155:最初の襲撃
黒衣の敵騎兵との距離は100mほど。長槍持ちの2名を両翼に付け、中央に魔術短杖を構えた4名。隊列を組んで突進してくる。
「全員、耳を塞げ!」
俺はAKMを構え、全自動射撃で叩き込む。戦果を確認しないまま弾倉を交換し、次の30発を雪煙の先にばら撒く。
「確認してくる。ここを頼んだ」
「ターキフ、援護は」
「要らん。攻撃に巻き込むかもしれんから、誰も来ないでくれ」
“吶喊”の連中を基本的には信用しているつもりだが、収納も銃器もバラしてしまった。この上、長距離転移まで見せたら拙いような気がしている。ルイとの喧嘩で短距離転移は見せちゃったから、いまさらといえばいまさらなんだけど。
「ちょびっとずつ飛べば、なんか変わった移動魔法だと思ってもらねえかな……?」
というわけで俺は超短距離の転移を小刻みに繰り返しながら敵に接近する。我ながら、どうでもいい小細工に手間と時間を浪費している気がするのだが、まあ気持ちの問題だ。
近付いてみるが、6騎の馬と乗り手たちは折り重なって倒れたままピクリとも動かない。いくら俺の射撃が下手でも相手は巨大な騎兵だ。60発をフルオートで撃ち込めば当たるらしい。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってのを地で行くような話だが、ここで死んだフリでもされると厄介だ。念のため、生きているかどうか確認する。思いついた方法は、ひとつしかない。
「収納」
血塗れの馬と騎兵は消えて、全裸の中年男がひとりだけ取り残される。自分の状況に驚いて顔を上げたところを踏み込んで顎を蹴り上げた。
「げふッ!」
崩れ落ちるのを無視して森の方に転移、弓持ちと剣持ちの死体を収納して戻る。
AKMからイサカのショットガンに持ち替え、仰向けに倒れた中年男に近付いた。あまり見たくもないものが丸出しになっているが、気にしない。
あれだけの弾幕を浴びて運良く当たらなかったのか弾いたか、何にしろ生き延びたのは大したもんだ。
というより、まさか本当に外すとは思っていなかった。自分の射撃センスのなさに呆れる。
「盗賊が騎兵を常備兵力にするってのもなさそうだな。盗賊ギルドの依頼で殺しにきた傭兵ってとこか。その外套に甲冑、元は皇国軍だな?」
「……誰が」
「いや、しゃべらなくていい」
振り上げようとした肘を散弾で撃ち砕くと、男は息を呑んで、くぐもった悲鳴を上げた。
千切れかけた腕から脈に合わせて鮮血から噴き出す。何か握り込んでいるのかとも思ったが、武器も甲冑も収納されたようで手には何も持っていない。
「同じことだ。お前らは死ぬ。全員が、虫ケラのようにな」
森の右手奥から視線を感じた。姿は見えないが、かすかな気配はある。おおかた戦果確認用に配置された専属監視者だろう。
「お前らのボスに伝えてくれ。もうすぐ挨拶に行くとな」
俺が声を掛けると、物音ひとつ立てないまま森の奥から気配と視線が掻き消えた。
「伝言役は見つかった。お前は、もう必要ない」
「……ま、待て」
全裸男を射殺すると死体を収納し、“吶喊”の連中が待つ馬橇のところまで短距離転移を繰り返しながら戻る。
エイノさんが怪訝そうな顔で俺を見ていた。
「それ、どうやってるんですか」
「この移動? 魔力で進んでるんだけど、制御が面倒な上に魔力消費も大きいからお勧めできないかな」
「いやエイノ、気にするのはそっちじゃねえだろ。ターキフ、その武器……」
「こっちは、とある国から流れて来た秘密の魔道具だ。詮索すると痛い目に遭うぞ」
俺が軽く脅すと、ティグは震え上がって何度も首を頷かせる。
嘘は、いってない。全てが事実でもないけど。
ミルリルのところまで飛んで、脅威の排除を伝えようとしたんだけど……。
「うぉう!? なにこれ!?」
「わふん」
驚く俺を見て、モフが嬉しそうに尻尾を振る。ミルリルさんも尻尾があったら振っているだろうというくらいのドヤ顔である。
「徒党を組んで襲って来よったが、呆気なく返り討ちじゃ」
そこには、雪上迷彩なのか白い上下の防寒衣を身にまとった男たちが10人以上も折り重なって倒れていた。見える限り死体はどれも正確に目玉を撃ち抜かれていて、それが誰によるものかは明白だった。
危ないところだった。俺たちは自分たちに向かってくる敵への対処に必死で、後方で何かか起きてたなんて気付きもしなかった。
「カルモン、怪我は?」
「俺たちは全員、無事だ。むしろ、何がなんだかわからんうちに、ミルが倒してくれたんで、反応する暇もなかった」
