16:新たな敵意
次々に目を覚ました獣人のガキんちょたちのために、俺とミルリルはMREの開封、粉の水溶きに追われた。よほど腹が減っていたのか、みんな文句もいわず黙々と食う。たまに口に合わないものがあっても、困った顔をしながら頬張っていた。
湯煎するにもいちいち外に出なければいけない。数が多すぎて鍋に入りきらない。面倒になってFRヒーターを試すことにした。
車内灯の光でなんとか説明書きを読み取って、袋に水を注ぐ。すぐに過熱が始まったが、魔法を知っているこの世界の人間には、それほど面白いものでもなかったようだ。残念。
大箱に12袋入りのMREは全員で食べても3つ余った。食べたければもっと食え、というと獣人の子供たちは分け合って食べていた。普通の人間よりも、食事の摂取量は多いのかもしれない。
「このまま北に向かう。途中でケースなんだかの跡地も通るはずだ。着いたら起こすから、お前たちは寝ててくれ。で、その前に訊いておくが、死んだ獣人の大人たちは知り合いか?」
俺の質問に、子供たちは不安げな視線を絡ませる。答えにくい話なのかと首を傾げたところで、犬耳娘が代表して応えた。どうも彼らのなかでは最も年長らしい。
「あの人たちは、“ケースマイアン解放軍”だ。王国で奴隷になっていた獣人たちの解放を行っていた。恩人だけど、知り合い、というわけじゃない」
「埋葬するか?」
「……ううん。自分たちには構わず逃げろ、というのが最期の言葉だった」
ああ、出来た大人だな。悪いが、その言葉に従うことになりそうだ。勝手に襲ってきて返り討ちに遭った王国のバカどもと同じ扱いなのは申し訳ないが、穴を掘る人員も道具もない。
埋葬が出来るとしたら俺だけど、その間の護衛がいなくなる。冥福は祈るが、俺だって他人事じゃない。死んだときには、彼らと同じように道端で……いや、たしかサイモンが、
「あーッ!」
いきなり叫び声を上げた俺に、子供たちがビクッと身を震わす。
「な、なんじゃ、いきなり!?」
俺はバスを降りて馬車の残骸まで駆け戻り、亡くなった獣人たちの遺体を収納した。
そらそうだ。生きてなければ収納できる。まだ試してはいないが、収納のなかで腐敗するということもないだろう。もし時間経過があるなら、そのときは、そのときだ。
「そっか。そうだよな」
「なにがどうなのじゃ、いまのはなんじゃ? おぬし、いまなにをした!?」
「それじゃあ、子供たちの首輪も……?」
「ヨシュア! 勝手に納得せんと、わらわにも説明せい!」
「なあミルリル、この首輪って、外すと死んだりする呪いが掛かってたりするのか?」
「そういう話は聞いたことがないの。頑丈で切れず外れんというだけじゃ。奴隷ひとりひとりに高度な魔法や魔道具を使うなど、出来る出来ない以前に、採算が合うまい」
それを聞いて安心した。ひとりずつ確認しながら、首輪を収納する。ついでに、手枷や足枷も。急に楽になった手足や首回りに触れて、子供たちの顔が明るくなる。
「なにをしたのじゃ」
「収納の魔法だ。俺が使える魔法は、あんまり多くないんだけどな」
「……そうかもしれんが、その少ない魔法がことごとく非常識なのじゃ」
ミルリルは呆れたように息を吐くが、その顔は嬉しそうだ。
「よし、じゃあ出発するぞ。椅子に座るか、床に寝てろ」
「待って、暗闇の森は危険……」
「大丈夫じゃ。これは魔獣型の魔道具でな、光の魔法で先を照らせるのじゃ」
魔獣型でもなければ魔道具でもないんだけど、まあいいや。
俺は運転席に座って、エンジンを掛ける。動き出してすぐは子供たちも興味津々で窓から外を見ていたりしたが、すぐに転がって寝息を立て始めた。
ミルリルも眠そうだったので、何かあったら起こすと伝えて子供たちのところに行ってもらった。
完全に真っ暗な闇のなか車を走らせるのは初めてで最初は緊張していたが、馬車が行き来する程度には整備されているし、そもそも夜に街道を移動する人間はいないとわかっているので気兼ねなく飛ばすことにした。
哩はマイル(=1.6キロ)と同じくらいではないかという前提で概算80キロ。朝日が昇るよりも前に、ミルリルから聞いた50哩あたりまで来た。すでに森からは抜けていて、暗闇に浮かび上がるのは、平野の先にある巨大な渓谷。左右は断崖絶壁で、幅数キロ、高さは100メートルほどか。渓谷の上は平らになっていて、どうも建物があるようだが暗くて判然としない。
車を止めて、ミルリルを起こした。子供たちはぐっすりと眠っていたので、寝かせたままにする。
「おう、あれがケースマイアンじゃ。いまは廃墟となっていて、暮らす者どころか近付く者さえ……」
