144:そして誰も
「ヨシュアのお陰で、わらわの用は無事に済んだがのう?」
「……うむ。それだよ、ミルリルくん」
俺は首を捻り、キメ顔で小さく唸る。
問題は、これからどうするかだ。
鍛治王カジネイルの娘を騙った、名も知らぬ女頭領は死んだ。義賊団を謳う盗賊団、土竜の連中は壊滅し、ついでにサルズ最大手の商会を潰そうとした二番手商会の謀略も潰えたっぽい。
……が、後半ふたつは俺たちにとって他人の国の他人の町の他人の事情であり、正直どうでもいい話なのだ。攻略ボーナスとして、物資は根こそぎ貰っていくがな。
未踏破の坑道にはまだ残党が潜んでそうだが、しょせんは雑魚だ。後は地元の連中がどうにかすんだろ。生きようが死のうが知ったこっちゃない。
とはいえ人質は放置していいのかと、いまさらながら対処に困っている。逃げるにしても彼らに死なれると夢見が悪いし、生きていられるとそれはそれで後顧の憂いをもたらしそうだ。
すでに発想が完全に悪役である。
「こうなると、なんとかいう連中に犯行予告をしてしまったのは、いかにも拙いのう」
「ああ、うん。俺たちは悪者を退治した側だから、“犯行”じゃないからね。あと、“吶喊”な。たぶん大事なとこだから、ちゃんと覚えてやってな」
難攻不落の盗賊砦、みたいなこといっちゃってたし。そんなん潰したとなれば後で絶対、騒ぎになる。
“ケースマイアンの冬季休暇を、共和国で楽しく出稼ぎラブラブ冒険者ライフ”、という俺の計画が大きく狂ってしまう。
「……やむを得ん、“吶喊”も殺すか」
「ちょっとォ! ミル姉さんそれは完全に犯罪だからね!? しかもあいつら別になんも悪いことしてないし、なんの恨みもないからね!?」
「冗談じゃ。ちょっと頭をよぎったのは否定せんがのう」
いや、一瞬あなた目がマジだったから。ダメだよ、それ。この世界では命の値段が軽いとはいえ、それをさらに軽くしてるの間違いなく俺たちだからね。
「とりあえず、この場は逃げるかの。殺さぬのであれば、知らぬ存ぜぬで通すしかあるまい。それでもダメなら他の町に逃げるまでじゃ」
「なんかこう、最初っから計画が狂いまくってる気はするけど、それしかないよな」
ミルリルは背後で突っ伏したままのエルフを、UZIの銃口で指す。
「ベイナンは、どうするのじゃ?」
どうしようかねえ。
盗賊に加担して商隊を襲わせた。そんな犯罪の証拠を町に持って帰ったところで、騒ぎになるだけで俺たちにメリットはない。
あのエルフには――生き残りの護衛や人質にもだが――武器も戦術も見られているしな。それこそ、面倒を避けるなら全員ここで殺しておくべきなんじゃないかと思わんでもないのだ。やらんけど。
……それ以前に、こいつの行動はどうにも腑に落ちないんだけどね。
曲がりなりにも商会の会頭じゃないのか、こいつ。犯罪行為で小金をせしめたところで、盗賊に弱みを握られたリスクを考えれば割りに合わんだろうに。
「のう、そこなエルフよ。意識が戻っておるのはわかっておるんじゃ。治癒魔法であらかた回復しておることものう?」
「え?」
振り返ると、エルフのベイナンは顔を上げて、こちらを見ていた。
ミルリルの言葉通り、重体から重傷くらいにまで治っているようだが、吹き飛ばされた左手はそのまま。彼女の治癒魔法で欠損は回復できないらしい。真っ白な顔色を見る限り、怪我で喪われた血も戻りはしないのだろう。
ミルリルが歩み寄り、彼女の前に立つ。
「……た、……たすけ、……お願い」
「うむ、良いぞ」
涙目でひれ伏し怯え震えるエルフの拘束を解き、ミルリルは小首を傾げた。
「さあ、どこなりと逃げるがよい」
仕草は可愛いけど、その言葉は逆にベイナンを震え上がらせる。
「そんな、……逃がした、ふりで、後ろから……銃で、射るんでしょ」
「そんなことはせん。疑うのであれば、まあ好きにするが良かろう?」
