141:闇の奥へ
「わらわが先行するのじゃ。前方と左はこちらで処理するので、ヨシュアは右と後方を頼む」
「了解」
なんか作戦指揮どころか野戦指揮も、のじゃロリ先生の独壇場ね。わし刺身でいうとツマかタンポポのポジションじゃね、これ。
暗視ゴーグルだけでなく、会敵用の対処にUZIのハンドガード脇にはシュアファイアの大型ライトを固定してある。装着レールがないので手持ち用の物をダクトテープで巻いただけだが。
最大光量の600ルーメンでも1時間以上は持つらしい。この寒冷状態で額面通りとは行かないだろうが、電池が弱る頃には結果が出ているはずだ。
「この灯りは明るいどころの話ではないのう、ほとんど暴力じゃ」
「そうね。そいつを顔に浴びると目が眩み、足が止まる。争うこともできず良い的になるわけだ」
「おぬしの居った世界では、ひどい戦いをしておるのう……」
「まったくだ」
他にも警棒代わりになる懐中電灯、マグライトのいちばん大きな6Dサイズにトンファークリップを装着したものまで用意したのだが、坑道内では振り回せないことが判明して収納入りになった。
殺さない武器として、いずれ用途もあるだろ。
坑道に入ると、すぐにいくつもの枝道が見えてくる。後方と右方を警戒しながらミルリルの後に続くんだけど、速過ぎて置いてかれそうになる。
そもそもが狭過ぎるのだ。わかってはいたけどさ。最大幅が2mそこそこ、だけど通路は上部がすぼまっていて崩落防止用の梁桁が入り、頭をぶつけず通過できる高さは150センチを切る。
やっぱ廃鉱内は小柄な人間じゃないと戦闘どころか移動も難しい。土竜義賊団の討伐を諦めざるを得ないわけだ。
緑に染まった暗視ゴーグルの視界のなか、少し先でミルリルが左手で停止のサインを出す。先を見ても敵の姿はなく、彼女の指が左側を示した。
「利き腕に武器を持ち、左手で壁に触れながら進むのが暗闇で迷わんための定石なんじゃが……見よ」
左手の壁際に埋め込まれた鉄片が見えた。何か暗緑色の粘液が塗られている。実際は何色かわからんけどな。
「罠か」
「麻痺毒じゃな。倒れた先には落とし穴。えげつないやつらじゃ」
またそこを抜けた先には地面近くに紐が張られている。警報が鳴る仕組みだろう。ここまでが本当の序の口というわけだ。
「ヨシュア、あいつを頼む」
奥で光が揺れて、脇道から男が現れる。距離は10mもない。暗視ゴーグルがなければバレていたかもしれない。
ミルリルさんと違って、俺では有効射程ギリギリだ。MAC10を構え、よく狙って仕留める。
近付くと、男は首に被弾していた。体格からして、こいつもドワーフだ。薄汚い作業着に革鎧、胸と額に薄い金属板を貼り付けてあった。両腕にも肘まである金属製の籠手。拳銃弾でも貫通するレベルの素材ではあるが、短剣程度の刃物ならば弾く。下っ端でこの装備だとすると、討伐に来る冒険者には厄介な相手だ。
ひどい体臭で気は進まないが、襲撃の証拠隠滅のため死体を収納する。
「ミルリル、この先の道はわかるか?」
「情報はないがのう、鉱山はドワーフの故郷のようなもんじゃ。内部の構造や坑道の繋ぎ方は、どこもそう大きく変わらん。問題は、どこまでそれを裏切ってくるかじゃな」
「知識と経験で攻めてくる敵に、相手がどこまで対処してくるか、ってこと?」
「そういうことじゃ」
そこからしばらくは、狭いだけで危険のない横穴が続く。そこをスイスイと抜けて行くと、いきなり広い場所に出た。
緑の視界に、巨大な縦穴が映る。直径50m、高さ20mほどか。円柱状の吹き抜けには無数の横穴が開いていて、そのあちこちに松明が灯っている。
「目的地は」
「最下層じゃな。襲撃に備えて守りを固めるなら、そこが最適じゃ」
つまり、このアジトを普通に急襲するとしたら、底の正解に辿り着くまで延々と横穴を出たり入ったりしなければいけないわけだ。
