145:終ったことと終わらないひと
「いいぞ、ヨシュア」
後はもう撤収するだけだし、魔力残量を気にする必要もない。護衛を抱えて時間も掛けたくないので、視界の通る直線は屈んだ状態で護衛を担ぎ、ミルリルさんを小脇に抱えて転移しながら移動する。
「あだッ」
ひょいひょいと転移するが、途中で何度かヘルメットが梁桁を掠めたのがわかる。俺の武器も技能も、狭いところでの戦闘には向いていない。
ものの数分で最初に見た罠の位置まで戻ってくる。麻痺毒の仕込まれた壁があった場所だ。
粉雪が吹き込んでくる坑道の出口まで来て、ミルリルが何かに気付く。
「どうした?」
「わからんが、外の様子がおかしいようじゃ」
俺は護衛を近くの壁に寄り掛からせ、坑道入り口からそっと顔を出す。モフが座っていた位置に、姿がない。周囲の暗がりに、いくつか松明のような明かりが見えた。
俺は遮蔽に入るようミルリルに伝え、暗視ゴーグルの受像器を下ろして電源を入れる。
闇を見透かすと、遠くに忍び寄る人影があった。
「誰か向かってきよるのう。数は5、姿は雪に隠れて見えん」
まだ2百m以上は離れていて、こちらを視認してはいないようだ。
「ミル」
「わかっておる。あの程度の待ち伏せ、敵がなんであろうが問題ない。弾幕を張って牽制、後は“しゅあふぁいあ”で足止めして各個殲滅じゃ」
「わふん」
「「モフ?」」
地べたで伏せた白雪狼はほとんど雪原と同化していた。それは、隠れているのか?
いつもの能天気な鳴き声が、少し抑えられていることに気付く。
「わふ」
モフは“こちらに来いと”言わんばかりにチラリと振り返って歩き出した。
「なんじゃモフ、どうしたのじゃ?」
モフに誘導されるまま、坑道入り口から10mほど離れた場所にあった手頃な岩陰に隠れる。
暗視ゴーグルの緑の視界に、交互に連携を取りながら坑道入り口に接近してゆく男女の姿が見えた。防寒衣で膨れているが、彼らの背格好には見覚えがある。
「……“吶喊”の連中だ」
「なにをしておるんじゃ、あやつら?」
「いや、なにって、そりゃ捕まった人質か、阿呆な冒険者のお仲間か、無謀にもふたりで突っ込んでってるかもしれない俺たちか、その全部かを心配して突入するとこなんだろうよ」
「わふ」
先頭を切って突っ込んでくのが、盾使いの巨漢マケイン。彼の脇を守っているのが(坑道での戦闘対策なのか)手槍を両手に1本ずつという奇妙な装備のティグだ。
中衛で周囲を警戒しているのが魔導師のエイノさんと、名前を聞いてない小柄な男性。
殿軍で後方を守りつつ仲間をサポートしているのは筋肉ファイターのルイだ。今日は手甲の代わりに小型の丸盾をふたつ持っている。
あれで殴るつもりなのかね。
「わふん」
モフが嬉しそうに鳴く。ルイは、たぶん無事に仕事をこなすだろうよ。得られるものはないかもしれんけど、そのときは酒くらい奢ってやってもいいかな。
「カルモン!? お前、生きてやがったのか!」
あ、忘れてたわ。
死にかけの護衛を、入り口のところに置いてきちゃってた。
「しっかりしろカルモン!」
「痛てててて、痛ってぇなこのバカ、なにしやがんだ!」
「エイノ! 大至急、治癒魔法を頼む!」
とりあえず、これであいつら手ぶらで帰らなくてもよくなったわけだ。えらく盛り上がってる冒険者たちを尻目に、俺たちは静かに盗賊砦から撤収した。




