ。
馬車に乗せられ揺られること数十分。着いたのはラファンの中心部にある巨大な屋敷だ。領主館と呼ばれているからにはマッキン個人の邸宅ではなく、来賓の接待や行政機能も担っている公館なのだろう。
「うへえ……」
「なんだこれ。まるで城だな」
「それはそうじゃ。公館であれば、敵対勢力に攻め込まれる想定くらいはしているのであろう」
塀の高さと厚み、物見台と防御設備、武装と練度と兵員配置。ついつい攻め入る側の目で見てしまう辺り、自分の育ちの悪さを感じる。
「ターキフなら楽なものであろう?」
何が、の部分は伏せているだけ気を使っているのかもしれないが、すぐに察した執事の男性は引き攣った顔で笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。自分たちを殺そうと襲ってきた相手しか、手に掛けたことはないですから」
「こいつ、嘘はいってねえけど真に受けると危ないぞ爺さん。こんなヒョロヒョロななりで、手に掛けたのは三万を超えるんだからな」
やめろルイ、せっかく場を和ませようと必死にフォローしてんのに。それに俺個人がやったのは、たぶん百やそこらだぞ。
「は、ははは……存じ上げております」
知ってんのかよ⁉︎
「主マッキンからお話があると思いますが、お呼びしたのはその件もあるのです」
「その件……王国との戦争のことかのう?」
「いえ、余所様の話はともかく、共和国内での不始末についてでございます。魔王陛下のお手を煩わせることになったのは、領主としての失態であると申しておりまして」
海賊と盗賊ギルドか。望んでけしかけたのではないといいたいのだろう。それくらいは、なんとなくわかってるけどね。それを理解したのは、あの小太り領主が自ら出張ってきたからだ。彼なりに筋を通した結果だろう。
「あれも、風変わりではあるが為政者としての器というのかもな」
「うむ、悪い人物ではないのはわかるが、いささか困り者じゃのう。おぬしがいうた通り、下に立つ者にとっては特にのう」
「さすが魔王陛下、妃陛下。ご慧眼でございます」
そう返すか。領主が領主なら、従者もいくぶん風変わりのようだ。まあ、お似合いではあるか。
「実は我が主人、今夜までの命でございまして」
「「は⁉︎」」
この戦争が終わったら俺、故郷で幼馴染みと結婚して牧場を継いでオネエ魔王の続き書くんだ、なんて某所でいうてましたが。すみません、もうチョイ掛かりそうです。
『亡国戦線――オネエ魔王の戦争――』
https://ncode.syosetu.com/n2398de/
短距離走を繰り返しながらフルマラソン走る、みたいな書き方してるブラックマーケットよりも、もう少しペース作って書いてたもの。それで受けが悪かったのかもしれんけど。




