142:ドワーフ対ドワーフ
「そこの商人に訊きたいんじゃがのう」
先に行きかけて立ち止まり、一瞬だけ止まったミルリルは振り返ると人質のひとり、最も身形の良い年配の男を指して尋ねた。町の最大手商会ペイブロワか、二番手ベイナンの会頭だろう。
「わ、わたしですか? はい、なんなりと」
「隊商には何人おった? ああ、護衛は除いてじゃ」
「10人です。4人は抵抗して殺され、ふたりは行方がわかりません。そのうちひとりは……」
「ベイナン」
「……なぜ、それを」
「なに、可能性が高い方に賭けただけじゃ。どのみち、ふたつにひとつじゃしの」
「え?」
怪訝そうな顔の人質たちを置き去りに、ミルリルは俺を引き連れて最下層の横穴に向かう。
そこは他の横穴より少しだけ広くなっていて、数百m先に横からぼんやりと明かりが差しているのが見えた。
突き当たりでL字型に折れた道の先、光源の置かれている場所が頭領の居るアジトの最深部なのだろう。十数人の部下を殺した銃撃戦の音は届いてるはずだが、こちらに向かってくる様子はない。
「どうしたんだ、ミル。それに、さっきの質問は?」
「……なに、胸糞悪い話じゃ」
それだけ吐き捨てると、ミルリルは横穴に入る。
のじゃロリ先生ってば、ほぼ一直線で遮蔽もない横穴をわずかに屈んだだけで俺の全力疾走に近い速さで進んで行く。他より広いとはいえ比較の問題でしかなく、俺にとっては手を突かなければ梁桁に頭をぶつけそうな窮屈だ。そんなところでドワーフ娘の速度に追いつけるはずもない。
“脅威なし”
途中で脇道を見つけるたびにミルリルは脅威の確認と排除を行い、俺を待つ。
とはいえ追いついた頃にはまた次に向けてミルリルが先行、俺はヒーヒーいいながら中腰で彼女の尻を追いかけるしかない。
光の差す曲がり角まで15mほどのところまで来ると、ミルリルは俺を左にある壁に伏せさせた。そこには坑道補強用の桁材が少しだけ露出していて、正面から矢でも射掛けられたときには遮蔽に……ならなくもない。自分は無防備な位置なのだが、彼女は怖がる様子もない。
「さっきはの、隊商から行方不明になった者が、その後どうなったか気に掛かったんじゃ」
「それは……別に逃げ落ちて逸れたか、殺されたか、情報を取るために引き離されたか……」
「ヨシュア。おぬし他人の悪意がわかるというておったが、隊商の生き残りはどうだったのじゃ?」
「全員が赤い。だけど悪意か警戒心かはわからん。誰に対してのものかも読めん」
彼女は頷いて、先を示す。
「これは、わらわの勘じゃがの。消えたふたりは、盗賊団とグルではないかと思うのじゃ」
「勘といっても、ミルリルのことだ。根拠はあるんだろ?」
「確証とまではいかんがの。奥から何度か、身体を梁桁にぶつける音がしたんじゃ。坑道に慣れたドワーフが立てる音ではない」
その直後、樽か木箱に蹴つまづいたような音が聞こえた。盗賊団にドワーフ以外が混ざってるだけ、という可能性もないわけではないけどな。
「もし人間や獣人を配下として抱えておるなら、もっと開けた場所に配置するのじゃ。穴倉に置いても戦力として機能せん」
ミルリルは相変わらず俺の考えを読んで答えると、先に行くからカバーしろと俺に身振りで伝えてきた。
「アッ、ハイ」
左に曲がると敵陣、という状況でミルリルは横穴の右側から回り込み、俺は左側に寄ることで射線を交差させる。
“待て”
最深部への突入タイミングを計っていた俺を、ミルリルが手で止める。そのまま身振りで先の状況を伝えてきた。
“ひとり、武装して、待ち構えている”
「ッりゃあぁ!」
いきなり飛び出して来た人影はミルリルに剣を突き掛けようとするが、UZIに付けられたシュアファイアの発光をまともに浴びてしまう。
「ッきゃ、うぶ」
目を押さえて棒立ちになったところを、45口径の銃弾であっさりと撃ち抜かれた。実に、呆気ない。
ライトを消したミルリルが、また身振りで状況を伝える。
“奥に、ふたり”
死体を収納する前に確認すると、ドワーフとは似ても似つかない、肥満した人間の男だった。ポカンと驚いた顔で額を射抜かれていた。
身に着けているのは、白っぽい毛皮の防寒衣。手にしていた武器も、そこそこ良さそうな短剣だ。
「他の盗賊とは毛色が違うな」
「坑道で半日も暮らせば、こんな服は赤茶けた土に染まる。おそらく、グルだった隊商のひとりじゃ」
「こいつがベイナン? 商会長が部屋番をするとは思えんけど」
「わらわも同感じゃ。ベイナンは、奥のふたりのうちのどちらかではないかと……」
いきなり俺を肩で突き飛ばし、ミルリルは抱え込んだUZIを坑道の奥に向けて連射する。
「ミル!」
暗闇に吸い込まれた45口径弾が何かに弾かれ、ミルリルは突進してきた塊にぶつかって跳ね飛ばされる。革帯が肩から離れてUZIが地面に転がった。
