152:ナイトハント
ご指摘の弾薬表現を追加。
深夜のサルズの町に、しんしんと雪が降り積もる。
音が奪われ動くものもないモノクロの世界は幻想的ではあるのだが……その幻想が無粋な一群によって掻き乱される。
「ようやく敵対勢力を視認、ってとこか」
「思ったより遅かったのう」
積雪でシルエットが丸まった城壁の上。
俺とミルリルは胸壁の陰に身を隠したまま、“狼の尻尾亭”の前に展開する襲撃者の群れを見つめていた。ケースマイアンの魔獣で作った防寒衣で身体が凍えることはないが、手先だけは別だ。
指先の感覚が鈍らないよう分厚いミトンのなかで握ったり閉じたりを繰り返していた俺たちは、ようやく戦いが始まることにホッとしていた。
緑の視界のなか、身振り手振りで部下たちの配置を決め、建物を回り込もうとする大柄な男が見えていた。
「宿の裏手に回られると厄介だ。あれから倒すぞ」
「照準調整はとっくに済んでおる。こちらは、いつでも行けるのじゃ」
◇ ◇
話は、昨日夕刻に遡る。
カルモンたち家族3人と“吶喊”の護衛5名を“狼の尻尾亭”に案内した後、いっぺん外に出てドワーフの宝飾品店で銀の匙を受け取り、宿に戻る。
道中、ミル姉さんが不機嫌な顔で鼻を鳴らす。カルモンの家に向かって以来しばらく見かけなかった監視者が、再び張り付いてきたらしいのだ。
まあ、ここからは部屋に帰るだけだからいいんだけどね。
「市場」
部屋に戻った俺はミルリルが風呂に入っている間、サイモンを呼び出す。今度はシレッと何事もなかったようにビジネスマンみたいな顔でカウンター前に立っていた。
「よおブラザー。手に入ったぜ」
「さすがだな。こっちの条件は」
「完璧だ。暗視照準装置に減音器、二脚も付いてる。口径は7.62ミリNATO弾」
闇に紛れて射撃可能な軍用狙撃銃の調達を頼んでおいたのだ。想定している距離はせいぜい200m程度なので、銃の種類はさほど問わない。必要なのは減音器と暗視装置が装着可能かどうかだけだ。
「払い下げのM40、といいたいところだけどな。M700の改造だ。固定弾倉で装弾数は5発」
実際に軍で正式採用されたものではなく、ベースとなったレミントンの市販ライフルを民間で軍と同仕様にカスタムしたもの、というわけだ。
「別に構わない。預けた金貨で清算しておいてくれ。あと、こいつを査定に掛けてもらえるか」
「これは……ああ、刻印違いか」
「いま共和国っていう別の国にいる。そこの金貨だ」
「調べてはみるが、おそらく大丈夫だと思うぞ。そっちの世界じゃ“大陸共通金貨”っていって、金貨だけはどの国でも同規格・同比重になってると聞いてる。違反した国は関税による経済制裁を受ける契約なんだとさ。親父の代の話だから、いまでもそうなのかはわからんがな」
ハードケースに入ったライフルと箱入りの銃弾3百発を引き取った。サイモンの気遣いで、弾薬は減音器に合わせた亜音速弾と、貫通力に優れたアーマピアッシング弾、長距離射撃用の高精度弾が百発ずつだ。
取引終了後に、俺はリボンの掛かった木箱を手渡す。
「これは?」
「お前とは似ても似つかない、あの無垢なる天使への贈り物だ。こっちの凄腕ドワーフ職人が作り上げた自信作らしいぞ?」
娘の名前が出た途端、サイモンはだらしなく鼻の下を伸ばしたデレデレのみっともない顔に変わる。
正直、かなりキモい。
「うへへへ……そうか、ありがとな。マイエンジェルに渡しておくよ。あの娘の素晴らしさは異世界にまで鳴り響いてんのか。いやあ、参ったなあ……」
そんな話は、ひと言もいってねえ。
とはいえもう脳味噌まで薄桃色の霧が掛かった感じのサイモンは聞く耳持たない酔っ払いみたいになってるので、生温かい目で見送りながら俺はそっと市場を閉じた。
さて、殺戮の時間だ。
◇ ◇
深夜を回って降る雪は密度を上げ、音と視界を奪ってゆく。これなら温度感知装置にするべきだったかと、いまさらな思いが頭をよぎる。
「最初の目標、宿の手前。暗い色の上着に長剣を吊った大柄な男」
「うむ、視認しておる」
大男は号令を掛けようと剣の柄に手を掛けた。
どうやら、かなりの手練れのようだ。室内への突入で長剣が邪魔になることくらいわかっているのだろうし、暗闇で視認しやすい指揮刀代わりか、自分は屋外に残る予定なのだろう。
「あの身のこなし、元は兵士か傭兵か、それともどこぞの下級指揮官かのう」
「どうでもいいさ。道を誤れば、ただの的だ」
ミルリルが同意を示すように鼻を鳴らすと、大男は頭を吹き飛ばされて転がる。減音器と亜音速弾の組み合わせによって、音は思った以上に抑えられている。甲高い音はほぼカットされて、襲撃者がこちらに反応した様子はない。本隊の死角になっていたため、まだ誰も指揮官の死に気付いていない。
