146:目覚めの朝
結局、“狼の尻尾亭”に辿り着いたときには夜が明け掛かっていた。モフを労って厩に送り届け(外鍵なのに普通に開いていた、不思議)、転移で窓外に飛んで2階の自分の部屋に入った途端、ドッと疲れが出てベッドに倒れ込む。
ほとんど意識がないまま気付くと昼前、感覚でいうと10時くらいだろうか。女将さんが起こしに来てくれた。朝食の時間は過ぎているようだが、あり合わせでよければと温かい食事を出してくれた。
薄切りのカリカリ黒パンと、ふわっとした丸パン。バター代わりなのかこちらの食文化なのかラードに香草と砕いたナッツのようなものが入ったペースト。
燻製していないベーコンといった風情の塩漬け豚肉を炙ったものに、焼いた魚の干物、鶏卵より少し大きな卵の目玉焼き。あっさり根菜スープに、小鉢で酢漬けの魚が付く。どれもしみじみ美味い。
まだ寝ボケてボヘーッとしている俺たちを見る女将さんの視線が生暖かいのは、どうも“昨夜はお楽しみでしたね”的な誤解をしているようなのだが。
それはさておき。
「部屋はどうするね?」
「ああ、そうか。チェックアウトか」
「無論、連泊じゃな。ひと月だとどれほどになるかのう?」
「日に8、厩込みで10だから、月だと掛ける30のところ25だね」
銀貨250枚、もしくは金貨12枚と銀貨10枚か。
商業ギルドで両替したのに加えて、盗賊から奪ったなかにもかなりの金貨銀貨が入っていたっぽいので、いまのところ懐は温かい。
アジトのお宝を全額着服しても(共和国の法的に)問題ないのかは不明だが、どのみち俺たちはしらばっくれる気でいる。
女将さんには金貨2枚と銀貨210枚で払った。
カウンターに即金で出したら驚かれたけど、それが裕福さなのか計算の早さなのか収納魔法を使ったからなのかは不明。たぶん全部だ。
「……お客さん、なにもんだい?」
「ターキフは王国じゃそこそこの商人でのう。まあ、政変で店を畳むことになったので共和国に流れて来たのじゃ」
「そっか、それは大変だったねえ。こっちで商売を始めるんなら伝手くらいは紹介するよ?」
「いえ、冬の間こちらで冒険者をしようと思っているんです」
「冒険者!? なにも、そんな危ない真似をしなくたって……まさかお金に困ってるのかい?」
「いいや、こやつの趣味なのじゃ。危なくはないぞ、ちょっとやそっとの魔獣くらいは魔道具で一撃じゃからの」
「へ?」
いまいちコミュニケーションが上手くいっていないような会話になってしまったが、これは純粋に俺たちが悪いな。うん。
最初に商人といってしまった俺のキャラがブレブレなのが問題なのであって、女将さんのせいではない。
「それじゃ、金貨2枚と銀貨210ね。たしかに」
金貨で払っても銀貨で払っても同じなんだけど、こちらの世界の貨幣価値でいうと約1万円相当の金貨がサイモンとの取引では王国金貨が千ドル。約10万円になる。
確認していないが、たぶん共和国金貨でも同程度だろう。10倍の価値が発生するなら、こちらでの支払いは極力金貨以外で行いたい。
ちなみに銀貨の交換比率はサイモンとの取引でも、こちらの世界と大差ない。
「しかし、女将の料理は実に美味いのう」
「おや嬉しいねえ、王国でお大尽暮らしだった人に褒められるなんて」
いや、王国というかケースマイアンでも、お大尽暮らしではなかったな。そこそこ美味い物は食っていたけど、それは獣人の姐さん方のお陰であってカネに飽かせた贅沢ってわけじゃない。
「さて、今日は少しゆっくり……」
「いたぞ!」
蹴破るような勢いでドアが開かれ、サルズの町の衛兵隊長アイヴァンと衛兵隊が乗り込んできた。




