157:ガンズ&ローゼス
襲ってきた敵の死体と装備は、すべて俺が収納した。橇も、橇に積まれた物資もだ。携行食やら予備の武器がほとんどで金目のものは少ないが、後で山分けしよう。
あいつらを殺したことはバレたとしても、その証拠が発見されることはない。
罪もない馬だけは殺さず拘束を解き放っただけで済ませた。これはミル姉さんの指示である。
「……暇だな」
日が陰り風が強まり始めるなか、2台の馬橇はローゼスの城壁を目指して走り続ける。
残念ながら、雪原を進む俺たちの馬橇を襲ってくる敵はいない。となると……
「残りの敵は、町中で襲ってくる気かな」
「明日以降の道中という可能性もないわけじゃないが、敵からしたらローゼスで仕留めた方が確実だろう。こっちは丸腰なんだからな」
武装を禁じられているという話か。さっきはバタバタして、話半分で終わっていた。
「町中で武器の携帯ができないってことは、どこかに預けるのか?」
「城門で衛兵にすべての武器を没収されるんだよ。出るときに返却される……ことになってる」
コロンの苦々しげな顔を見る限り、“じゃあ町の内部では安全なのね”、という単純な話ではないのだろうな。
「ローゼスの奴らは権力や賄賂にすぐなびく。そのせいか衛兵もカネに汚い。管理がいい加減で紛失もよくあるし、高価な武器や珍しい道具は難癖付けて奪われる、という話も聞いた」
「……最悪じゃな。ターキフ?」
「全員分、武器は俺が収納で預かっておく。すぐに武装できるようにしないと、今回は町中で盗賊ギルドが襲ってくる可能性もあるしな」
預ける武器は、失くなっても困らないものをダミーで出せばいい。盗賊から奪ったゴミみたいな短剣とかな。
俺たちの会話を聞いていたティグが、振り返って首を振る。
「そうしてくれ。噂じゃ、ローゼスには盗賊ギルドの隠れ支部だか本部だかがあるって話だしな」
それ、ダメじゃん。襲撃、まず確実にあるじゃん。
しかも町中か。AKMの弾とか、貫通力が高すぎて二次被害が出そうだな。
使うならMAC10と散弾銃で……いや、自分はともかくティグやミルリルたちの分までと考えれば、咄嗟に収納から出している暇があるかどうかわからん。ここは常時携帯可能な銃器が欲しいところだ。
単に新しい武器が欲しくなっただけなんだけど、そこは必要な出費なのだと誰にともなく言い訳する。
「なあ、お前らその状況を知ってて、なんでローゼスに入るんだ」
「そんなの、俺たちには関係ないからだな」
「あたしたちの武器は、奪えないもんな!」
ティグとルイが拳を突き出し、マケインがそれに続く。コロンとエイノさんも苦笑混じりに指を差し出した。ふたりは脳筋じゃないと思ってたんだけど、投げナイフやら杖なしでも戦えるという意思表示なのだろうか。まあ、付き合いで仕方なくなのかもしれない。
「面白いのう、わらわも乗ったのじゃ!」
拳を重ねたところに、ミル姉さんも突き出した拳を打ち合わせる。豪腕のじゃロリ参戦ですか。胸が熱くなる感じですかね。
ドヤ顔の脳筋たち(と巻き込まれた感じのふたり)がこちらを見る。
あ、すいません自分は遠慮しときます、いや、ホントそういうのいいんで。無理、素手で戦うとか、ないし。獣人幼女にKOされて以来、もう可能な限り敵の攻撃圏外から火力頼みで生きてくって決めてますから。
ローゼスの城門が1哩ほどに見えてきたとき、俺は念のため馬車を止めてもらって荷台から降りる。
「どうした、ターキフ。小便か?」
「おう、ちょっと待っててくれ」
“吶喊”の連中から距離を取り、俺は我らが救いの神に助けを求めた。
「市場」
開いた視界のなかで、サイモンはぷにぷにした天使のような子を抱いていた。
筒入りポテチのトレードマークみたいな髭を生やしたオッサンが鼻の下をだらしなくテローンと伸ばしている様は見苦しいことこの上ないのだが、まあ実際この娘さんは可愛いからしょうがないかと思えてくる。
まだ名前も知らない娘さん、俺の贈ったシルバーのスプーンを気に入ってくれたのか、いまも手に持ってブンブンと振っている。
よし、その不審者のデコを刺すんだ!
