153:目覚めのガサ
ぬくぬくとベッドで丸まっていた俺たちは、荒っぽいノックの音で起こされた。
ミルリルはまだ眠いとばかりに枕を抱えるが、その下にあるハンドガンをいつでも抜けるように握っているのがわかる。
カチリて、あなたいま撃鉄起こしましたね?
矢面に立って時間と撃つ隙を稼ぐのが俺の役割ですか、そうですか。はい。
「どうぞ」
部屋に踏み込んで来たのは、苦り切った顔の衛兵隊長アイヴァンさん。後ろ手に手槍を持った彼は、薄い寝巻きだけで丸腰の俺を見て反応に困っている。
いったい、どんな状況を想定していたのよ。
「おはようございます」
何かありましたか、と訊くのは失礼だろう。実際あったのだし、彼はそれを行なったのが俺たちだということを確信しているのだ。
監視者が衛兵だったということは、彼らを配置したのはアイヴァンさんだろうしな。監視者を巻き込まないように、こちらが目撃されて騒動にならないようにと気を使ってレミントンによる狙撃にしたんだけど。
まあ、バレてるよな。
そういう前提で、どこまでどう伏せどう動くかは衛兵隊長であるアイヴァンさんの職責と現実的なリスク&コストを天秤に掛ける難題だ。
俺も身を守るため対処を考えなければいけないが、可能な限りは誠意をもって対応したい。
「お前ら、これから何をするつもりだ」
有能な官憲らしく、彼は単刀直入に訊いてくる。治安を維持する職掌を考えれば、終わったことより今後の対策だ。理解できないことや実現不能なことは私情ごと脇に置き、いまできることを進める。
最大の不審者に対する、釘刺しとかな。
「カルモンを故郷のラファンまで送り届ける“吶喊”に同行します。向こうで数日滞在して戻るつもりですが……何か問題でも?」
「問題は、当然いろいろある。最大の問題は、ラファンが領府だということだ」
領地の首都、県庁所在地みたいなもんか。そして、そこには領地を収める領主がいると。
共和国は北領・南領・東領・西領・中央領に分かれていて、それぞれに領主が置かれ、中央領の場合はそのまた中央に首都があって国政に決定権を持つ評議会だかいうのがいるらしい。
その評議会の議長が国家の代表というから、それが王の代わりなのだろう。
「共和制って、そんなんだっけ」
「知らぬ。わらわも訪れるのは初めてじゃ。政治体制など気にしたこともない」
「アイヴァンさん、共和制って平民が決定権を持つと思ったけど、この国に貴族は?」
「いない。領主も平民からの選出だ。実際に決定するのは、評議会だが」
この世界では初めて見る民主主義国家。アイヴァンさんの口ぶりからして、内情はいろいろあるんだろうけど。
つうか、サルズの町が“行政区・商業区・平民居住区”って分かれてるから、行政区には貴族がいるんだと勝手に思ってた。紛らわしい呼び方すんなや。
「なるほど。それで、わたしたちが領府に行くことで発生する問題とは?」
「それを聞きたいのはこっちだ」
溜息混じりで吐き捨てたアイヴァンさんは後ろを見て、誰もいないことを確認すると扉を閉めた。
一瞬だけミルリルさんが緊張するが、衛兵隊長は手槍を壁に立て掛けると帯剣を皮帯ごと外してベッドに放る。腹の上に落とされたミルリルがゲフッと不満そうな声を上げる。
「ぶっちゃけた話、だ。お前らの“目的”が知りたい。場合によっては、力尽くで止めるしかなくなるんだが」
「止められるとでも思っておるのか?」
ハナから下を布団に埋めたままのミルリルが、静かな声で尋ねる。
「やるかやらないかの話だ。俺は町を守り国を守ることで金をもらってる。まともに当たれば死ぬだろうが、それはそれだ」
微動だにせず俺たちを見据えてくるアイヴァンさんの目に、ミル姉さんは小首を傾げた。疑問ではなく、確信。
「……ふむ、わらわたちの正体を知ったか」
「お前らが来る前に放っておいた子飼いの情報屋が、ようやく戻ったんでな。高い買い物だったが、それだけの価値はあった。まさか噂の全部が真実だなんて誰も思ってなかった。もちろん、俺もだが」
こちらが銃器を手にした状態なのを知っているはずなのに、丸腰でも引く気は無い。むしろ、死を決意した気迫が俺たちを気押そうとすらしている。
静かな笑みを浮かべたアイヴァンさんは、俺たちを見て、いった。
「お前らの目的はなんだ。何の狙いで共和国に入った。……答えろ、“ケースマイアンの魔王”」
◇ ◇
「…………あ?」
床に胡座をかいて、衛兵隊長はポカンと口を開ける。
その前には俺たちふたりが座り、香草茶の入ったカップが並んでいる。皿にはクリームを挟んだチョコクッキー。あと大量に余ってたアホほど甘いアメリカ産のクリームケーキ。
床に車座で行われた奇妙なお茶会は、開始早々からグダグダであった。
「それはつまり、“単なる休暇で訪れただけ”とでもいうつもりか」
「つもりも何も、ハッキリそういっているであろうが。わらわたちは、お忍びで静かな冬の休暇を過ごしておるのじゃ。どいつもこいつも邪魔ばかりしてきよって、非常に迷惑しておる!」
「いや、微塵も忍んでねえだろ!? 町に入る前からバンバン殺し回ってたじゃねえか!?」
「そんなもん、こちらを殺しにきた悪党に手心を加える義理などなかろうが。殺していい相手とそうでない相手くらいハッキリ分けておる!」