「わかってはおったが、通常弾に比べると、やっぱり随分と垂れるのう」
亜音速弾は初速を抑えるため弾頭が重く装薬が少ない。静音性と引き換えに、射程と精度は落ちる。
ミルリルがボルトを引いて次弾を装填する。初回は薬室にも装弾してあったので、残り5発。
「次、盾持ちに囲まれた身形の良い爺さん」
「視認、してはおるが頭は無理じゃの」
「構わないよ。その7.62ミリ弾ならどこに当たっても死ぬ」
「了解じゃ」
四方に盾を持った護衛で固め、覆い被さるように頭を守られていた老人は痩せた胸板を吹き飛ばされて倒れる。
盗賊ギルドの監視か事件の関係者か知らんが、わざわざ出張って来たのが運の尽きだ。
「次、護衛を順次」
「了解じゃ」
護衛対象の死を認識する間もなく、盾持ちもひとりずつ盾から露出した腹や胸を撃ち抜かれて倒れる。
「再装填」
今回の銃は固定式弾倉なので5発ごとの再装填が必要になるが、ミルリルは慣れた手付きで3秒と掛からずそれを済ませた。
「完了、いつでも良いぞ」
「次、突入部隊の梯子持ち」
「視認じゃ」
盗賊ギルドの襲撃者たちはカルモンたちの泊まる3階に梯子を掛け踏み込もうとしていたが、突入の合図が出る前に梯子が倒れたことで失敗に終わった。
梯子を支えていた男が太腿を吹き飛ばされ、梯子を巻き込みながら転がったのだ。
硬く凍った路面に頭から叩き付けられた突入部隊3名のうち1名は身悶えしながら動かなくなり、なんとか生き延びた2名も頭部を吹き飛ばされて死んだ。
脚を撃ち砕かれた男は被弾時点でショック死でもしたのか、転がった姿勢のままピクリとも動かない。
「他に動きは……と」
「ないが、通りの先、煉瓦作りの家の陰に監視者がおるのう」
「撃つなよ」
「心配ない、まだ異変には気付いてはおらん。……いや、いま気付きよったな」
奥から“狼の尻尾亭”に向けてふたりの監視者が走ってくる。俺には遠過ぎて、顔は確認できない。
「やはり衛兵じゃの。若い方はサルズに入る前に会っておる」
「立ち去ったら、こちらも動く。留まるようなら……」
「わふ」
「うん。そのときは陽動を頼むよ、モフ」
幸い、衛兵の監視者はふたりとも応援を求めて走り去った。10近い死体を見て手に負えないと判断したのだろう。賢明な判断ではある。
俺たちはその隙に転移で宿の前まで飛び、すべての死体と装備を収納して撤収する。
「彼らが詰所に行って戻って、猶予は」
「長くて四半刻、早ければその半分じゃな」
ミルリルが手渡してきたM700ライフルを収納して、彼女の手がまだ伸ばされたままなのに気付く。
「どした」
「あれじゃ」
通りのあちこちから、武器を持った人影が宿の前に集まってくるのが見えた。総勢5名。
盗賊ギルドの新手かと思ったが、装備がバラバラで動きに統制が取れていない。先頭に立つ男に見覚えがあった。正確には、その赤毛に。
「わざわざ自分から死にに来よったわ」
「抜かせ!」
パタパタと武器を要求するミル姉さんの手に減音器付きのMAC10を乗せる。
男たちは手に手に剣や手槍や短弓を構え、俺たちを包囲しようと広がって近付いてくる。
「なあ、あれだけ実力差を見せつけられて、まだわからんのか?」
「ふざけるんじゃねえ、身の程知らずの余所者が! 殴り合いで勝てたからって、殺し合いで勝てるとでも……」
「思っておるに決まっておろうが」
ああ、のじゃロリさんムッチャ怒ってるんだなと実感したのは、パスパスとくぐもった音で発射された45口径拳銃弾が吸い込まれるように男たちの股間を撃ち抜いたときだった。
「「「「あぁあああ……!」」」」
力なく発せられた断末魔のコーラスは地獄の亡霊のようで、哀れみを感じずにはいられない。
内股で前屈みになって局部を抑えながら、身をくねらせ哀願するように身悶える男たちの姿は、何度見ても竦み上がり、震え上がる光景だった。
「……なん、で……こ、なぁ……!?」
「なんでもクソもないわ。何度も警告を受け制裁まで受けながらも、自ら望んで選んだ道であろうが。もはや悔い改めよとはいわぬ。せいぜい悔いながら死ぬがよい」
倒れ込んだときには事切れていたのだろう。収納を掛けると、一瞬で男たちは消えた。後に残ったのは、鮮血が撒き散らされ踏み荒らされた新雪だけ。
闇の奥から、衛兵たちが駆けてくる音が聞こえてきた。こちらも撤収の時間だ。
「それじゃ、ありがとな、モフ」
「わふん」
始末がついたことがわかったのか、幼い白雪狼は器用にカギを開けて自分から厩に戻る。
俺たちも宿の裏側に回って、窓から部屋に帰った。
「いよいよ明日……いや、もう今日だな」
「共和国ふたつ目の町か。楽しみじゃの」
しばらくして衛兵が集まり外が騒がしくなる頃には、俺は体温の高いミルリルにくっついて幸せな眠りに落ちていた。