褒めろといわんばかりのミルリルとモフを、ぎゅっと抱きしめて丸ごとモフり倒す。
「ありがとな。やっぱりミルとモフに護衛を頼んで大正解だった」
「むふふふ、こちらは任せておくが良いぞ」
「わふ」
ミル姉さんとモフを護衛に残し、俺は転移で飛び回って死体と装備を回収する。途中で、妙なことに気付いた。
俺がAKMで倒した奴らよりも、装備が良い。
揃いの短剣は鋼の鍛造品で、防寒衣のなかには丈夫そうな鎖帷子。そもそも防寒衣自体が、手が込んでいて高価そうな作りだ。
こちらが対峙した敵は脱走兵か傭兵崩れでしかない。弓持ちを守っていた剣持ちのふたりなど、簡素な布の服を重ね着しただけの姿だったのだ。
「ミル、どうも前の連中は陽動だったみたいだな」
「そのようじゃのう。本命は、カルモン一家ということか。やはり、誤解されるような状況を作ってしもうたのじゃな」
土竜義賊団のアジトを壊滅させ商会絡みの陰謀を潰した。その恨みの行き先がカルモンに向いてしまったのなら、それは俺たちにも責任がある。
俺はミルリルに、専属監視者らしき気配を感じたことを伝える。のじゃロリ先生はそれを聞いて頷いてはきたものの、危機感を持った風はない。
「敵がどう動いたとしても、わらわたちは向かってくる相手を排除するだけじゃ」
「そうだな。頼りにしてる」
たしかルイの話では、50近い敵が待ち受けているという話だった。
数字の根拠は聞かなかったが、50だとしたらこの場で倒したのはその半分ほど。残りは、この先のどこかで待ち受けているのか、襲撃失敗を察して追撃を掛けてくるのだろう。
「ターキフ」
先行する馬橇に戻ると、マケインが御者台で手招きしていた。
「急ごう。日暮れと前後して天候が荒れそうだ」
彼が指差した地平線の彼方に、どんよりした暗雲が広がっている。出発時点で見たときよりも近付いているようだ。
「出発する」
身振りでマケインに伝えると、了解したという返答があった。速度を上げ気味にして、雪原を進む。
気温は低いが、その分だけ雪が締まっていて走りやすい。しばらくは規則的な馬の息遣いと、橇が雪を掻き分ける音だけが響く。
警戒を続けながら走ること数時間。意外なことに敵の追撃も、待ち伏せもなかった。ティグの指示で短い休憩に入る。
「その先の森で風を避けられる。ルイ、馬の汗を拭いてくれ。ターキフ、桶を前に。水はエイノが出してくれる。コロン、前方警戒を頼む」
「「「おう」」」
「後方は、わらわとモフに任せておけ。カルモンは家族を見てやるがよい。手足の感覚が鈍っているので、慣れんと凍傷に掛かっても気付かんのじゃ」
「わかった。ありがとう、ミル」
段ボール箱を開けて水分と栄養を補給し、長丁場に備える。
思ったよりも移動距離は伸びているが、それでも動力は馬でしかない。平均時速はせいぜい20km前後だ。
ラファンまで走り続けても10時間、生き物である以上は小刻みな休息も水分や餌の補給も必要だろうから、現実的には2日、いや3日は見ておいた方がいい。悪天候ならもう少し伸びるかも。
ということは……
「ルイ、どこか野営に適した場所は知っているか?」
「そりゃ知ってるけど、無理だぞ?」
「へ?」
「今回、野営はしない。ターキフは知らんが、俺たちは最低限の装備しか持ってきていないからな」
マケインが振り返って、説明してくれた。
襲撃が予想されるため速度と武装を優先、荷物は最低限にして野営を諦めたのだとか。
「装備以外もな、野営に適した場所はいくつかあるけど、雪と風を避けられるような場所は、襲われたら身動きできなくなるんだ。この時期は天候も安定しないし、面倒でも宿を取ろうってことになったんだよ」
「おいターキフ、“へえ”って顔してるけど、ちゃんと打ち合わせただろ!?」
ルイによれば、昨夜の食事中に話したのだそうな。うん、ぜんぜん記憶にない。
「ターキフも、うんうんって頷いてたじゃねえか」
昨夜の食事も美味しかったから、たぶん食べるのに夢中で聞いてなかったんだと思う。
季節を問わず移動する者はいる。そういう旅行者が利用できるように宿場町がある。
ラファンに向かう道の途中にあるローゼスという宿場町は、サルズより少し小さいくらいのそこそこ栄えた町なのだそうな。
「ああ、そういうことか」
「……たぶん、お前の考えていることは正しい」
マケインが困った顔で首を振る。残る半分の刺客が現れない理由に、俺はようやく気付いたのだ。
奴らは俺たちの積荷が最小限なのを見て、宿場町での襲撃に切り替えたのだろう。