ミルリルさんは、笑みを浮かべて軽く手を振ると踵を返した。まるで友人に再会を誓うような態度で、振り返りもせず立ち去る。
横穴まで戻ったところで、俺はコソッと彼女に尋ねる。
「あいつ、放置して問題ないのか?」
「わからん。しかし、他に方法もなかろうが。あんなやつ連れ帰ったところで何の得もない上に面倒ばかり増えるんじゃ。あとは殺すか見逃すしかない。しかし、闘いも決着したし、あの腐れエルフは死にかけじゃ。手を下す気は失せてしもうた」
まあね。俺も冷めてしまっていて、いまいち気が進まない。
「だいたい、あの重傷で武器も装備もなく雪のなかを脱出して生き延びられるかなど賭けでしかなかろう?」
「ああ、そうね。この先には彼女が裏切った隊商の生き残りが待ち構えているしね。なるほど。さすがミルリル。悪魔のような手腕だ」
「それはそうじゃ、魔王の妻じゃからのう?」
俺たちは悪い笑顔で互いを褒める。
まあ極論をいえば、面倒臭くなったのだ。悪堕ちエルフの結末がどうなろうと俺らには知ったこっちゃない。
収納による証拠隠滅を確認しながら横穴を戻って吹き抜けまで来ると、焚き火の周りでえらくブサイクな阻止線が貼られているのが見えた。
「遅い! 戻ってこないぞ、殺されたんじゃないか?」
「いや、あの奇妙な魔道具の音がした。見に行ってみるか?」
「ダメだ! あんたらが戦闘に巻き込まれたら、俺ひとりでは守りきれない」
俺が渡した武器を手に、片腕しか使えない護衛と、武器など持ったこともないような商人たちが必死で警戒を続けている。
あそこを通らなければ外に出れないのは、あの悪堕ちエルフだけではなく俺たちもだったな。
「うむ、あれはちと拙いのう。というか、あやつらの処置こそ面倒じゃ」
「一応、いっとくけど殺さないからね? ちょっとトラブルになるたびに殺してたら、春までは滞在する予定の共和国に、居場所がなくなっちゃうんだからね?」
「わかっておる。海で旨い魚を食って“すいかわり”やら“かいすいよく”やらをするのであろう? ちゃんと良い子にするのじゃ」
いや、海水浴とかスイカ割りは、冬に来る予定じゃなかったから、少し別の話なんだけどさ。
そもそも良い子は数十人の盗賊団を壊滅させたりしないけど、それもまた別の話だ。
「ミル」
「準備よしじゃ」
焚き火以外の明かりはない状況で、生き残りの人質から、こちらの姿は目に入っていない。
背中に負ぶさったミルリルを後ろ手に支えて短距離転移。吹き抜けの底に出て上部を視認すると、来るときに出てきた横穴を目掛けて飛んだ。
「よーし、一件落着だ」
最後に吹き抜けの底を振り返ると、焚き火から離れた暗がりにドワーフ3名の姿があった。どう見ても盗賊の生き残りだ。人質の背後から忍び寄る仕草は殺す気満々。
「……ああ、くそッ」
「構わん、わらわに任せよ」
ミルリルさんが近くの壁から岩を抉り出し、ビーチボールほどのサイズのそれをひょいひょいと立て続けに投げ落とした。
ゴスグチャゴリドスンと響き渡った音に人質が武器を持って駆けてくる。既に原型を留めていないドワーフの礫死体を見て周囲を見渡しながら何やら叫んでいるが、まあ後のことは知らん。もう自力でどうにかしてくれ。
「……うむ?」
今度こそ帰りかけていた俺は、ミルリルの怪訝そうな呟きに彼女の視線を辿る。
よろめきつつ横穴から現れたエルフのベイナンを見て、人質たちが身構えるのが見えた。
そりゃ自分たちを殺そうとした裏切者を前にしたら目の色も変わるだろうと思ったが、なんだか少し様子が違っていた。両手を上げて歩み寄るベイナンに、護衛が剣を構えて近付く。
「よし、そこにひざまずけ。生け捕りにして、衛兵に引き渡す」
「待って、わたしは」
護衛の横からペイブロワ自ら突き出した手槍に、エルフは無抵抗のまま呆気なく倒される。
「おい、ペイブロワ! なぜ殺した!?」
「黙れ!」
商会のボスはヒステリックに叫ぶと、護衛に向けて手槍を繰り出す。