俺たちに殺された(と判断している)人間を思い浮かべたのだろう。アイヴァンさんの視線が上を向き、溜息とともにまた俺たちへと向いた。
「……はぁ。それじゃ、ラファンに行くのは領主を殺すためとか、共和国侵略の足掛かりではないんだな?」
「領主が誰かも知らないし、特に興味もないですね。ラファンに行くことになったのも、わたしたちが決めたわけじゃない。カルモンの故郷だからです」
「侵略は、受けたことはあっても、したことはないのじゃ。したところで益がないからのう」
「そんなこたねえだろ。勝てばカネも人も奪える、領土だって増える」
「ケースマイアンは亜人の国ですよ。編入を望んでもいない人間を取り込んだところで問題しか起きないでしょう。カネだって、まだ領内は貨幣経済が出来上がってないし貿易もしていないから使い道がない。領土も、人口を考えたら意味がないですね。維持できないですから」
「だいたい、わらわたちが他国に攻め入ったのは、仲間の救出が目的のときだけじゃ。共和国に囚われ虐げられた亜人でもおらん限り侵攻するつもりはないわ」
あとは、侵攻してくる敵ゴーレム部隊の調査で皇国に入ったくらいだ。あれは侵攻というより強行偵察だが。
共和国内の亜人たちとは何度か接して来たが、良くも悪くも人間と同じだった。本当に、良くも悪くも、だが。
「余所者が余計なことをした自覚くらいはあるがの。犯罪者どもを駆逐するぐらい目を瞑るのは構わんであろう?」
「殺すのはいいさ。正直なところな。でもお前ら、死体も装備も跡形もなく消すだろうが。あれが拙いんだよ」
「「……え?」」
「“え?”じゃねえよ。どうやったのかは知らんが、いきなり消えたとなれば死んだと見做されねえんだよ。死体や死の痕跡がない限り、少なくとも法律上は生きている前提で話は進む。それを利用する馬鹿も現れる」
「ええと、死体なら出せますけど」
「もう遅せえんだよ。調査は済んで報告書も上がってる。いまさら死体が出てきたところで状況を悪化させるだけだ。いっぺん領主まで上がった報告書を覆すには、それ相応の理由と生贄が必要になる。下手すりゃ、お前らがすべての黒幕ってことで決着させられるぞ」
下手すりゃもなにも、大体それで合ってるんだけどね。
保身が半分、もう半分は官憲の手を煩わせるのもどうかと思ってやってきた証拠隠滅だが、どうやら裏目に出ていたようだ。それも、完全に。
「待て、“それを利用する馬鹿”というたが、もしかしてカルモンが町にいられなくなったのも……」
「ああ、ペイブロワたち商人やら土竜義賊団の死体が出れば、お前らの目論見通りに“悪の拠点を壊滅させた英雄の凱旋”で片が付いたんだ。アジトがもぬけの殻で人質も物資もないとなれば、キールが吹聴した醜聞を否定する材料がねえんだよ」
キールというのは文脈からして、あることないこと吹いて回った赤毛のクズか。クソが。
ちなみに、どんなことを吹いて回ったのか気になるんだが……
オズオズと視線を向けるとアイヴァンさんは、こちらを責めるような(ような、ではなく完全に責めているんだろうが)顔で俺たちを見た。
「“犯罪者に手を貸して置き去りにされた間抜けな内通者”だとよ。それはあいつ自身のことじゃねえか」
ぶちりと、音が聞こえた気がした。ミル姉さんが憤怒の表情で俺を睨みつける。俺に対して怒っているのではないのはわかっているんだが、それでも思わず土下座しそうになるほどの迫力だ。
「すまんのう、衛兵隊長。そやつは近いうちに、町から消えるのじゃ。おそらく、“逃げた犯罪者”と合流するんじゃろう。気にせんでくれんか」
合流って、あれですねミル姉さん。地獄で、的な感じのニュアンスですよね?
アイヴァンさんは特に興味がないのか、もしくは関与する気がないのか、ミルリルのコメントには呆れ顔で溜息を吐くだけだ。
「盗賊ギルドの追っ手は、想定しているんだろうな?」
「それはそうじゃ。むしろカルモンには悪いが、絶好の機会とすら思うておる」
「……こっちとしちゃ、そこはどうなろうと構わんというか、積極的に応援したいくらいなんだがな。官憲の手が足りないで増長させちまった責任はこちらにある」
「おぬしらに何をせいとも、するなともいわん。ラファンへの道行きに、目を瞑ってくれるだけで良いのじゃ。無論、これまで通り無辜の民に被害は出さんと約束する」
こちらの話を納得したのかしないのか、アイヴァンさんは苦り切った顔でずずずと香草茶をすすり、ボリボリと茶菓子を食らう。
「魔王との約束、か……」
「何をいうておる。わらわたちケースマイアンの民は、嘘はいわんぞ。ホラは吹くがのう」
ちょびっと目を見開いたのは話の内容ではなくクッキーが美味かったからだろう。その後、少しだけ手と目が泳いだ。
「アイヴァンさん、家族持ちでしたっけ」
「そ、それがどうした」
「これ、お土産にしてください」
菓子の詰め合わせを箱で出す。考えを読まれたとでも思ったのだろう、屈強な衛兵隊長は珍しく動揺して目を白黒させた。
「……それは、しかし」
「ええ、賄賂です」
「ほんの口止め料じゃ」
「正直だな、お前ら!?」
「だから、そういっておるのじゃ」