「マァアイエ〜ィンジェェ〜ル♪」
……おい、どうすんだこいつ。オリジナルソングまで歌い始めたぞ。そもそも俺のことなんか視界に入ってすらいねえ。
「……あれ?」
ブッサイクなニヤケ顔で鼻息荒く迫る父親を見て娘さんはキャッキャと笑っているのだが、その笑いに合わせて彼女が持つスプーンが輝いているのだ。
正確にいえば、スプーンの持ち手に付けられた宝石みたいなものが。その石が輝くたびに、娘さんの身体が青白く淡い光に包まれる。
……おい、大丈夫か、あれ。どっかで見たと思ったら、魔力光じゃねえか。
見たところ害をなしている風ではないのだけれども、あのドワーフの宝飾店主、一体なにをやらかした。
「っきゃーッ♪」
ひと際大きな歓声が上がると、娘さんの身体から弾けた魔力光がキラキラした粒子になってスターダストのように舞い散る。
「……おうふ。どうなってんだ、それ」
「ん? おお、待ってたぞブラザー!!」
ようやく俺の存在を認識したらしいモノポリー氏が、こちらにブンブンと手を振る。
「あんたが贈ってくれたこのスプーン、何なんだこれ!? 信じられんことが起きたぞ!?」
「どうした、奧さんに髭でも生えたか」
「生えねえよ! いや、マイワイフは産後に体調を崩して寝込んでたんだがな、エンジェルがこいつを振ると魔法のような光が降り注いで、たちまち回復しちまったんだよ!」
ヤバい。魔法のようなじゃねえ。それ、魔法だ。それも、治癒魔法か回復魔法か知らんけど、けっこう高度なやつ。
寒いはずなのに、背中をダラダラと汗が流れ落ちる。
「……あ、うん。すごいな。さすが天使だ。奇跡を起こしたんだな」
「そ、そうか? やっぱりウチの娘の力か」
そんなわけねえだろ。こいつがアホで良かった。なんとかごまかせるレベルに止まって欲しいが、無理ならドワーフの宝飾店主に対処法を聞こう。最悪、石を外してもらう。
「キャッキャキャーッ♪」
うっわ、ムッチャ光ってますやん。これアカンやつやん。そっちの世界じゃ、どこぞの教団に祭り上げられるレベルなんじゃないのか。
「それ、気に入って……くれてるみたいだな」
「おう、食事時どころか片時も手放そうとしないんだよ。ありがとうな!」
ヤバい。どうしよう。たぶんこれ、石を回収なんてできない。可哀想だし。
「その子が、その……奇跡の御技で騒動に巻き込まれたりは、しないよな?」
「その心配はない。世界を敵に回しても、俺が守るしな」
ああ、うん。そうみたいね。じゃあ、大丈夫か。というか、そこは頑張ってくれとしかいえん。
「それで、今日はまた何か必要なものでも?」
いくつか調達依頼を出すつもりだったが、ほとんどは在庫があり即座に取り引きが完了した。山ほどのおまけやサービス品を付けられ、最敬礼を受けた俺はなんとなく根拠のない罪悪感のようなものを感じつつ市場を閉じた。
「……なんだ、あれ」
「どうしたのじゃ?」
「ミル、あの宝飾品店のドワーフ、覚えてるか」
「おう、“奇跡のルケモン”じゃな」
「は?」
「あの後、ようやく思い出したんじゃ。あやつは凄まじいばかりの技量と意匠、魔石の組み込み技術で知られた伝説の名工じゃ。人呼んで“奇跡のルケモン”、わらわの父鍛治王カジネイルと並ぶドワーフの偉人のひとりじゃな」
「……そう、なの? そんな偉人がなんでサルズなんかで店を開いてんのさ」
「さあ、それはわからん。“奇跡”の呼び名が煩わしいとかで、とっくに引退したと聞いておったんじゃがの。おおかた老後の趣味かなんかではないかのう」
ちょっとぉ! そのお爺ちゃん、俺のいた世界に現在進行形で奇跡を振り撒いてますよ!?




