167:漁師と海賊
馬橇に積まれていた荷物をカルモンの実家に降ろすと、俺は橇を返すためラファンの街に向かう。
全員で移動するのも面倒なので、“吶喊”から同行するのは御者を務めるコロンだけだ。もうひとつの馬橇は俺が御者台に座り、モフに騎乗したミルリルさんが護衛に着く。
これで盗賊の襲撃があっても124までなら大丈夫(ミル姉さん談)。
しかし問題はそこではなく……
「俺、馬を扱うのは初めてなんだけど」
「貸し出し用の馬は、みんな癖のない性格の子だから大丈夫だよ」
ホントか? この馬、メッチャ不安そうな顔で俺を見てるんだけど。馬は知能が高いっていうが……あ、いま溜め息吐きやがった。
馬に舐められる魔王て。
「わふ」
モフに“どんまい!”て顔されて、さらにヘコむ俺。コロンが怪訝そうに見てくる。
「コロン、馬橇を返す場所はわかるんだよな?」
「何度か使ってるからね。ラファンだと西の端だよ」
まあ、そうなるか。旅行者の多くはサルズやローゼスのある西側からくるんだろうからな。
カルモンの家から街の中心部まで直線距離で1哩はある。西に逸れると大きく迂回することになるので、あと半哩は増える。来た道を延々と引き返すことにはなるが、荷物が満載の状態で橇を返すことはできなかったのでしょうがない。
おまけに道中は物見高い近所のオバちゃんお婆ちゃんに群がられ、俺たちがどこの誰の客で何をしに来たかと何度も足止めされた。
まあ田舎じゃそれがセキュリティの代わりになっているだろうから、嫌な顔もせず答えておいた。
「わたしと妻は王国の商人なんですが」
「はい、カルモンさんにはサルズで大変お世話になって」
「そうなんです。冒険者として大成功されたカルモンさんがサルズの皆に惜しまれつつ引退して故郷に戻られると聞きまして」
「ええ、我々は英雄の生まれ故郷をひと目拝見しようと同行させていただきました」
「そうですね、これからも商用で訪れることになるかと思います」
「はい、以後お見知り置きを」
「これは、ほんの手土産です。よろしければお召し上がりください」
大仰な誉め殺し(本人不在)の後で焼き菓子を配ると、オバちゃん婆ちゃんはみんなホクホク顔で帰って行く。
懐柔成功。チョロいもんだぜ。
「ようもまあ、あんなに次から次へと口から出まかせばかり出てくるものじゃな」
呆れ顔のミルリルさんは、まだ俺の深遠な目的に気付いていない。いや気付いてるのかもしれんけどリアクションが薄い。
「違いマスよミルさん、あれは全て事実デース」
「なんじゃ、そのイラッとする顔と口調は」
「口の上手い商人のイメージ。それよりさ、さっきいったことは嘘や出まかせじゃない。俺たちが、事実にするんだから」
怪訝そうな顔が、ふと俺を見てぽわんと明るいものになる。
「それは……楽しそうじゃな」
「だ、だろ?」
というか、肩から下げたUZIを無意識に撫でているのが怖いのだけれども。いったい、どんなビジョンを見ているのですか、あなたは。
◇ ◇
馬橇を返却してからカルモンの実家に帰ってくると、夕食の準備が整っていた。
泊まる用の部屋も用意してくれてた。大部屋に雑魚寝だけど問題ない。最悪こっちで寝具も用意できるしな。モフは厩のなかにフカフカの藁山を作ってもらってご満悦である。
夕食は大鍋いっぱいの山菜入り魚介汁と、細長い雑穀入り乾パンみたいなもの。地元の名物料理だとか。質素といえば質素だけど、風味豊かで滋味溢れ、具沢山で美味い。
「魚醤ぽい味付けですね、これ。魚を発酵させた調味料ですか?」
「そう、ターキフさん物知りだね。小海老と小魚の塩漬けだよ」
「生まれ故郷の味に似ていますね。すごく美味しいです」
「いっぱい食べとくれ」
急に訪問して申し訳ないと思って、こちらも収納からストックの焼いた塊肉(ケースマイアン近郊で狩られた野豚)やら平焼きパンやらを出した。
海沿いで海産物は豊富だがあまり肉を食べる機会はないらしく、ご両親から好評だった。
今日くらいは良いかと酒も提供し、カルモンの母上トリンさんや女性陣には香草茶と温かいクリーム入りパンケーキを用意した。
「ターキフさん、これは美味い酒だなあ」
「げふッ、いやこれキッツいぞ!」
「悪くないな。あたしは好きな味だ」
あいにく、収納に残っていたのが安物のウィスキーだけだったんで賛否両論のようだ。割って飲むのを勧めたが、やんわり拒絶された。
「酒に水を差すなんて、雑兵が支給された腐りかけの葡萄酒を飲むときだけだ。縁起が悪い」
俺にはよくわからん話だけど、水割りという発想はないようだ。別に、好きにしてくださいな。
「親父。最近、漁の方はどうなんだ」
「水揚げは横這い、買値は下がり気味だな。そのくせ市場での売値は上がってる」
