158:ゲート&ヘイト
「そこで止まれ!」
ローゼスの城門から100mほどのところにある崩れかけた馬車の残骸の前で、待ち構えていたように衛兵たちが立ち塞がる。
「全員、武器を離して手を見えるところに置け!」
外は風が強まり粉雪が吹き上げられて視界も悪く、日が陰って薄暗くなりかけている。そんなとき好きこのんで城壁から離れ寒風吹き荒ぶなか来るか来ないかもわからない旅人を待っているなんて、ずいぶんと仕事熱心な衛兵だ。
「……これは、黒じゃな。頼むぞターキフ」
「任せとけ。お前らは絶対に動くなよ?」
俺は馬橇から降りると、両手を上げて衛兵に近付く。帯剣しただけの上官らしい男がひとりと、手槍を構えた部下が2名だ。
ちらりと目を向けると、城壁の上に弓持ちが3人身を隠しているのが見えた。
この場で攻撃されたときには迷わず殺すしかないが、可能な限り穏便に済ませたい。いま収納していない銃器は防寒衣のなかに隠し持ったアラスカンだけなのだ。
「こんにちは、みなさん。わたしはターキフ。サルズの新人冒険者です。今夜はローゼスで宿を取りたいと思っているのですが」
「後ろの連中は」
「従魔の白雪狼に乗っているのがわたしの婚約者のミル、前の橇に乗っているのがサルズの冒険者で“吶喊”の5名、後ろの橇は引退した元冒険者とその家族3名です」
「手持ちの武器を出せ。いますぐ、全部だ」
「構いませんが、風の当たらないところに入ってからではいけませんか?」
「ここで殺してもいいんだぞ!」
「まあまあ、落ち着けタイヤー」
手槍を突き掛ける振りをしながら部下の男が叫び、上官らしき帯剣の男が宥める。
「梃子摺らせるとそれだけ町に入るのが遅れる。わかるな?」
人の良さそうな笑みを浮かべたつもりなんだろうが、どの衛兵も底意地の悪さが人相に現れている。怒鳴る刑事とカツ丼出す刑事みたいなもんか。茶番だが、乗ってやるしかない。クソが。
「おーい、ミル。全員の武器をこちらに持ってきてくれ」
「了解じゃ」
振り返った俺が声を掛けると、モフに騎乗したミルリルが駆け回って武器を回収して来る。事前に収納から出して入れ替えたクズ武器だ。束にして持ってきたそれを、ミル姉さんは雪のなかにポイっと放り出す。
「それで全部じゃ」
「動くな」
俺とミルリルは乱暴なボディチェックを受け、必死に苛立ちを抑える。直前にリボルバーをホルスターごと収納してはいるが、不快なことに変わりはない。まして俺の女の体をまさぐった時点で、タイヤーとやらは必ず殺すことに決めた。
「よし、次だ!」
偉そうに顎をしゃくって馬橇を前進させると、衛兵たちは乗員全員のボディチェックを行った。金目のもんでも出てきたら着服するところだったんだろうが、あいにく取られて困るようなものは俺が収納してしまっている。不満そうな顔の部下たちは、不承不承といった顔で上官に頷いた。
「いいだろう。城門前まで行け」
上官はどっかと御者台に腰掛け、手綱を取るコロンに命じる。
降ろされてしまったまま置き去りの俺は、カルモンの馬橇に乗せてもらう。
部下たちも楽をするために橇に乗りたがると思ったが、武装解除した武器を持って徒歩でついて来るようだ。
たぶん、あいつらなりのしょうもない思惑があるんだろうな。勝手にしろ。
案の定、城門前で再び見たときには銀貨4枚程度でなら売れそうな剣と、それより少し安いであろう短剣が消えていた。
気付いて抗議しようとしたルイを目線で止める。どうせ面倒なことにしかならないし、鋳潰すくらいにしか使い道にない代物だ。
そんな俺たちを観察していたらしい上官がニヤニヤしながら手を出してきた。
「入城税がひとり銀貨4枚だ。ガキもケダモノも平等に、全部で44枚」
「おい! 俺たちは冒険者だぞ。ギルドの身分証もある」
思わずティグが食って掛かる。さすがに俺もサルズの4倍はボリ過ぎだろうとは思うけどな。嗜虐趣味らしい衛兵たちには、これも思う壺ってやつだ。
「知ったことか。ここに冒険者ギルドはない。ローゼスの人間でなければ、全員、銀貨4枚だ。嫌ならどこにでも行け」
ぐぬぬ、という顔で黙り込んだティグに、上官はニヤニヤ笑いを深めて芝居掛かった溜息を吐く。
「我々は、この町の治安を預かる責務がある。小なりとも商都として知られるローゼスで、カネがないということは信用がないということだ。お前たちには、選択肢を与える。払うか、ここから出てどこへなりとも失せるかだ」
俺は銀貨の入った麻袋を出して、数えもせず上官に渡す。
「これで足りますかね」
「おい、数えろ」
部下が袋を受け取って詰所に走り、テーブルか何かにぶちまける音が聞こえた。もちろん、こちらからは見えない位置でだ。
まともに数を数えられるとも思えない馬鹿面だったが、部下の声はすぐに上がった。
「足りねえよ! 42枚しかねえ!」
「あと2枚だ」
ニヤニヤ笑いを隠そうともしない上官を見て、俺は首を傾げる。こいつら、想像通りのクズだ。
「おや、おかしいですね。50枚近くは入っていたはずなんですが」
「あと2枚だ。何度もいわせるなよ。いますぐ払うか、このまま全員が出て行って雪のなかで夜を過ごすか、決めろ」
つまりは、一度出したカネを返す気もないという意思表示だ。まったく、クソのなかのクソだな。俺たちはしっかりと、こいつらの顔を覚えた。
ポケットを探る振りをして、男の顔色を見る。どうせ本来の入城税はサルズと変わらない程度なのだ。差額は懐に入れるのだろう。臨時収入に気を良くしているのか、ニヤニヤ笑いが広がる。こんな奴が務まるような仕事なのか、ローゼスの衛兵は。
俺は揉め事を避けようとしていたはずなのに、思わず言葉が出てしまう。
「アイヴァンさんはご存知ですか」
「あ?」
一瞬で笑みが消えた。やっぱりな。おおかた揉めたか糾弾されたか犯罪行為を罵られたか。この小悪党なら、そんなとこだろう。
「ローゼスに行くなら、衛兵隊長によろしく伝えてくれと伝言を受けています。どうやら、昔その方にお世話になったとか」
「けッ、あんな偽善者の世話なんかするわけねえだろ。嫌味のつもりか、ボケが」
なるほど、こいつがローゼスの衛兵隊長か。俺が取り出した銀貨2枚を奪い取ると、もう興味を失ったのか面倒臭そうに手を振って町に入らせる。
「衛兵隊長さん、武器の預かり証は?」
「そんなもんねえよ。嫌なら出て行け」
尋常じゃない気配に視線を逸らすと、ミルリルさんと目が合った。デコに青筋立てながら満面の笑顔を浮かべている。怖い。怖い怖い怖い……!
「ミル、さん。落ち着いて落ち着いて、大丈夫だから。ホント大丈夫だからね……」
「あやつらの命は、今宵限りじゃ」
「わふ」
ぽそりと呟かれた声に、モフが小さく応えた。




