149:サルズのドワーフ
翌朝、今度はちゃんと朝食時間に階下に降りて朝食を取る。
朝のメニューはパンとスープ、卵料理に焼いた肉と魚。小鉢(こっちでなんと呼んでるかは知らん)がひとつと香草茶。
食材にいくらか変更があるだけで基本的に毎朝同じらしいが、全然問題ない。相変わらず美味しい。
素朴な栄養が身体に沁み渡っていく感じ。そういう実感を持てる食事なんて、なかなかない。
「うむ、やはり女将の料理は美味いのう」
「ありがとよ。いっぱい食べて大きくなるんだよ?」
女将さん、このひと17歳なんで、わりとずっとこんなサイズだと思います。
ちなみに昨夜の夕食は、おおまかに表現すれば“塩唐揚げのチリソース餡掛け”という感じの物で、これがスパイシーでムチャクチャ美味かった。
冬だから野菜は基本的に根菜なんだけど、熱々の餡に彩りよく入ったそれがシャキッと食感が残った絶妙な火の通し方で女将の技術を物語っていた。パンの代わりに出されたのがガラスープで炊いた麦飯ぽいものだったのだが、これも薄味ピラフといった風情で染み渡る味わい。鶏チリ的なおかずと合わせると止まらない美味さで、大満足のディナーであった。
ちなみにスープは水餃子と雲呑の中間という感じの小さなダンプリングで、あの女将ホントは日本人なんじゃねえかと詰問したくなるようなツボの突き方である。
生まれも育ちも共和国でサルズの町から出たことさえ数えるほどしかないというから、もしかしたら転生者かもしれん。うむ。
「ターキフは、あれじゃ。何かしょうもないことを考えておる顔じゃな」
「ほっとけ。“狼の尻尾亭”の飯のあまりの美味さに驚いているだけだ」
「うむ。わらわの鼻に間違いはなかったというわけじゃな」
そうね。フンカフンカいってる可愛らしい鼻をつまむと、ミルリルは“むぎゅ”と不満そうな声を上げる。
「なにをするのにゃ」
「ミルの嗅覚には助けられてばかりだよ。これまでも、きっとこれからもだ」
「むふふ、任せておくがよい。良きものも悪しきものも全て嗅ぎ分けてやるのじゃ」
飯を済ませると、俺たちはサルズの町にある宝飾品店に向かう。商業区の西側、冒険者ギルドで聞いた話では“お高く止まった側”ということになるのかもしれんが、俺たちにとってその対立は現在のところ大して関係ない。
それをいうなら、我らが“狼の尻尾亭”だって西側にあるんだしな。
「宝飾品店で何が必要なのじゃ?」
「付き合いのある商人に子供が生まれたんで、その子に贈り物をな。そうだ、ミルリルもアクセサリーを見てみないか? 好きなものがあったらなんでも買うけど」
「……ううむ。ヨシュアから贈られるのであれば、無論とても嬉しいがのう。ドワーフはあまり宝飾品を身に付けんのじゃ」
それは初耳だな。
たしかに貴金属を付たドワーフを見たことはないけど、それは単にサンプルが男と爺さんばっかりだからだと思ってた。女性もそうなのか。
「なんかドワーフ的な宗旨に反するとか?」
「いや、炉のそばで金物を身に付けていると火傷の原因になるからじゃ。金銀など融点が低いから下手すると溶けてしまうしのう」
うむ。完全に実務上の問題でした。
こういうドワーフらしい現実主義者なところが、ミルリルの魅力のひとつだと思うんだよな。
「もひゅッ!?」
「おい、どうしたミル、ムッチャ顔赤いぞ」
「おののの、おぬしがそんな恥ずかしいことを面と向かって真顔で言うからじゃーッ!」
あら。声に出てましたか。声に出さなくても伝わる上に、出したつもりがなくても声に出してしまう。
「以心伝心だな」
「それは言葉の意味が間違っておるのじゃ!」
なんやかんやというてるうちに宝飾品店の前。
サルズの町では2軒あるという宝飾品店で、女将さんのお奨めというのがこちらだ。
白を基調とした案外あっさりした店構えで、店内も白く素っ気ない感じ。清潔さと潔癖さはレイアウトにも現れていて、極限まで無駄や装飾を削ぎ落とした感じは最小限主義といえなくもない。
ある意味、無駄や装飾の極地である宝飾品の店で、それはどうなのかと思わんではない。
わりと好きな感じの店、なのだがこの感覚には覚えがある。
「……ここの店主、もしかしてドワーフか?」
「そうとしか思えんのう。見たところ腕は良いが、まず間違いなく偏屈じゃ」
