147:新たな敵
入って来たのはサルズの町の衛兵隊長アイヴァンさんと、副長の……たしかセムベックさんだっけか。あとは部下の兵士がふたり。防寒衣の下に軽甲冑を着込んで腰から剣を吊るしている。若い部下のひとりは手槍を人数分抱えているから、おそらくどこかでの任務の帰り、もしくは途中なのだろう。
「何なんじゃ、いったい。朝っぱらから騒々しいのう」
「……いや、もうすぐ昼なんだがな」
「そんなことはどうでもいいのじゃ。何の用かと訊いておる」
「ターキフ、あとできれば嬢ちゃんも、ちょっと詰所まで来てもらいたい」
なんの話か知らんけど、セムベックさんは呆れ顔で俺たちを見ると、アイヴァンさんに首を振った。
「あの様子じゃハズレだろ」
「まだわからん」
俺はミルリルと顔を見合わせて首を傾げる。状況は不明ながら、見る限りこちらへの敵意はなさそうだ。
幸か不幸か、ミルリルのものも含めて銃器や装備は全て収納してある。アジトから奪った物資もだ。部屋に踏み込まれたところで怪しまれるような物はない。
問題があるとしたら、暗がりでとはいえ俺たちの顔を見ている昨夜の冒険者くらいだ。
そのことについては、彼が生き延びた結果として俺たちに何か問題が発生したとしても、その時はその時だと割り切っている。
あの護衛は最後まで愚直に依頼者を守ろうと奮闘したのだ。その依頼者から騙されたのは気の毒だし彼自身に咎があるわけでもないので、せっかく生き延びた彼を口封じのためだけに殺す気にはなれなかったのだ。名前も知らんけどな。
「カルモンじゃな」
「は?」
「護衛をしとった冒険者の名じゃ。助けに来た例のモッサリ団がそんな名で呼んでおったわ」
「モッサリ団て。“吶喊”な。むしろそっちを覚えてやりなさいよ」
いつものことながら考えを読まれた(というか顔に書いてあるらしい)ことについては、気にしないことにする。ミルリルさんは椅子に掛けていた防寒衣を取って俺に手渡してくる。
「では女将、少し出てくるのじゃ」
「ああ、うん」
「心配するなサンドラ、話を聞きたいだけだ。こいつらはすぐに戻れる」
……どうだかな。
室内着から防寒衣に着替えて詰所まで向かった俺たちは、そこで地下牢に案内される。
無論そこに入れなどという話ではなく、そもそも檻の中には先客がいた。
ひどく目付きの悪い小男が厳重に縛り上げられ、転がされている。猿轡で口まで縛られているために、抵抗どころか抗議もできないようだ。
「こいつに見覚えは」
「……いや、ないな」
「知らんのう」
「こいつはヘルギン。サルズの盗賊ギルドが雇った専属監視者だ」
あ、うん。アイヴァンさん、そんなドヤ顔でリアクションを待たれても俺から特にコメントすることはないのだが。
「こっちにもストーカーがいるのか。っていうか、共和国には盗賊にもギルドがあるんだな」
どうも思ってた反応と違ったらしい。アイヴァンさんは額に手を当てて溜息を吐き、セムベックさんは顔を背けて笑いを堪えている。
「あるわけないだろうが!」
いや、知らんし。あんたがいったんじゃんよ。
「盗賊ギルドというのは俗称というか、非公式な呼称だ。実態は単なる非合法組織に過ぎん。犯罪者が徒党を組んで互助会のような機能を果たしているからそう呼ぶだけでな」
セムベックさんが解説してくれる。そしてストーカーというのは痴情のもつれで付きまとう異常者ではなく犯罪組織の専属監視者なのだそうな。
……ん? なんか嫌な予感がして来たぞ?
