163:ブレイク・ファースト
夜明け前にローゼスを出て走り続けること3時間ほど。ようやく日が昇ってきた。時計のない暮らしで漠然としかわからないが、だいたい7時前くらいだろうか。
「来なかったな、追撃」
「待ち伏せもだ。ここから先は、ずっと見通しが良い」
ホッとするルイとマケイン。
見通しが良いのはありがたいが、それはつまり風が出たら地吹雪を遮るものがないということでもある。
風避けになる窪地を見付けたので、朝食を兼ねた休憩を取ることにした。
暖を取るために廃材を組んで火を焚くと、そこで野菜スープの大鍋を掛け、パンと肉を炙る。収納に入っていた食べ物は温かいままなんだけど、少し火に掛けるとより美味しい気がする。文字通り、気のせいだけどな。
スープと平焼きパンと串焼き肉。肉はたしか有角兎だ。
中型犬ほどのサイズで、額にユニコーンのようなツノがある兎だ。ケースマイアン周辺で見かけたことはないけど、森に住むらしいから誰かが暗黒の森で狩ってきてくれたんだろう。肉は“赤身っぽい鶏肉”という感じで、少し硬いが旨味が強くてなかなか美味い。
モリモリ食べる俺たちを見ながら、白雪狼のモフはご機嫌そうに尻尾を振る。欲しいのかと思って兎肉を差し出してみるが、“お構いなく”という感じで鼻を振られた。
モフと会ってから一週間くらいは経つけど、なんにも食わないのだ。
そのくせ特に疲労や空腹を訴える風もない。元気だし体力もある。わからん。
「お前、ふだん何食べてるんだ?」
「わふん」
「妖獣は、鉱山で採れる魔石やら魔獣から出てくる魔珠やらを食うとは聞くがのう。そんなもの、サルズにもローゼスにもないと思うんじゃ……ん?」
俺の脇腹に鼻先を擦り付けるモフを見て、ミルリルが首を傾げる。
「もしかしたら、なんじゃがのう。こやつ、ヨシュアの魔力を摂取しとるのではないか?」
「わふ!」
“正解!”みたいな顔で吠えられた。こいつ……。
まあ、いいけどね。こちらとしては特に支障が出ている感じもしないし。好きなだけ、とはいわんが色々と世話になってるし、魔力を分けるくらい構わんよ。
「ん? おい、ちょっと待て」
兎肉を頬張っていたルイが、ふと気付いた顔でモフを見る。
モフは、ついっと目を逸らす。怪しい。
「モフ、さてはお前、あたしの魔力も吸ってただろ」
「わ、わふーん」
「“知らないよー”みたいにいってもダメだ! なんか会うたびベロベロ舐めてくると思ったらスゲー吸ってただろ!? お前に舐められた後やたら寝付きが良いと思ったら……」
「それは、良いことではないかのう?」
「そんだけ疲れてるってことじゃねえか!」
「いや……ルイの場合、有り余る魔力を身体強化用に循環しまくって垂れ流してるようなもんだからな。モフからしたら、エサが歩いてるようなもんなんだろ」
「うるせえ、それはお前もだろうが! おいモフ、あたしばっかじゃなくティグからも吸えよ!」
モフはチラッとティグを見て、その後に俺たちに目を向けながら、“ね?”って顔をした。
わかりやすいなオイ。そら同じ吸うなら屈強な虎獣人よりマッチョながらもお姉さんの方が良いけどさ。
ティグは苦笑して首を振った。
「わかるぞ」
「わふ!」
「お前ら意気投合してんじゃねえ!」
気にしたことなかったけど、どうやらモフは男の子だったようだ。良かった良かった。
いや、何が良かったのかわからんけど。
◇ ◇
食後のお茶を飲みながら、俺は奪った財宝類を分類して分配することにした。とはいえ金貨や銀貨は重たいのでサルズに戻った後で配ることにして、まずは宝石やら貴金属類だ。
意外なことに、あんまり人気がない。
「面倒臭いんだよ。落としたり壊したりしそうだし、換金しにくいしな」
「売れないこたないけど、あたしたちが持ってたら、どう見ても盗品だろ」
「商人からも足元見られるからね」
「やっぱり銀貨くらいが、ありがたいです」
“吶喊”の全員からダメ出しされた後、丁重にお断りされてしまった。
じゃあカルモン一家に、と思ったけど、こちらも奥さんルフィアさんから“前にもらった以上の貴金属は換金できないし、盗まれそうで落ち着かない”と辞退されてしまった。
しょうがない。サイモンとこに流すしかないか。
一般市民はあまり金貨を普段使いしてないようなので、銀貨での要求はこちらとしてもありがたい。
「……でも、銀貨となると問題は量なんだよな」
困っている俺を見て、ティグは笑う。
「ターキフ、足りないなら無理しなくていいぞ。俺たちは好きこのんでカルモンに手を貸してるだけなんだし……」
「逆だ。2千枚くらいになる」
「うぇ!? ひとり頭……ええと、いくらだ、コロン」
「4百枚」
「そんなにかよ!? あたし初めてだぜ、そんな大金……」
「違う。ひとり2千枚だ。銅貨も含めれば、それ以上になる」
喜んでいたルイが笑顔のまま固まる。その後ろでコロンとエイノさんも硬直していた。
日本でいえば百万円……こっちの貨幣価値でも、せいぜい200万円やそこらだろう。そんなに驚くほどのことか?
「そんな数の銀貨は持てんな。少なくとも持ち歩けん」
比較的冷静なマケインが強張った笑顔で首を振る。
「預ける機関はないのか? 冒険者ギルドの窓口とか」
「そりゃ預けられるけど、どこでどう手に入れたか訊かれるだろ。2級パーティが持ってるような額じゃねえ」
「じゃあ、ほら……家でも買えば良いんじゃないのか? 商人なら金の出所なんて気にしないだろ」
「気にするに決まっておろうが。5人まとめて銀貨で1万枚とかじゃぞ? まともな商人ならおかしいと思わん訳がなかろう。ターキフ、おぬしは本当に商人か?」
うん。改めて尋ねられると、商人の自覚はあまりないな。常識となると、もっとない。
あーでもないこーでもないと騒いでいた俺たちを他所に、ずっと考え込んでいたカルモンが何か思い付いたように顔を上げる。
「ああ、そうだ。良い手がある」
「大金を得たことを怪しまれない方法か?」
カルモンは頷いて、俺たちを見た。
「ラファンで海賊退治をしたら良いんじゃないか?」