「うおおッ?!」
何の前触れもなく、どこからか数十本の矢が降り注いだ。俺は慌ててバックしながらクラクションを鳴らし、射程外まで逃げる。弓なりの軌道を描く曲射だったこともあって角度が甘かったのか屋根に当たって弾かれるが、ガチで戦闘用の鏃なんて、窓ガラスに当たれば割れてしまう。
「誰もいないんじゃなかったのかよ!?」
「そ、そのはずなんじゃが……」
姿は見えないが、すぐ近くから声がした。
「それ以上、こちらに近付けば殺す!」
ですよねー。叛乱軍だかレジスタンスだかがいるんなら、かつての母国を拠点にするよねー。というか、こいつらがいるから王国の精鋭部隊が出張ってきて、逃げてきた奴隷少年少女たちが巻き添えを食らった、ってことだろう。
さて。誤解を解くにはどうしたらいいやら。
「わらわが説得しよう」
「大丈夫か?」
「わからんの。いざというときは、ヨシュアが守ってくれるのであろう?」
俺がドアを開くと、ミルリルが降りてゆく。当然ひとりには出来ないので俺もAKMを引っ張り出して護衛に付くことにした。矢が降ってきたときのために、ミルリルにはいつでも車内に駆け込める距離で止まってもらう。
「わらわは、元ケースマイアンの鍛冶師、カジネイルの娘、ミルリルじゃ! 代表者がおれば出てきてくれんか!」
しばらく何の反応もなかったが、近くの茂みから10人ほどの獣人たちが姿を見せた。犬か狼、熊、猫……虎か? 種類は様々だが、体躯は人間を上回り、手には鉈や槍のようなものを持っている。身体能力でも人間以上であろう彼らからすれば、いつでも殺せる距離だ。
「弓を持った者がいないな」
「こやつらが前衛で、弓持ちは後衛じゃな。いまも、どこぞから狙っておる。おそらくは、エルフじゃ。ここは下手な動きを見せるでないぞ」
お、やっぱいるのか、エルフ。
近付いてきた獣人たちはミルリルを観察し、ドワーフらしいとわかるとわずかに笑みを浮かべる。だが、その視線が俺に向かったとき、ギラリと眼光が光った。
「人間……ッ!」
憎しみに満ちた声が聞こえ、猫か虎か知らんけど細身の獣人がまっすぐに切り掛かってくる。ミルリルが迷いなく俺の前に立って手を広げた。
「やめよ。わらわたちの命の恩人じゃ」
「なぜだ! 貴様もドワーフならわかっているはずだ! 人間は、あたしたちの仲間を殺した! 母や姉たちを凌辱して、幼子たちを奴隷にした!」
「こやつは別じゃ。悪意もなければ、敵意も害意もない。……それにの」
ミルリルは一瞬だけ、背後の俺に視線を向けた。
「もし、こやつに敵意があれば、貴様らを一瞬で屍に変えるだけの力を持った魔導師ぞ?」
獣人たちが、一斉に固まった。怖気づいたんじゃない。濃い殺意が、マイクロバスの周りを、厚く立ち込めて行く。
なにそれ、ミルリルって俺そんな危ないタイプだと思ってたの? ちょっと獣人さんたちの武器を収納しちゃおうかとは思ったけど……って、よく考えたらこいつら基礎体力だけでも俺を楽に撲殺出来るな。
やっぱ無理だ。ミルリルが正しい。
「どうしたの? もう着いた?」
そういいながら降りてきたのは、車内で寝ていた犬耳娘だった。眠そうに目をこすりながら、緊張感のない歩みで俺たちの前を横切る。
「ヘルマ!?」
「人間! 貴様、ヘルマに何をした!」
なんもしてないがな、と思ったところで俺の代わりに本人が応える。
「王国の魔導師を殺して、みんなを助けてくれたよ。解放軍の大人たちは、殺されちゃったけど」
「あ?」
「そうそう、忘れてた。その解放軍の人たちの遺体は俺が預かってる。どこかで引き渡したいんで、受け取れるようならいってくれ」
「ああッ!? 何いってんだ、お前……」
「本当じゃ。このヒョロヒョロでも、ヨシュアは魔導師なのじゃ」
「あ、あのねミルリルさん、言い方。もう少し、こう……」
「そんなことが、信じられるか! どうせ子供らやドワーフが油断した隙に、首輪や足枷を付けて奴隷にするつもりだったんだろうが!」
「首輪と足枷は、王国の連中に付けられてたけど、こいつ……このひとが外してくれた。それで、ご飯をくれて、ここまで送ってきてくれた」
ヘルマというらしい犬耳娘の説明に、包囲していた獣人たちは不信感を露わにしながらも戸惑っているようだった。
「ミルリル、誤解を解くために、子供たちを連れて来てくれないか?」
「ダメじゃ」
「いや、このままじゃ状況が変わらないしさ。俺が連れてくるとなると、人質を取ったみたいな感じで警戒されちゃうだろ?」
「わらわが、いまここを動く方が問題じゃ」
「俺のことなら心配ないって、自分の身くらい自分で……」
