148:クズと天使
……要するに、だ。
盗賊ギルドに雇われたヘルギンとかいう小男の専属監視者は、サルズの町の最大手商会による“襲撃被害を装った物資隠匿”だか“大規模詐取計画”だかについても、それに対する盗賊ギルドの関与についても頑として口を割らず、俺とミルリルが盗賊団を壊滅させたという、“それ本筋と関係ないじゃねえか”という面倒臭い部分だけペラペラとしゃべりやがったわけだ。
盗賊ギルドにも、衛兵にも、ということは結果的にはたぶん領主にもだ。
「それで、アイヴァンさん。その情報を漏らしたことで、こいつの罪は軽くなるんですか?」
「いや、まったく。なんで軽くなると思った?」
「前にいた国には、そういう制度があったんですよ。官吏に協力すると罪が軽くなるっていうね」
「恩赦か。しかし、こいつは別に俺たちに協力的ではないしな」
ふざけやがって。司法取引でもなんでもなく、ただの嫌がらせのためだけに漏らしやがったのか、こいつ。
「拘束されて運ばれるまでの間に冒険者と衛兵を負傷させている。極刑は免れん。いまさらターキフたちが“鬼神の遣い”だ、なんて情報を出したところで減刑されるわけないだろ」
「……鬼神の遣いか。それは初耳じゃのう」
「違うのか?」
「当たらずとも遠からず、じゃな」
「遠いよ! 当たってないし、カスリもしてねえよ! ただの落ちぶれ商人だし!」
「まあ、そういうことにしておくかのう」
「ははは……頼りにしてるぜ、ターキフ」
冗談じゃねえっつうの。なんとか顔には出さないようにしたけど、ヤバいぞ。
鬼神、俺がアジトで冒険者の護衛にいった話じゃねえか。盗賊専属監視者の野郎、思ったより俺たちの近くにいたっぽい。
こいつ、銃も見てる。俺たちの転移戦術も知ってる。生かしておいてもろくなことはない。
「こいつは、どうなります?」
「さあな。領主様の判断次第だ。盗賊ギルドからは、自分のとこの職員を衛兵が不法に拉致監禁していると抗議があったらしいがな。当然ながら突っぱねた」
アイヴァンさんとセムベックさんの苦り切った顔を見ると、それも時間の問題なんだろうな。引き渡すまでに情報を引き出すのか、処刑してしまうのかはわからんけど。
俺とミルリルは非常に色々といいたいこと訊きたいことがあるような顔をした衛兵隊に見送られて解放された。
無罪放免な訳はなく、単に忙しいのと適当な拘束理由もなければ敵対した時のリスクも見合わないという向こうの事情によるものだ。
また当然のことながら……
「ふたりおるのう」
監視付きだ。
盗賊ギルドの馬鹿どもとつるんだ腐れ商人たちのせいでこっちは良いとばっちりである。
「半分は、自業自得かもしれんがのう」
「うん。それはわかってるから、ミルリルさん。心を読むのは勘弁してください」
女将さんに挨拶して部屋に戻る。話を聞かれただけで何事もなく無事に済んだと話したら喜んでくれた。良い人や。料理も上手いし、この宿にして良かった。
どうしたもんかな。俺は風呂に入るというミルリルを見送って、久しぶりに“もうひとりのパートナー”を呼び出す。
「市場」
あれ? また不在か。
カウンターに乗せられている見慣れない物を見て、俺は首を傾げる。
新生児籠に入っているのは、どうみても乳児。0歳児ってところか。あーうーと母音喃語を漏らす可愛らしい子は俺を見て不思議そうな顔をする。ハーイと声を掛け手を振ってみると、キャッキャいいながら全身で喜びを表現してくれた。
なにこれ、ムッチャかわええ。もう目が見えているのか光や音に反応しているだけなのかわからんが、つやつやした肌に輝く瞳で笑みを浮かべる様はマジ天使である。
改めて意識していなかったが、サイモンのいる方は時間が止まってないんだな。前に奥さんと電話してたもんな。
危ないなこれ、サイモンみたいのがいるくらいだから治安も良くないんだろうし、ひとりにしといちゃダメなんじゃないかね。
……と思ったら、哺乳瓶をシェイカーみたいに両手で振りながらサイモンが入ってきた。
「はーいお待たせマイエンジェ〜……うぉう!?」
「おい、この天使はどっから攫ってきた」
「攫ってねえよ、俺の娘に決まってんだろ! 俺の天使だよ、マイエンジェルだよホラ、目元なんか俺そっくりだろ!?」
いや、あまりに無垢で可愛らし過ぎてサイモンとの類似点は微塵も見出せない。
「とりあえず、奥さんが美人だということはわかった」
「ひでえ」
サイモンは慇懃無礼モードに飽きたのか環境に精神が追い付いて地を出せるようになったのか知らんけど、一周回ってずいぶん態度が砕けてきた。
そしてまた太ってきた。幸せそうでなによりではある。変な口ひげを生やすようにもなっている。あんま似合ってないが。それでベストに蝶ネクタイって……
「なんだその格好、筒入りポテチのトレードマークでも目指してんのか?」
「そんなわけねえだろ!? 信用あるビジネスマンを目指してキチッとした格好をしてんだよ。ホラ、いかにもたよりになりそうだろ?」
「う〜ん……じゃあ、あれだ。ステッキとシルクハットでも被ったらどうだ?」
「なるほど。俺に似合うかな?」
「おう、モノポリーのマスコットそっくりだ」
「だーから、目指してんのはそういうのじゃねえって!?」
「あぅあー!」
お腹が減ってんのにミルクをお預けのまま阿呆な漫才をされて、エンジェルちゃんはご不満のようだ。
「ああ、ごめんなマイエンジェル。ほらミルク……」
「それじゃミスタープリングル。こいつを調達できるか訊きたかったんだけどな。また来るんで調べてみて、手に入るなら確保しといてくれ」
「お、おう。悪いなブラザー」
俺はカウンターにメモを置くと、市場を閉じて少し今後のプランを練る。
ちょっと良いこと思いついた。それは、不愉快なバカ商人や盗賊とはまるで関係のない未来の話だ。