片腕とはいえ冒険者だけあって護衛の男は商人の振るう穂先を躱し、逆に手首へと剣で一撃を加える。武器を取り落としたペイブロワが、背後の男女を怒鳴り付けた。
「なにをしている! 早くこいつを殺せ!」
「な、なぜです!?」
「こいつは盗賊どもの仲間だ! 我々を陥れて、積み荷を奪おうという魂胆だ! そんなこともわからんのか!」
俺はミルリルと顔を見合わせて、首を傾げる。あのオッサンが吠えているのは、どう聞いても無茶なこじつけでしかない。
どうにもわからんのが、そんなことを喚き出した理由だ。先刻とはひとが変わったようなペイブロワの姿に、嫌な予感がしてきていた。
「早く殺せ! こいつの口を封じないと、縛り首になるのはお前らの方なんだぞ!?」
またわけのわからん屁理屈かと思えば、背後の男女はそれを理解したらしい。それぞれに石やら剣やら材木やらを手に、護衛に向けて身構えている。
ペイブロワとその部下たちは犯罪行為の片棒を担いでいる、あるいは首謀者として関与しているということか。
「どういうことだ、ペイブロワ! おい、答えろ!」
護衛の問いに、誰も応じない。殺意を持った包囲陣が、じりじりと狭められてゆく。
溜息を吐いたミルリルに袖を引かれて、俺はまた吹き抜けの底に戻る。護衛の背後、暗がりのなかへと転移して、MAC10を構える。
「……積み荷、……は、空だ」
げぼりと湿った声。それが倒れたままのエルフから発せられたものだと気付く。
ペイブロワが怒りの表情でエルフに手槍を向けるが、護衛が間に入って守ろうとする。その間も、血混じりの発言が静まり返った吹き抜けに響く。
「……奪われ、た……ふり、で……身代金、と補償金……こい、つ。……よほど、悪党」
商人と盗賊と裏切り者と。狡猾な騙し合いに誰がどんな企てを仕込んで、誰が勝って誰が負けて誰が何をどれだけ得て喪って儲けて損したのか、部外者で門外漢の俺たちにはサッパリわからん。
「殺せ」
押し殺したペイブロワの声で、人質だった男女が護衛へと一斉に襲い掛かった。
「なめるな、商人風情が!」
片腕で振るった護衛の剣先が、商人たちの目を抉り頭を割り腹を裂いて腕を斬り落とす。転げ回った男女は、弱っていたせいかすぐに動かなくなる。
その間に回り込んでいたペイブロワが横ざまに手槍で殴りつけると、気を抜きかけていた護衛の男は顔面へとまともに食らい、意識を失って地べたに転がった。
「ははッ、これで邪魔者は、消えた! ……わたしの、勝ちだ。思い知れ、半獣が!」
勝ち誇ってエルフを振り返ったペイブロワの頭が、いきなり激しく燃え上がる。
「ぎゃあぁああッ!!」
エルフの攻撃魔法か何かなのだろう、悪堕ち商人は転がって必死に消そうとするが、炎は小揺るぎもしない。
逃げようと立ち上がるがよろめき歩いて力尽き、膝から崩れ落ちるペイブロワ。それを見てニヤリと笑みを浮かべ、エルフもそのまま動かなくなった。
……なに、これ。
わざわざ飛んで来たはいいが、なにがどうなってるやらと眺めているうちに、全員が殺し合い無様に果ててしまった。ミルリルが俺を見るが、どうにもリアクションのしようがない。
「これは……」
「……うむ、笑うしかないのう」
倒れていた護衛に近付くと、意識を失ってはいるが辛うじて息はあるようだ。商人とエルフの死体を装備ごと収納して、グッタリしたままの護衛を肩に担ぐ。
端の方に折り重なった岩と潰れたドワーフの死体が前衛的なオブジェのようになっているのが見えた。ゲンナリしつつ、それも回収する。
結果的に俺たちの関与を示す証拠の隠滅は済ませられたが、望んでいたものとはずいぶんと違うような気がする。
「どいつもこいつも、阿呆なクズばかりじゃ」
「まあな。そうなると愚直に頑張った護衛くらいは、生き延びて欲しいな」
転移に備えて、ミルリルさんが脇にヒシッとしがみつく。
帰ろう。もう、こんな場所には何の用もない。