さりげない感じでアイヴァンさんに目をやると、思いっきりこちらの反応を読もうとしてるし。
なんですのん、それ。
いま問題になっているのが昨夜のアジト襲撃なのだとしたら、どこまで誰からどういう風に聞いてるのかが読めんことには下手な反応が見せられん。
「ここ数日でサルズ周辺の犯罪組織が次々に壊滅している」
ほら来た。昨夜の話と……あれか。
「メーイッグという魔導師崩れが頭領の盗賊団と、コフィナというドワーフ女が頭領の盗賊団だ。そこの専属監視者は、どちらも成果の確認のため隠形で監視に付いていたそうだ」
「……はあ」
「そのどちらの件も、こいつは“若いドワーフの女とデカい狼を連れた人間の中年男に潰された”と証言している」
隠形ってのは、あれか。カモフラージュで隠れてたってことか。忍者みたいに。
それじゃ、こっちはわからんかもな。自分たちが襲われない限り、わざわざ探してまで殺したりしないし。
困った顔のアイヴァンさんと目が合う。そんな顔されても、リアクションに困るんだが。
「誤解のないようにいっておくが、衛兵としての俺はお前らに干渉しようとは思わん。個人的には、なおさらだ。クズが何人死のうが知ったことではない。むしろありがたいくらいだが、問題はターキフ、お前が盗賊ギルドの標的になっていることだ」
「俺の情報は、もう組織に届けられているんですか」
「昨夜の件については、おそらく、まだだ。こいつはアジトから出てきたところを“吶喊”に拘束されたからな」
ミルリルさんがこちらを見てふんわりと柔らかな笑みを浮かべ、小首を傾げる。俺の考えが顔に出過ぎだとか散々いってるくせに、ミル姉さんも考えてることが顔に書いてある。
“よし、こやつを殺すのじゃ”
俺が目立たないようにアイコンタクトで“ダメ”と伝えるとドワーフ娘の唇が不満そうに尖る。なんだそれ。アヒル口か。つまむぞ。
この状況で殺すのなんて無理に決まってんだろ。既に“吶喊”と衛兵隊でこいつの存在は広まっている。いまさらティグやアイヴァンさんたちに口止めするのも難しいだろうし、彼らまで手に掛けるなんて論外だ。
だいたい、昨夜の話はこれからだったとしても、こいつがもたらした俺の情報はもう組織に届いてるんだろうしな。
なんだかいう魔導師の盗賊団を皆殺しにしたところを見られているんなら、俺たちのことも、銃のことも、白雪狼のことも、下手したら転移能力のこともだ。
問題はそれがどこまで深く詳しい情報なのかってところだが……なんにせよ、ここでこいつを殺しても何の解決にもならない。
「……ふむ」
ミルリルが何かを思い付いた顔で俺を見た。満面の笑みを浮かべる彼女が何をいいたいかなんて、俺にもわかる。そんな目をキラキラさせんでも通じてるよミル姉さん。というか、もう隠す気もなく丸出しであるが。
“こうなれば、皆殺しじゃ!”
この殺スケ怖えぇよ!
愛用の45口径で何百人を手に掛けてんのよ、このひと! いや、そりゃたしかに助かってるし頼りにしてるし、殺しの多くは俺が巻き込んだ結果だったりもしてるんだけどさ!
やめろ、満足げに頷くな!
「しかしな」
衛兵隊長アイヴァンさんが苦り切った顔で俺を見る。しかしその表情は、どうも俺に対してではないような印象だった。
「昨夜の襲撃は、壊滅したコフィナの盗賊団だけの問題では終わらない。サルズの大手商会ペイブロワとベイナン、それに盗賊ギルドが噛んだ大規模な犯罪計画が絡んでいるようなんだが……」
知ってるか、と訊きたいのだろう。デカい図体のマッチョマンが餌を求める子犬のような顔でこちらを見るが、知らんもんは知らん。
首を振るとガックリされた。
「聞いてるだけでも第1級の殺人罪と共謀罪、それに国家反逆罪と騒乱罪。ひとつでも死罪クラスの罪状がゴロゴロ出てるのに、当の罪人たちは消えちまってるんだ。ペイブロワが幹部を務めていた商業ギルドは大騒ぎになっている。いずれ冒険者ギルドにも情報は回ってくるんだろうが、現状ではなにもわからんのだ」
俺たちはコフィナとかいうドワーフを殺すのが目的だったのであって、そこに至る経緯も結果もそこから発生する問題も丸っきり関知していないのだ。
というよりも、関わりたくない。
「すみませんが、そういう話はあまり詳しくないので」
「王国では商人だったんじゃないのか?」
「流れの商人ですから頭を使った大きな犯罪なんて門外漢ですよ。それも廃業して、いまは冒険者です」
「ほう、腕っ節には、自信があるということだな?」
また探りを入れて来たぞ。そりゃ大小ふたつの盗賊団をふたりで壊滅させたことは専属監視者とやらから聞いてるんだろうけどさ。
「……ええ。行商をする上で身を守る必要がありましたから、それなりには。腕っ節というよりも、優れた道具の力ですが」
「それは……」
「のう、アイヴァン隊長」
助け舟……なのかどうかは怪しいところだが、ミルリルが俺と衛兵隊長の会話を遮る。
「正直にいえば、協力してやりたいのは山々なんじゃがの。わらわたちは昨日この町にきたばかりじゃ。そんな大層な話の全容……というか概要ですらも、まったくわからんのじゃ」
「……だよな。そうなんだよ、調べてもお前らの関与はないんだ。昨夜まで、一度もな。逆に訊きたいんだが、なんでまたこんなことになってるんだ?」
「わからんのう。あえていえば、数奇な運命じゃ」
それなりに正直なコメントではあったが、ミル姉さんの言葉を聞いてサルズの衛兵たちは再びガックリと肩を落とすのだった。




