143:盗むものと盗まれるもの
女頭領の死を見届けると、俺たちはアジトの最深部に向かった。横穴は曲がり角で少し広くなり、立って移動できる程度の通路になっていたが、それだけだ。
ドアの両側に松明が立っていて、短剣の鞘が転がっている。おそらくここに、ミルリルが射殺したデブの手下が控えていたのだろう。
「いよいよ盗賊のお宝部屋、って流れなんだろうけど、見栄え的には夢もロマンもないな」
「現実というのは、得てしてそんなもんじゃ」
達観しちゃってるミル姉さんはアラスカンに再装填した後でホルスターに収め、転がっていたUZIを拾った。俺の視線を受け止めながら弾倉を交換し、最後はUZIで行くことを示す。
「足音も身のこなしも軽い。甲冑の音もせん。弦が軋む音がするので、エルフではないかのう」
「……エルフの、犯罪者?」
「うむ。どうやら共和国は亜人に対して、諸部族連合領などより、遥かに開けておるようじゃのう?」
ここでは獣人やエルフやドワーフでも人間と同じく“犯罪者になる権利”があるってことか。
俺はAKMを収納、暗視ゴーグルの受像器を上げて左手にマグライト、右手にMAC10を装備する。
襲われた隊商は、この町で最大の商会ペイブロワと、それに次ぐ大手商会のベイナン。襲ったのは土竜義賊団。
それが最初に聞いた情報だったが、たしかにミルリルのいう通り、結末は胸糞悪い話になりそうだ。
「最後のひとりは隊商襲撃の黒幕じゃ。可能なら証拠として生け捕りにしたいのう」
「何をしようと構わんけど、ひとつだけ約束してくれ。自分の安全を最優先すると」
「無論じゃ。当然、おぬしもじゃぞ?」
安普請のドアを蹴り開けると同時に、部屋のなかから鏃が飛んでくる。咄嗟に避けながらMAC10を掃射すると、奥で被弾したらしい手応えがあった。
不思議なことに、銃弾が届いたかどうかは実感として伝わるのだ。それは超能力でも魔法でもなく、慣れた兵士や猟師でも経験として身に付ける感覚らしいのだが。
「すまん」
「謝る話ではないわ。おぬしがいうたであろうが。身の安全が最優先じゃ」
アジトの最深部は10m四方ほどの素っ気ない部屋。倉庫のように物資の積み上げられたなかで、魔力光がポスポスと短く瞬いているのが見えた。
木箱の陰を覗き込むと、長身の女性が倒れていた。45ACPで抉られたらしい脇腹が血で染まっている。呻き声を上げながらも生きているのはたぶん、治癒魔法を掛けていたからだろう。
「あああぁ、このッ、猿もどきが!」
怒りと痛みと焦燥に身悶えながらも、必死で長弓に矢を番えようとしている。
「見よ、ターキフ。この世は平等じゃ。どの国も、どの種族も、同じように愚かじゃ」
「……ああ、うん」
まさか、本当にエルフとはな。
彼女の周囲には、逃げるときに持ち出そうとしたのか大きな布袋が転がり、銃弾で開いたらしい穴から金貨と銀貨が零れ落ちている。
盗賊に加担してお仲間を売った守銭奴のエルフか。種族差別かもしれんけど、やっぱ幻滅だな。
「……このッ!」
向けられようとした弓はミルリルの放った45口径弾で弓手ごとへし折られる。飛び散った木と指の細片が女性の顔面にぶち当たり、細面の美貌を汚した。
「ッ、があぁ……!」
「貴様が、ベイナンか。わらわは新人冒険者のミル。こやつはパートナーのターキフじゃ」
「お、覚えときなさい! あんたたち、絶対、に! 殺してやるから! 絶対に……」
「ほう、それは楽しみじゃ。では、貴様には、わらわたちの真名を伝えておこうかのう?」
「あ!?」
「カジネイルの娘ミルリルと、“ケースマイアンの魔王”じゃ」
無事な方の右目がわずかに見開かれ、ギリッと、歯軋りの音が聞こえた。
憤怒の表情で睨み付けるベイナンは反撃のときを窺っているが、片目は半ば塞がり、左手は指もろくに残っていない。後ろに回した右手で何かを企んでいるようだが、左右に分かれて銃を向ける俺たちはすでに臨戦態勢にある。
「……ケース、マイアン? あんな廃墟にコソコソ隠れてんなら、あんたたちも、くそモグラの連中と同類ってことじゃない。ご大層な能書きを、ほざいたところで、しょせん王国に弓引く野盗でしょ!?」
「魔族、じゃな。貴様らがどう聞いているかは知らんが、少なくとも王国と皇国、それと諸部族連合領では、そう呼ばれておったわ」
エルフの元商人は、ミルリルから何かを探ろうとしている。情報か、逃げるチャンスか、反撃のタイミングか。
なんにせよ、ベイナンにあまり時間はない。血を失い過ぎているのだ。顔は蒼白どころか完全な白で、身体は小刻みに震えている。
「攻め込んできた軍をことごとく倒し、殺し尽くして、いまケースマイアンは凄まじいばかりの発展ぶりじゃ。既に人口は最盛期のそれを越えようとしておる。誰も飢えず、憎しみも抱かず、幸せに仲睦まじく暮らしておるわ。もたらされた福音はあまりにも美しく、その眩い輝きに目が眩みそうじゃ」
「くだらない、御託を! 並べてんじゃ、ないわよ! そんな大ボラを、信じると、でも! 思ってんの!?」
「貴様には、わからんであろうな。実際わらわたちも、ずっと夢でも見ているような気分なのじゃ」
ミルリルは、“もういい”と俺に目配せする。
UZIを構えたままのミルリルを残して、俺はマグライトでエルフの顔を照らしつつ射線外から近付く。
後ろ手に隠していた小刀を俺が横から収納すると、エルフから抵抗の意思が消えた。
引きずり倒して、人質を縛っていた縄で拘束する。エルフの身体はグッタリと脱力していて、肌は血の気が引いて冷たい。
「ミル、生かして帰すつもりなら止血を頼む」
「わかったのじゃ」
残敵の確認ついでに周囲の物資を根こそぎ奪う。目の前でどんどん消えてゆく木箱や壺や樽や布袋を見て、エルフの表情が強張ってゆく。
もしかしたら、本当に魔王云々を単なる駄法螺だとでも思っていたのかもしれない。
「……そうやって、……何もかも、……奪うつもり?」
「ほう? 盗賊からそんな言葉を聞くとは思っておらんかったのう」
「……国を滅ぼすような、……奴らとは、……違う」
がくりと首を傾け、エルフは静かになる。ミルリルに目をやると、彼女は首を振って溜め息を吐いた。
「気を失っているだけじゃ。いいたいことだけいうて、勝手なやつじゃの」




