154:ラファンへの旅立ち
借りてきた馬を橇に繋ぐと、出発の準備はそれで終わりだった。
御者台にはカルモン。娘さんと奥さんは荷物の番を兼ねて荷台に座る。
ミルリルさんは白雪狼のモフに乗り、俺と“吶喊”の連中はもう1台の馬橇に乗る。
この馬橇は都市間の移動に使われる一般的なものらしい。借りるときに使用料と保証金を払い、到着先で馬や橇に破損や負傷がなければ保証金を戻してもらう。共和国独自の、いわば乗り捨てレンタカーみたいなシステムだ。
アジトから奪ったカネを使えたので、“吶喊”の連中も楽チンだと喜んでいる。
「え、それじゃ最初はどういう計画だったんだよ」
「どうって、カルモンの馬橇を追って走るつもりだったけど?」
「……ラファンまでって、距離は」
「さあ。マケイン、あれ100哩くらいだっけ?」
「いや、120はあるな」
アホだ、こいつら。除雪もしてない雪道を200km走るとか、ないわ。頭おかしい。しかも馬が引く橇になんてついて行けるわけねえだろ。
「前にもやったし」
「行けるのかよ!?」
吶喊の前衛ふたり、虎獣人ティグと盾遣いの巨漢マケインは、なんとなく(キャラ的に)行けても不思議はない。格闘家のルイも脳筋だから行けるかも。いや行ける。でもハーフエルフの魔導師エイノさんはほっそりした女性で、彼女が200kmを走り切るのは想像ができない。
「何を想像してるかは、なんとなくわかるけどね。雪のなかじゃエイノが一番速いよ」
俺に声を掛けてきたのは、自己紹介されてようやく名前を知ったハーフドワーフのコロン。
小柄な男性で、21歳。ミルリルよりも細くて身長が低い。“吶喊”のなかでは鍵開けや罠解除で頼りにされる、職人肌の寡黙な男だ。
胸には投げナイフが並んでいて、スキルも含めて盗賊職のイメージを形にしたような人物。ちなみに小柄なだけで童顔ではなく、なかなかのイケメン。
「それは、魔法で?」
「そう。身体強化は全員が使えるけど、エイノはそれに加えて精霊魔法で風と水を操れるからね。雪は、いってみれば“風と水”そのものだし」
「へえ……そんなもんか」
次に俊敏で体重の軽いコロンが続き、ルイとティグが力技で追従、マケインは埋まりまくって動きが制限され、盾まで持つと他のメンバーについてくのが精一杯だそうな。
それでも俺からしたら、馬橇について200kmを移動できるだけで人間技じゃないけどな。
この世界の人たち、パラメータ高過ぎ。
出発前、数日空けると女将に伝えて、部屋をそのままにしてもらう。別料金で大量の料理を作ってもらったので、それは収納に収めてある。携行食や保存食や菓子もあるし、これでしばらくは非常事態にも対処できるだろう。
「それじゃ、行くぞ」
「「「「おう!」」」」
“吶喊”のメンバーが乗った橇が先行、カルモンたちの橇が続く。後続の橇には護衛を兼ねて、モフに乗ったミル姉さんが並走することになった。これなら前方で何が起きようと、後方の心配はしなくて済む。
サルズの東門を通過するとき、見送りの面々に混じってアイヴァンさんの姿もあった。どうしたものかと思案げな顔をしている彼に会釈をして、城壁を出る。
まあ、出来るだけ騒動を起こさないように努力しよう。
空は晴れて風も降雪もないが、進む先の空には厚く雲が掛かっているのが見えて、荒れることが予想される。カルモンの妻子も含めて、みんな厳寒期の野営を経験しているようだが、俺は初めてだ。
装備は揃えたが、荒天は嬉しい状況ではない。
荷台で考え込む俺を、御者台についたティグが振り返って笑う。
「なんだよターキフ、ミルと分かれてションボリしてるのか?」
「そんなんじゃないよ。荒れそうだなと思っただけだ」
「荒れるに決まってんだろ。なあ、マケイン」
「そうだな。このまま、少し先行してくれ。最初の関門は、森の先の下り坂だ。そこでサルズからの視界が切れる。向こうからしたら絶好の襲撃地点だ」
向こう。盗賊ギルドの襲撃者ってことだ。
静かな巨漢は荷台から大盾を取り、御者台で構える。俺もAKMを出して、襲撃に備えることにした。全員からの怪訝そうな目が一瞬だけ向いたが、説明は後だ。俺がスルーしたのを見て、諦めたような感じで視線が前方に戻される。
「治癒魔法が必要になるかもしれない。エイノさんは魔力を温存してもらえるかな。攻撃は、こっちで受け持つから」
俺の隣で魔術短杖を構えようとしたエイノさんを止め、建材の端切れで急造した荷台の遮蔽に伏せていてもらう。長距離の攻撃手段がないルイとコロンもだ。
つうか、近接オンリーなのはマケインとティグもか。大丈夫か“吶喊”!?
平坦な道の端が、やがて緩やかに弧を描きながら下ってゆく。思ったよりも傾斜があるらしく、馬が嘶きながら足を踏ん張る。橇の速度をブレーキで落とし、ゆっくりと坂を進む。
警戒を続けていたマケインが静かに会敵を告げた。
「左に張り出した大木の陰、弓持ち3、剣持ち2」
「了解。全員、耳を塞げ」
距離は100mもないが、待ち構えていたらしく弓は既に引かれている。AKMを単射で連続発射すると弓持ちの胴体に被弾、次々に転がって矢は明後日の方角に飛んで行った。棒立ちになった剣持ちを仕留めて脅威の排除は終了。使ったのは10発ほどだが、念のため弾倉を交換しておく。
「お、あああッ、耳が!?」
「だからいっただろ。マケイン、他には……いや、いい。もう見えた」
視界の先で、黒い外套の下に重甲冑を着込んだ騎兵が6騎、こちらに向かってくるところだった。
長槍がふたりに、魔術短杖が4人。全員の甲冑前面で魔法陣のような魔力光が瞬く。
銃とは相性があまり良くない、魔導師部隊のようだ。