「聞こえとるぞ」
店の奥からのそりと出てきたのは白髪に白ひげに白の上下という、笑顔を削ぎ落としたカーネルさんみたいな老人だった。
いかにもドワーフ。謹厳実直をテーマに鋼材から削り出したような職人像。態度にも人格にも飾りや無駄がないということか。いささか面倒臭そうな爺さんだが、なかなか良い面構えではある。
「その嬢ちゃんに付ける飾りか?」
「いや、わらわには不要じゃ」
「ほう?」
「わらわは、既に受け取っておる。迷わず命を賭けられるほどの宝をのう!」
ええと……姉さん、それ鉛の弾丸を吐き出すやつですよね。あなたには宝かもしれんけど、なんぼなんでも色気なさ過ぎないですか。
そもそも宝飾品店で“何も要らん”てドヤ顔する女性というのも店の人間に喧嘩売ってるとしか思えないんだけど、ドワーフの爺さんは仏頂面のままどこか面白そうに口元を歪めた。
「惚気は要らんわい。しかし、さすがはドワーフの女だ。好い男を見付けたな」
「うむ!」
そんな胸張って満面の笑みを見せられるとこっちが恥ずかしいんですけど。まあいい。さっさと要件を伝えよう。
「純銀で出来た匙が欲しい」
「そんなもんはお安い御用だが、何に使う? 毒味用なら魔道具の方が効率的で確実だが」
「いや。俺のいた国ではな、新生児に銀の匙を贈るんだ。“才能を持って生まれた”という意味で“銀の匙を持って生まれた”という表現があるんだが、それに倣った風習だ」
「ふむ、面白いな。銀の匙か」
「ドワーフでいう、“金梃子を抱いて生まれた”みたいなものかのう」
「そんなとこだな。まあ、銀の金梃子を贈るドワーフは聞いたことがないが」
バールのようなもの、ってやつか。良し悪しはともかく、ビジュアル的にはあんま夢がないな。
「匙なら半刻もあれば作れるが、何か要望は?」
「乳幼児が自分で食べられるようになったときに使いやすい形で、こういう……持ち手を小さな輪にして欲しい。女の子だから、ほんの少しだけ飾りを」
名前くらい訊いとくべきだったかな、とは思うがいまさらだ。
「なるほど。予算は?」
「この国の貨幣価値を知らんが、特に上限はない」
「金貨2枚。それで最高のものを作ろう」
支払いは銀貨。前金で全額を入れた。
「手付けでいいんだぞ?」
「本職のドワーフに手抜きなんか有り得ないだろ。信用するさ」
帰りがけに取りにくると伝えて、店を出る。
苦笑するような笑顔で手を振るカーネル翁(名前は知らん)に見送られて外に出たところで、ミルリルさんが首を傾げた。
「あのドワーフ、どこかで見た気がするのう?」
「元はケースマイアンの住人とか?」
「だとしたら25年以上前じゃ。わらわが見たはずがなかろう」
それもそうだ。だとしたら王国か? でも店は清潔ではあったがかなり歴史はありそうな印象を受けた。古びた木の落ち着いた感じや看板の風化したような色合いは昨日今日で醸し出される年季ではない。
まあ、いい。良い物を作ってくれるなら、素性がなんであれ良い職人だ。
「この後はなんぞ用が……」
のじゃロリさんはそこで少し肩の力を抜いて、自然な動きで左懐に手をやる。さりげなく上着の前を開いて、スムーズに抜けるかの確認をしたのだ。
嵩張るUZIは俺が収納で預かっているものの、ホルスターに入ったM1911コピーは彼女の防寒衣のなかで出番を待っている。
俺はミルリルの肩に手を回し、笑顔で落ち着かせる。
「大丈夫だよ。彼らは敵じゃない。少なくとも、いまは」
「わかっておる。頭ではのう」
俺にはわからんけど、昨日と同じく監視が付いているのだろう。悪意がないのであれば、そのまま放置しようと思っている。ミルリルも同意してくれたのだが、それでも五感が俺の数倍は鋭い彼女にとっては落ち着かないのだろう。
「いざとなったら、何もかも切り捨てて逃げる。邪魔するものは殺す。俺たちの帰る場所はケースマイアン。それは変わらない。でも、最後の決断をするときまでは、敵と味方の区別は付けよう」
ふっと笑みを浮かべて、ミルリルは俺を見た。
「……ふむ。それでは、あの男に会うのじゃな?」
「うん。とりあえず、冒険者ギルドだ。事件の結末を聞いて、生き延びた護衛のカルモンがどうなったか教えてもらおう。彼が受け取るべき報酬を、返してやらないと」




