165:恣意的な示威
「アイヴァン、こりゃどういうことだい」
「見ての通り、としかいえんよ。俺が理解できるような状況なら、多忙を極める“サルズの魔女”にご足労願うわけないだろうが」
俺たちはローゼスに到着して早々、衛兵詰所から城壁に登り、町を見下ろしていた。
サルズまで救難要請が届いてから丸1日近くが経過している。呪われているという伝令の新兵タフルで解呪を試し、そのまま“サルズの魔女”を拝み倒して馬に乗せ、駆け続けること半日。
“事故”が起きてからは丸々2日以上が経っているというのに、町中にはまだ粉微塵に吹き飛ばされた瓦礫や死体が片付けられずに残ったままだった。
「……ふん? 小坊主は何か腹に収めてるものがあるってわけだ」
俺は肩を竦めて、探るような魔女の視線を逸らした。
“サルズの魔女”ことエクラは、かつて共和国最強の冒険者として、曲者揃いのパーティー“道化”を纏め上げていた伝説の魔導師。
いまは冒険者ギルドのギルドマスターとして、国政の一部を担うまでになっていた。
見た目は30そこそこの美形だが、俺の爺さんが若造だった頃からこの形だ。機嫌を損ねれば俺なんぞハナクソでも弾くように殺せる。
「なにが“行方不明”だい。そりゃ、たしかに行方はわからないんだろうけどさ」
「さっきタフルから、13名の身元は確定したって聞いたがな。そのうち12人は衛兵だ」
「おおかた甲冑に刻んだ管理番号でわかったってだけだろ。生身の人間は……ああなっちまったんだから」
“魔女”は屋根に引っかかったまま山ガラスに突かれている死骸の断片を指す。飛び交う山ガラスの大群を見る限り、このままだと身元の判明より前に死体が消えちまう方が早いかもしれない。
「エクラさん」
声に振り返ると、初老の男が立っていた。
俺と同じく衛兵隊長を示す指揮剣を吊っているが、あくまで代理なのを示すためか、抜けないように革紐で鞘に固定してあった。律儀な性格だ。
ガキの頃、何度か追い掛けられブン殴られたんだが、丸くなったのか当時の面影はあまりない。
事態の収拾に当たっている彼らは俺たちの到着を聞いて城壁まで挨拶に出て来てくれたようだ。
「共和国最強と名高い“サルズの魔女”にお出ましいただき、恐縮です」
「やめとくれオーテス。お互い、もう引退した身じゃないか。せっかく無事に生き延びたってのに、いまさら危ないことに首を突っ込みたくはないね」
どうやら彼女は、オーテス衛兵隊長代行とは顔見知りらしい。
オーテスも詰所にいた老衛兵(代行)たちも、“行方不明”になったクズのエドガーが衛兵隊長の座に収まるまでこの町を守っていた古兵だ。背筋は伸びていて目の光も確かだが、年齢を重ねていて動きは鈍い。正直なところ、戦力として換算できるとは思えなかった。
まあ、何と戦うかにもよるのだが。
「同感ですが、もう手を引くには手遅れのようです」
「そのようだねえ。アタシもアンタも、因果な性格だよ」
エクラは、オーテスにも解呪を掛ける。あまり呪いの影響を受けていなかったようで見た印象は変わらなかったが、老いた隊長代行はホッと息を吐いて頭を下げた。
「それじゃオーテス、何が起きたのか教えてもらえないかね。サルズの衛兵隊長殿は、どうも口を閉ざすことにしたみたいでさ」
ギクリと背筋に冷えたものが走るが、俺は怯えを腹に収める。このババア、何をどこまで知ってるんだ。
「我々も把握していることはわずかですが、エドガーたちは、どこぞの余所者と揉めたようです。宿に泊まっていたそいつらを襲撃したらしいのですが、なぜか教会の爆発に巻き込まれています」
「その教会ってのは、どのあたりだい?」
オーテスは爆心地を指す。瓦礫に雪が積もって判然としないが、たしかにそこだけ建物がない。
「教会を中心に2区画が吹き飛び、死体の残骸とともに呪いが蔓延しました」
エクラは眉間にしわを寄せて何かを考えている。
「そっちは、後で見てみようかね。その宿ってのは……あのいけ好かないババアのとこだろ」
「はい。エドガーとは守銭奴同士、持ちつ持たれつでやって来たようですな。死体で身元が確認できたのは、衛兵以外ではその女亭主だけです」
「ババアも爆発に巻き込まれたのかい? その死体を見せておくれ」
「はい、ですが……」
「どうせ損傷がひどいだろうってのは承知の上さ。気にすることはないよ」
俺たちはオーテスの先導で階下に降り、詰所の裏手に回る。ギッシリと並べられた薪束のようなものが死体の破片なのだろう。雪を被って凍り付いたそれは死臭もなく、死んだ住民の成れの果てという実感がなかった。
「こちらです」
端の方で椅子に掛けたような姿勢のまま仰向けに転がされている死体が宿の女亭主なのだろう。予想と違ってひどい損傷はないものの、上半身と下半身は腰で断ち切られていた。
“サルズの魔女”は老婆の死体を調べて、首を振った。
「呪いの影響は受けていない。損傷を受けたのは死後だ。宿を襲ったのが最初、呪いと爆発は後だね」
「それじゃ、こいつの死因は?」
「死ぬほど恐ろしい目に遭ったんだよ」
エクラの表情を見る限り、冗談をいっているわけではなさそうだ。それどころか、ひどく不機嫌そうだ。
「教会まで案内しておくれ」
瓦礫やら泣き叫ぶ被災者やらを避けて迂回したために時間は掛かったが、距離自体は四半哩もない。ローゼスの街並みなどもう微かにしか覚えていないが、記憶にあった教会は、跡形もなく消えていた。
「ここです」
「呆れたね。完全な更地になってるじゃないか」
雪を被った教会跡を歩き回って調べながら、エクラはどんどん顔色を曇らせていった。
立ち止まって地面を見ていたエクラに近付くと、それは4尺四方の四角い穴だった。オーテスが差し出してくれた松明を持ってなかを調べてみるが、何もない空間があるだけだった。
「アンタがアタシを頼るくらいの状況だ。ただごとじゃないのはわかってた、はずなんだけどね」
苦々しげな声に顔を上げると、“魔女”はかつてないほどに暗い目で遠くを見ていた。
「そんなに厄介なのか?」
「解呪そのものは、まあなんてこたない。呪いは、古い術式巻物かなんかだね。あの生臭坊主が死に際に暴発させたもんだろ。手札が読めれば対処も容易い。手間と時間は食うが、それだけだ。しかし、こいつは厄介だね。正確には、こいつをやらかした相手がさ」
「……ッ」
逸らそうとした視線が捕らえられる。“魔女”は冷えた目で俺を見た。
「アンタが何かを隠してるのはわかるが、その選択はおそらく間違いだよ。生き延びたければ、身の振り方を考えた方がいいんじゃないかね」
「な、何の話を……」
「ここいら一帯には、攻撃魔法の痕跡がないんだよ。爆発と呪いは無関係だ。そいつはね、魔法以外の何かで、こんな大惨事を引き起こしたのさ」




