168:意図せぬ襲撃
道中の疲れが出ていたのだろう。俺もミルリルも“吶喊”の面々も、グッスリ眠り込んで目覚めると昼近かった。
「おはようございます」
「ああ、おはようさん」
カルモンママのトリンさんが、嫁ルフィアさんと孫ノーラちゃん相手に料理の下拵えをしているところだった。
「おはようございますターキフさん」
「おじちゃん、おはよう!」
ノーラちゃんは朝から元気である。前にも見た大き目エプロンを着けて、手にはシャモジみたいなのを持っている。お手伝いしてるのか、偉いな。
“わたしはちゃんとできるお姉さん”って感じの表情なのに、鼻には小麦粉がついてるのが可愛い。
「カルモンさんとケイソンさんは?」
「街に行きました。船を買うんだって」
「もう、ですか? 行動が早いですね」
「そりゃそうだ。ラファンの男は頑固でお人好し、ラファンの女は芯が強くて穏やか。昔から、そういわれてるんだけどねえ……」
「それは、カルモンさんご夫婦を見てるとわかりますが、他にも何か?」
「ラファンの人間は、男も女も、譲れない夢をひとつだけ持つのさ」
「ええと……ケイソンさんの夢は、船を持つこと?」
「さあね。夢は語ると叶わない、って伝えられてるから、女房子供にも簡単には話さないのさ。でも、丸わかりだよ。昨日の夜から、ずーっとソワソワしちゃってんだもの」
夢か。俺の夢って、何だったっけな。
前の世界での夢なんて忘れた。持ってなかったのかもしれない。そして、いまは……
ミルリルを幸せにすること。ミルリルと幸せになること。それ以外のことなんて、どうでもいい些事でしかない。
「ありがとね、ターキフさん」
「ありがとうございます」
「は?」
いきなりトリンさんとルフィアさんから手を握られ、涙ぐんだ顔で頭を下げられて焦る。ノーラちゃんまで腰にヒシッとしがみついてくるし。
なに、どうした?
「ターキフさんのおかげで、家族みんなで幸せに暮らせるようになりました」
「わたしらも、ルフィアんとこの両親もだよ。ありがとね、ターキフさん」
「ありがとおじちゃん。お父さんも、お母さんも、すっごく喜んでたの」
俺はノーラちゃんの頭をグリグリと撫でる。自分のことよりまず両親か。
ええ子や。お菓子をあげよう。
俺はキャンディーやらチョコレートやらをノーラちゃんのエプロンのポケットに詰め込むと、ルフィアさんたちに向き直る。
「ああ、誤解されているようですが、カルモンさんがようやく正当に評価されただけですよ。いままでの苦労が実ったというか、貸してたカネが返ってきたようなものです」
「それでも、きっかけを作ってくれたのはターキフさんですから」
そうなのかな。いままでは考えなしに周囲を巻き込んでばかりだったし、カルモンに関しても、助けたのは“成り行き”でしかないので、あまり感謝されると妙な罪悪感がある。
「みなさんの感謝はありがたく頂戴します。しかし、見ていてください。カルモンさんが本気になったときの、実力を」
「……え?」
うむ、ノーラちゃんもルフィアさんも、カルモンが実力者という実感はイマイチ持ってないようだ。見てた限り、それなりの手練れだと思うんだけどね……。
これは本人に責任を押し付けよう。英雄に祭り上げて義務ごと丸投げだ。
◇ ◇
昼食の用意が済む頃になると、寝坊助どもがモソモソと起き出してきた。まずは女性陣。男はまだグズグズと寝床で転げている。
「おおターキフ、早いな……」
「良い匂いがして目が覚めました……」
「おはようなのじゃ」
「お前ら、もう昼だぞ。男どもはどうした?」
「まだ酒が残っているようじゃの。朝方まで飲んでいたようでな」
だらしないな。俺も他人のことはいえんが、カルモン父子を見習え。
「おぉーい!」
「いま帰ったぞ!」
噂をすればカルモンとケイソンさんのご帰還だ。外からしきりにトリンさんルフィアさんを呼んでいる。ノーラちゃんの歓声が聞こえた。
「おっきいねえ!」
「そうだろ、あれがお父さんとお爺ちゃんの船だ」
「船? もう買ってきたのか?」
俺たちも“吶喊”の連中も外に出て海まで向かう。家から数百mほど、坂を降りた先にある桟橋のところに、真新しい船が係留されていた。
帆桁がふたつの、俺から見るとヨットと漁船を足したような印象の船だ。30尺、約9mって思ってたよりデカい。
「これで舞台は整ったのう。あとは海賊が出てくれれば役者が揃うのじゃ」
「ミルさん、さすがに気が早過ぎないですか」
船を見てはしゃいだティグやルイが、嬉しそうにカルモンを小突く。
「なかなか良い船じゃねえか。乗ってみた感じはどうだ?」
「悪くない。いや、素晴らしい船だ、とは思う」
「当たり前だ。うちの船だぞ?」
うん、ケイソンさんの論拠はよくわからんけど、気に入っているらしいことはすごく伝わってくる。
ルフィアさんやノーラちゃん、ご両親の(と、ついでにカルモンの)幸せに貢献できたみたいで俺も嬉しい。嬉しいが……
カルモン、お前なんでそんな渋い顔してんの?
「なあカルモン、なんかあったのか?」
「……あ、おう。まあ、ちょっとな」
口籠るカルモンを怪訝そうに見るティグとルイ。煮え切らない息子に代わって、ケイソンさんが俺たちにいった。
「また海賊が出たそうだ。領主所有の貨客船を奪って、身代金を要求している」