父親の言葉にカルモンが首を傾げる。
「……領主がなんかやってんのか?」
「何の話じゃ」
「卸値が上がって買取値が下がるっていうのは、戦争前に起きる。カネか物資かその両方かを商人と領主が溜め込んでるんだ。いま共和国に戦備が必要な敵はいないはずなんだが」
「「「ほう……?」」」
おいやめろ。お前ら、こっち見んな。その敵って、俺じゃないぞ。
俺もあれこれ溜め込んでるけど、それは放出先が受け取らないからじゃねえか。銀貨1万枚とか壷いっぱいの銅貨とか、手で持って帰らせるぞ。
ともあれ、カルモンの父親ケイソンさんは現役の漁師だそうで、いまは雇われだけど経験豊富で腕は確かなようだ。
父子ともに言葉を濁してはいるが、どうも若い頃のカルモンが冒険者を志してサルズに出て行かなければ、今頃は自前の船を手に入れていたはずだった、ように見受けられる。
少々遅くはなったものの、帰郷した息子が稼いで来たカネで船が買えそうだと聞いて、ケイソンさんは顔を綻ばせた。
「ところでターキフ、おぬし船を手に入れる伝はないのかのう?」
「それは俺も考えたんだよね。たぶん、頼めば手に入るんだろうけど、ここらの船とは違い過ぎるから悪目立ちするぞ。あと燃料が手に入らないと使い続けられない」
「なるほど、それは難しいのじゃ」
「漁船は渡したカネで買ってもらって、必要なら自分たちが使うのだけ別に調達しよう」
喫緊の目的は奪ったカネの洗浄なのだから目立ってしまっては本末転倒だ。
ミルリルも納得したので、俺はカルモンパパに海賊の情報を訊く。
「……海賊? ああ、いるねえ。最近も何隻か商船が捕まって、身代金が要求されてたよ」
「そいつらが、どこらへんにいるかはわかってるんですか?」
「そうだね、北東に3哩ほど行ったとこに、海流の激しい暗礁だらけの群島が広がっててね。そのなかに海賊の島……っていうか、砦があるんだよ」
「場所がわかってんなら、領主は討伐に行かないのか?」
ティグが不思議そうに訊く。海沿いの暮らしを知らない上にラファンの事情にも疎い俺たちにとってもそれは疑問ではある。
「そりゃ行くさ。何度も行って、何度も負けてねえ。いまじゃ船を出す漁師も、付いてく冒険者もいないんだよ。街を守る衛兵を引っ張ってくわけにもいかないしねえ」
「でもよ、親父さん。そのままにしとくわけにはいかねえだろ。被害は大きいんだろうしよ」
ティグの疑問に、ケイソンさんは首を振る。海賊は、敵対しない限り地元漁師に手を出してはこないのだそうな。
それが海賊なりの知恵というか処世術なんだろうが、一種の警告となって領主に協力する船主を減らしている。
「商船は商人が自分の裁量で護衛を付ける。でも漁師が海賊に目を付けられたら生きていけないからね。となれば、いま海賊はやりたい放題だ。漁師に被害はないけど、ラファンの貿易はえらく滞ってるらしいよ」
海賊は内陸の盗賊のように“〇〇団”とかいう名前を付けることはないらしく、名乗るにしても呼ぶにしても、地名や頭領の名を冠する程度。
いまラファン沖にいる海賊は環礁地帯の俗称から“アトールの海賊”と呼ばれているのだとか。
「海賊の船と人数は、どのくらいですか?」
「30尺の手漕ぎ船が4から5、50尺の帆掛け船が1だね。人数は、40から50てとこだ」
9mの手漕ぎ船と、15mの帆船か。思ったよりこじんまりとしているが、海流と暗礁に守られた環境では大型船舶よりも実用的なのかもしれない。
俺たちは顔を見合わせ、頷く。
問題は、どれだけの期間を見ておかなければいけないかだ。数日の滞在でまたサルズに戻る気でいたので、宿の部屋もそのままになっている。
「ケイソンさん、船を買うのに何日くらい掛かるんですか?」
「中古なら明日にも買えるよ。新造船なら、ふた月くらいか」
カルモン父子はしばらく話し合った結果、ラファンの市場に出回っている新古の出物を押さえることに決めたようだ。
30尺、というから海賊の手漕ぎ船と同じくらい。ただし操船はひとりでも行えるように帆走船のようだが。
「注文主が破産したとかで、引き取り手のない新しい船だ。夏までは金貨120枚だったが、海賊騒ぎで買い手が減って、いまじゃ金貨70枚まで下がってる」
「だったら、買った方が良いですよ。海賊は、息子さんが退治してくれますから」
「「そうだそうだ!」」
「サルズ最強の冒険者様が蹴散らしてくれるぞ!」
疲れてるせいかアルコールがキツかったのか、いい加減に酒も回った俺たちがニヤニヤしながら囃し立てると、カルモンは怯んだ顔で固まった。
いや、自分でいい出したんだろうに。大丈夫だ。手は貸してやるし、なんなら骨も拾ってやるよ。




