162:旅立ちの朝
教会に戻ると、俺は瓦礫や聖具の残骸を全て収納した。祭壇があったと思われる場所の周辺は、特に念入りに。
「ターキフ、ここに何ぞ用でもあるのか?」
「ただの勘なんだけどね。何かあるんじゃないかと……ああ、あった」
祭壇跡と思われる場所に、地下室の入り口らしき崩れた開口部。開き戸が爆発で壊れたのだろう、瓦礫を片付けると、1m四方の入り口が姿を見せた。俺たちは梯子を伝って地下へと降りる。
マグライトで照らすと、金銀財宝という表現がピッタリの光景が浮かび上がった。
「すげえ、まるで盗賊の宝の部屋だ」
「まるで、ではなくそのままじゃな」
そうね。盗賊ギルドだもんね。それにしても、またえらく溜め込んだもんだ。
「抜け目ないのう」
「まったくだな、あの司祭ずいぶん溜め込んでる」
「違う。わらわは、おぬしのことをいうておるんじゃ」
そうなの? だって、手ぶらで帰るのもアホらしいでしょ? 騙し取られたりボられたりで、これまでの被害総額は、ええと……
……10万円にも満たないな。
目の前のお宝は、どう見ても数千万円分はある。
木箱や壺に入った貨幣の他に、刀剣や美術品もある。シルクと思われるロール状の布地や不可解な呪具や魔道具のようなものまであるが、当然ながら個々の価値など俺にはサッパリ判断できん。
これは、さっさと回収して帰るしかないな。
奪われた人たちには気の毒だけど、俺たちは返却して回る暇も能力も意欲もない。
「このくらいの役得がなきゃ、悪党退治なんてやってらんないだろ」
「うむ、その通りじゃ。わらわたちは日に日に魔王らしくなってゆくのう」
「休暇中なんだけどね……」
ものの数分で全ての宝を回収し、地上に出る。
騒ぎを聞きつけて外に出た市民たちが綺麗さっぱり消失した教会に唖然としている。
「ここは魔王の降臨を宣言するべきかのう?」
「嫌だよ。共和国には遊びに来ただけなのに、また揉め事なんてさ」
「それには同意せんでもないが、どうにも言葉と行動が矛盾しておるようじゃ」
そうなんだよね。ミルリルとふたりで静かな冬休みを過ごすつもりだったんだけど、どこで間違った。
「……最初から、かな」
「なにがじゃ」
「いや、冒険者ギルドで初心者登録したら、ベテランのマッチョが絡んできてひと波乱、くらいのテンプレがあっても良いと思うんだけど、ハナから明後日の方向に吹っ飛んでっちゃったもんな。おかしいよ、こんなの。共和国に入って10日と経ってないのに、もう百人単位で殺しちゃってる」
「相変わらず訳のわからんことにこだわっておるのう。おぬしはもう“ケースマイアンの3万人殺し”なんじゃ、いまさら百など誤差の範疇であろうが?」
それはまあ、そうなんだけどさ。優しい目をしたミルリルに促され、俺は“魔王”としての矜持を取り戻す。敵は殺すと決めた。味方を殺すことになるくらいなら、迷うのはもう止めた。ちょくちょくグダるけど、少なくともそうしようとは決めたのだ。
「では参るぞ、妃陛下」
「うむ。おぬしの望むがままに、じゃ」
しかし妻に敬称はおかしくないかのう? という静かなツッコミを受けつつ仮初めの魔王は地下から這い出るのであった。
◇ ◇
ローゼスの町中に騒ぎは広がっているものの、転移で戻った宿の前は静まり返っていた。ルイはしゃがみこみ、ティグは退屈そうに手槍に寄り掛かっている。
「どうなった」
「ギルドの本拠地は木っ端微塵じゃ」
「すげー音してたもんな」
「お宝を手に入れて来た。後で分けよう」
「わふ?」
振り返ると白雪狼のモフが尻尾を振っていた。ずいぶんゆっくりなお出ましだなと思っていると、こちらを振り返りながら“ついてこい”とばかりに厩へと誘導する。
「なんじゃ、どうしたモフ」
「わふん」
モフと顔を見合わせたミルリルが、怪訝そうな表情でこちらを見る。
「なんぞ仕事を済ませておったようじゃ」
「仕事?」
厩に入ると、すぐに理解した。藁と馬糞に塗れた衛兵たちが3人、気を失って転がっていた。
「こやつら、契約書やらを橇に隠したと思ったのかのう」
「なんにしろお手柄だモフ、よくやったぞ」
「わふ♪」
意識のない人間を殺すのもどうかと思うが、かといって対処にも困る。
「ターキフ!」
目を覚ましていたらしい衛兵のひとりが飛び掛かろうと身構えたので、ショットガンで頭を撃ち抜く。
「すまん、ミル」
迷うことはなかったのだろう。脳筋たちにいわれるまでもなく、俺は甘い。脇も詰めも性格もだ。
逃げようとした残りの衛兵も射殺して死体を収納、これで後顧の憂いも消えた。
「先ほどの話と矛盾するがのう、ターキフ。あまり殺しに慣れ過ぎるでないぞ。おぬしの甘っちょろいところにも、わらわは惚れておるのじゃ」
「ありがとう、ミル。せいぜい気を付けるよ」
「ターキフ? ミル?」
厩の銃声を聞いて、マケインたちが2階で声を上げた。いい加減、蚊帳の外で痺れを切らしたらしい。
「もう大丈夫じゃ、出て来ても良いぞ」
全員が起きていて、もう出発の身支度を済ませていた。毛布や寝袋や軍用ベッドを受け取って収納し、代わりに荷物を出して馬車に積み込む。
朝日が昇るまでには、もう数時間掛かるだろうが雪は止んでいる。風もさほど強くない。
「コロン、ティグとルイを呼んできてくれ。ちょっと早いが、もう出よう」
「了解」
カルモン一家の乗る橇に馬を繋ぐと、ベッドの残骸だった木箱を使い、ワイヤーで風除けの防弾板を立てる。
「今度はこちらが先行してくれ。護衛にミルとモフ」
「了解じゃ」
「コロン、こっちが殿軍だ。エイノさん、後方の監視を」
「わかりました」
「なあ、追っ手が来ると思ってんのか?」
「念のためだ。敵対勢力は全部潰したと思ってるけど、盗賊ギルドの生き残りがいるかもしれん」
まだ暗いなかを城門に向かう。今度は銃を構えて止めるなら殺す覚悟だったが、詰所は無人だった。
「よし、出発」
「いまから出れば、夕方までにはラファンに入れるはずだ」
道中で何事もなければ、だけどな。
そんなことは当然わかっているであろうティグに対して、俺はその言葉を飲み込む。