「それが問題なのじゃ。わらわがこの場を離れたら、戦いになるかもしれん。たしかにヨシュアは身を守れるであろうが、少なくとも獣人らの過半数は死ぬ。そうなった場合は、もう関係が修復不能じゃ」
だよね。わかるわ。俺は覚悟を決めて、殺意剥き出しの虎(じゃないかなと思われる)娘に話しかけた。
「なあ、そこのあんた」
「ああんッ!?」
「そんなに突っかかるなよ。大人しくしてるからさ。この箱のなかに、送ってきた獣人の子供たちがいるんだ。寝てるかもしれないけど、連れて来てくれないか?」
武器を手に警戒しながらも、近付いてくる。車体の横で軽く飛び上がって窓からなかを確認し、俺たちが横に避けるとドアからなかに入った。
「マイネルとコーラだ! カイネもいる、おい誰か来てくれ!」
虎娘はまだ眠そうな子供たちを両手に抱えて出てきた。熊と犬、いや狼らしい獣人が入れ替わりに車内に入る。子供たちの無事を確認して、少しは警戒を解いたようだ。
というよりも、俺の体格を見て、やろうと思えばいつでも殺せると思っている風だが。
まあ、間違ってはいない。
熊男と狼男が俺とミルリルを見て、不思議そうに首を傾げる。とりあえず鉈は鞘に納められ、槍も背負われている。いまのところ攻撃の意図は感じられない。
「貴様らの目的はなんだ。なんのためにこんなことをした。そして、このおかしな乗り物は?」
「こやつはヨシュア。あれこれと不思議な魔道具を使う。わらわもこやつも、王国ではお尋ね者じゃ。王国から逃げようと思っていたんじゃがの」
「それは無理だ」
熊男が冷静に答えた。
「ここは、もうすぐ戦場になる。逃げるというなら構わんが……」
「王国の北は、魔物の棲む暗黒の森じゃ。それは、わかっておるがの、東に皇国もあれば、西に諸部族連合もあろう。……もしかして、おぬしらはもう覚悟を決めたのか?」
「ああ。俺たちも、一度は皇国や連合領、あるいは暗黒の森に逃げ延びたがな。どこも同じだったよ。飢え死にするか、虐げられ殺されるか、奴隷になるか、愛玩動物という名の慰み者になるかだ。そんな流浪の民として生きるのを、俺たちはもう、止めた」
「それだけなら、いいけどな」
「ヨシュア、なにがいいたいんじゃ」
「こんな天然の要害、しかも独立派閥の母国となれば、奪還されるがまま、なんて有り得ない。もしかして、ここにいた王国の駐留部隊を殺したんじゃないか?」
「……」
当たりですか。そら戦争待ったなしですな。まあ、第3王子とその護衛を皆殺しにした俺たちに非難する資格がある筈もない。
ミルリルは俺を振り返った。でも彼女の目は、俺の目を見ない。嫌な予感がした。
「……では、ここまでじゃ。世話になったの、ヨシュア」
「おい、なにいってんだ。一緒に逃げればいいだろ、どこに行ったって、俺が守ってやる」
「そういうてくれるのは、ありがたいがの。わらわは、逃げられん。もう逃げる訳にはいかんのじゃ」
よくわからんな。ずっとここまで逃げてきたというのに。なんで、この場で考えを変えた?
「お前も……亜人、とかいう立場だからか?」
「それもある。しかし、それよりも、わらわが作り出し、奪われてしまった機械弓のことじゃ。もし、ここでの戦闘に、わらわの機械弓が使われたとしたら、並みの盾やら鎧やらでは話にならん。いくら獣人たちが武勇に優れようと、あっという間に死んでしまうであろう。それは、わらわの咎じゃ」
俺は溜息を吐いた。
もうすぐどこかの桃源郷に辿り着いて、王国のバカどものことなんて忘れて、幸せに暮らす日々が訪れるんじゃないかって、どっかで期待してたんだけどな。
「人間、貴様は特別に通過を許可する。敵対しない限り、こちらからも手は出さん。どこへでも行くが良い」
虎娘(仮)は不満そうだが、熊男の方が立場が上なのか、表立って反論はしない。ミルリルは俺に背を向けたまま、渓谷に向かって歩き出す。
戦争が始まる。それはそうかもしれない。王国のやつらならやりかねん。
この世界のことなんてなんにも知らないし、大して興味もない。魔王を倒すやら世界を救うやら、そんな話も、どうでもいい。俺は静かなところに逃げて、好きなように生きるさ。
でも、最初に知り合った女の子が命懸けの戦いに挑むっていうのに、黙って身を引くほど俺はヘタレじゃない。……たぶんな。
「待てミルリル、お前には貸しがある。それを返すまで、勝手な真似なんてさせない」
獣人たちが怒りの唸り声を上げるが、知ったことか。俺は憮然とした表情のミルリルを見つめて、笑った。
「でもまあ、短いながらも俺とお前の付き合いだ。王国軍を滅ぼすまで、取り立ては待ってやってもいいぜ?」




