172:狩りの顛末
隠し部屋のお宝を全て収納して、人質になっていたオコナーたちのところに戻る。
「全員、無事か?」
「ああ、なんとかな。海賊どもは?」
「後で情報を吐かすのに、10人くらいは生かしてある。出血はしてるが、衛兵に渡すまでひとりふたりは生きてるだろ」
オコナーや護衛たちによれば、人質になっていた10人以外は、海賊が貨客船に乗り移ってきてすぐ敵側に付いたのだそうだ。
どっかで聞いた話だ。俺は呆れて首を振る。
「海賊に取り込まれたか、脅迫されたか、操られたか……」
「いや、そんな時間はなかった。正気を失った様子もない。乗組員も客も募集が急なわりに集まるのが早かった。最初からグルだったんだろう。黒幕は、なんとなく見当がつく」
「お前の商売敵か?」
サルズでもそんな事件があったな。あんときは結局、最後まで経緯を聞かずじまいだったから詳細は知らんけど。
「いや。今回の船は、俺個人の商売じゃなく南部領主からの依頼による緊急輸送だ。出港地は南領で、積荷は中央領への献上品だ。それが失敗して利を得るのは、商社じゃない。敵対領主だな」
「あ? なんだそれ。共和国じゃ領主同士も敵対してんのか」
まあ、貴族社会の権力闘争を思えば、特に不思議もないか。
「ん? あんた、共和国の人間じゃないのか」
「まあな。元は王国の商人だ。いまは冒険者だけど」
「わらわたちは、休暇を兼ねた季節労働の真っ最中じゃ。それより、領主間の敵意は、どの程度ものなんじゃ? 表立って兵を挙げるほどのものか?」
「ああ。国境を接している皇国が、最近なんでか大人しいからな。むしろ領地間紛争の方が先に始まりそうな勢いだ」
「こたびの顛末を見る限り、実際にはもう始まっているのであろう?」
「そうだな。ラファンのある南領は、このところ発展著しい。北領と東領から見ると自分たちの既得権を脅かす新興勢力だ」
「南領の没落を望む者たちからすると、海賊の跳梁は天恵というわけじゃな」
「……いや、天恵どころか実態は形を変えた派兵だ。南領沖に海賊が増えているのは北と東の領主たちが陰で糸を引いているからだって噂は、商人の間じゃ、ずいぶん前から囁かれてる」
中世ヨーロッパの私掠船てやつか。貴族や王に認められ国益のために略奪を行う対外戦力としての海賊。
「今回の貨客船も、客はなぜか北領の人間が多い。このまま俺たちが船ごと消えれば、北の領主は自領の民が被害に遭わされたと賠償金を請求してくるだろう」
「二度美味い汁が吸えるわけか。考えたな」
「正確には、三度だ。物資、賠償金、それに実益もある。ただでさえ、南と中央で行われていた貿易が滞ることで、為政者の評価は落ちる。北と東は中央領に、引いては評議会に対して牽制が可能になるわけだ。海沿いの2領が協力を拒めば、共和国の対外貿易や海運に支障をきたすぞ、ってな」
俺がミルリルを見ると、彼女は小さく首を振った。
“そういうのは、もういいのじゃ”と顔に書いてある。俺も同感だ。
政争とか経済戦争とか、元々興味ないし。そんなことをするために共和国くんだりまで来たわけじゃない。そんなのに付き合ってたら、せっかくの冬休みが台無しだ。
「物資を取り返してもらえたんなら、十分な礼はする。その代わり、南領の領主に証言を……」
「嫌だ」
「まっぴらじゃ」
「え!?」
「……悪いけど、俺たちには関係ない。海賊のお宝をもらって、ラファンで買い物したらサルズに帰る」
「そんな……あの積み荷がないと、俺たちは生き残った意味がないんだよ」
「お前らの分は、返してやるよ。積み荷の一覧かなんか出してくれたら、ラファンに戻った後で引き渡す。それ以外は、協力しない」
「しかし……」
「文句があるなら、ここでお別れだ」
そのとき、ティグとルイに脅されながら、後ろ手に縛られた海賊たちが隠し部屋から歩み出て来た。ほぼ全員が足を引き擦り、痛みに顔を歪めている。
「お別れ、って……まさか」
「邪魔者は、消すに限るのじゃ。あることないこと囀られると、余計な手間ばかり増えるのでのう?」
ミルリルが拳銃を抜き、オコナーに向けた。
「ひッ!」
銃声が鳴って、頭上の岩陰で弓を構えていた海賊の生き残りが転げ落ちて来る。それを見て人質たちが固まった。
「お前たちは、何も見なかったのじゃ。わらわたちの顔も、素性も、行ったことも、その手段も、何もじゃ。わかるな?」
オコナーたちはブンブンと首を振って必死に頷く。
「秘密を守れるなら、ラファンまでは送ってやるよ」
「覚えておくが良いぞ。約束を違えれば、不幸な目に遭うのじゃ」