「クソが……」
女の声。奥で揺れる松明の明かりを背負って、暗闇に浮かび上がる小柄なシルエット。ミルリルと大差ない体格ながら、無骨な重甲冑で膨れ上がっている。俺が仕留めた手下のドワーフより、明らかに装甲が厚い。
こいつが、土竜義賊団の頭領か。
「……殺す、絶対に」
小さく見えても屈強なドワーフだ。しかも盗賊団を率いる頭領ともなれば、かなりの手練れと見て間違いない。
横道まで弾き飛ばされたミルリルが射線外にいるのを確認して、俺はAKMを全自動射撃で叩き込む。
「ふッ!」
女頭領は驚くべき膂力と瞬発力で真横に飛び、弾幕から逃れた。銃弾のいくつかは当たったようだが鋼板に弾かれてダメージが通らない。
その間にも小さな身体は跳ね上がって壁を蹴り、俺の頭上を越えてミルリルに迫る。広げた両手には、棒状銃剣に似た鋭利な武器。
「ミル!」
よろめきながら身を起こしたミルリルは胸元を押さえて苦しげに呻く。突進して来るドワーフ女の前で顔を上げ、彼女はニンマリと牙を剥いた。
それでわかった。ぐふりと鳴った彼女の呻きは、思わず溢れた笑みだったのだと。
「死……ッ」
ドゴン、と響き渡る銃声。凄まじい轟音。M1911コピーではない。
女頭領の頭が仰け反ってグルリと回り、面頰が千切れ飛ぶ。わずかに角度があって装甲に弾かれたのだろうが、泳いだ姿勢を回復するより前に追撃が胸部に突き刺さる。
バギン、と軋む音が混じったのは発射された弾丸が甲冑の分厚い胸甲をひしゃげさせた音か。弾頭が抜けたかどうかは俺からは見えない。だが弾頭に乗ったエネルギーは女頭領の身体にちょっとした破城槌並みのダメージを食らわせている。
「ぅげ、えぅッ!」
ふらっと後ずさった女の足が震え、腰が砕けて膝を突く。ドゴンと銃声が響いて頭が揺れ、甲冑姿のドワーフは仰向けに吹っ飛んだ。
白目を剥いてピクピクと痙攣している女の顔は歪んだ兜から半ば露出し、血の混じった泡を吹いているのが見えた。
兜と胸甲には、鋼板を穿ち深くめり込んだ弾痕。頭蓋骨が陥没していてもおかしくないレベルの穿孔だが、この期に及んで貫通を許していないのは凄まじいばかりの鍛造技術といえる。
銀色のリボルバーを構えたミルリルが、ゆっくりと近付いて来る。脇腹に爪先を叩き込むと、無表情のまま静かな目で女を見下ろした。
「がッ、げうッ!」
「ネズミの長よ、わらわが誰かわかるか」
「……じ、……ッるがぁッ」
起き上がろうともがく女の手が震えながら伸ばされ、棒状銃剣型の得物に触れる。
ドゴン、という銃声とともに女の右手が重装籠手ごと粉微塵に吹き飛んだ。
「あ、ああああぁッ!!」
「カジネイルの娘。ケースマイアンの、ミルリルじゃ」
まだ無事な左手で目潰しでもしようとしたのか、女は土くれを握り込んで振りかぶった。その肘が、454カスール弾に粉砕されて弾け飛ぶ。
「ぎゃあぁあッ、あ、あああ!!」
ぼとりと、ちぎれた左腕が転がる。
眼前に迫った銃口に、女頭領は泣き笑いの表情を浮かべる。息は荒く、顔は血の気が引き土気色になっている。
「……げーず、まいあん……おまえ、まおぅ、の」
「そう、そこにおる男がそうじゃ。亜人の国を王国から奪還し、いまやケースマイアンは全盛期を超えるほどの人口と隆盛を取り戻しつつある」
「……えぞら、……ごど。おーこぐ……に、ほろぼ、ざれ、る」
ミルリルは笑って、アラスカンの銃身を振る。
左腕は肘からちぎれ、右の拳も失って、女頭領はもう抵抗を見せない。だが焦点の合わない目には、まだ怒りと憎しみの光が宿っていた。
「王国軍を滅ぼし王国を傾けた魔王の武器が、どれほどのものかはその身で思い知ったであろう? ドワーフの冶金技術の粋を集め、魔導障壁まで重ね掛けした甲冑がそのざまじゃ。しょせんただの人間でしかない王国軍など、3万の兵が半日も経たずに骸となって散ったわ」
「……」
「絵空事と思うのは勝手じゃ。貴様のような薄汚れたクズどもは、あの楽園に居場所などないからのう?」
おそらく、最後の1発。再装填している暇はない。ハンマーをコックして、ミルリルは女に銃口を向け直す。相手が理解しているかどうかは不明だが、ここが最後の勝負になる。
「だが、ひとつだけ許せんことがある。我が父の名を騙ったことじゃ。鍛治王カジネイルの名は、穴倉に隠れる薄汚い盗賊には、過ぎたものじゃ」
女頭領は、銃口を睨み付ける。
わずかに身動ぎすると、足甲から棒状突起が突き出た。
「ぎざま、ざえ、いなげれ、……ゔぁ!」
歯を剥いてミルリルに向け身を躍らせるが、呪詛の声は轟音とともに途絶え、露出した顔面に銃弾を叩き込まれた偽物の女は血と脳漿をぶちまけて果てた。
「……6発もの“かすーる”なぞ、こやつには贅沢過ぎる手向けじゃ」
鍛治王の娘は、ぼそりと呟いた。