しかも、横穴同士をつなぐ回廊には見張りが配置されている。鬱陶しい上に、発見されるリスクが高い。
俺たちが出てきた横穴の脇にもひとり置かれていたのだが、相手が気付く前にミルリルさんがひょいと手を伸ばして首をへし折ってしまった。
なにそれ、怖い。
死体と装備を収納して、俺は縁から下を覗く。盗賊団の迷路遊びに付き合う気はない。転移で一気にゴールまで飛ぶのだ。問題は階下の状況だが……
「ふむ、これは厄介じゃのう」
ぜんぜん気にも留めていない口調で、ミルリルが囁く。
吹き抜けの底はすぼまっていて、直径20mほど。そこの端に人質らしい商人と護衛たちが縛り上げられ、転がされていた。
俺には緑の人影にしか見えんが、ミルリルさんによれば男性が4人と女性がひとり。
ふたつの大手商会が組んだ隊商の総員と考えれば少ない。残りは殺されたか。
周囲にドワーフの見張りが10名ほど焚き火を囲んでいるものの、そのなかに女性はいない。
「“いんぐらむ”を借りても良いかのう?」
「うん、いま弾倉を交換する。ミル、転移位置は」
「焚き火の手前、5尺ほどじゃ」
ミルリルは革帯でUZIを背中に回すと、渡したMAC10を胸に抱える。わずかな頷きを合図に、俺は一気に転移でそこまで飛んだ。
「な」
見張りのひとりが振り返りかけたが、対処できたのはそこまでだった。
バスバスッ、と爆ぜるような音が連続して鳴り、見張りは一瞬で全滅した。暗闇に紛れて遮蔽を縫い、全員分の装備と死体を収納した後で上層に転移で戻る。
「敵に動きは?」
「ないのう」
襲撃を警戒してはいなかったらしく、上の回廊に配置した見張りに気付かれた気配はない。それどころか、人質まで何が起きたか把握していないようで、消えた見張りを探してキョロキョロと周囲を見渡すだけだ。
「ここまで無能とわかっておれば、上の連中を先に仕留めても良かったかもしれん」
俺とミルリルは横穴の脇にいる見張りを次々と射殺し、その死体と装備を収納して回る。
全員を殺し終わって、ようやく30発入りの弾倉を使い切ったようだ。死体の数も同じ。ワンショット・ワンキルだ。焚き火の周りにいた見張りを除けば、どれも目玉を射抜かれている。
俺は最初に出てきた横穴位置に戻ると、返されたMAC10の弾倉を入れ替えて収納に戻した。ここまで視界が開けた場所なら、俺はAKMの方が使いやすい。
「このまま上手く進めばいいが……」
伏兵がいたか何かの探知装置でもあったのか、警報と思われる鈴のような音が鳴り出した。ミルリルはUZIに持ち替え、臨戦態勢に入る。
「そう上手くは行かんか。敵が来る、左手前の横穴じゃ」
「対岸に出て射線を確保するか?」
「それでは、せっかく生き延びた人質を巻き込んでしまいそうじゃ。ヨシュアはわらわを下に降ろした後で、人質を右奥の横穴に誘導してくれんか。あそこに見えておる箱は弓矢程度なら防げそうじゃ」
「了解、そちらの援護は」
「無用じゃ。その場で人質を守ってくれるだけで構わん。出来るかのう?」
「やるさ。これでも、お前のパートナーだ」
「うむ、おぬしが居れば百人力じゃ」
あらミル姉さん、褒めて伸ばす方針なのかしらん? たしかに俺は“やれば出来る子”を自認しているが、褒められ慣れていない。真っ直ぐ見つめられて笑顔でいわれると、思わず目が泳いでしまう。
「行くよ、ミル」
今度は人質が転がっていた真横に転移、ミルリルが駆け出したのを見てすぐ人質を抱えて指定された横穴まで飛ぶ。戦闘開始までに2往復、なんとか遮蔽の奥に押し込んでAKMを構える。
「なんだ、お前!?」
「黙ってろ、頭を上げると死ぬぞ」
血走った目の男は護衛のようだが、乱れた皮鎧は傷だらけで服からは血が滲み、顔は打撲傷で腫れ上がっている。叫びかけたときに見えた歯は何本か折れているし、ぷらぷらと揺れる右腕も多分そうだ。
「そうか、お前は……最後まで戦ったんだな」
「そ、それがどうした」
護衛の男は怯えた表情になるが、それでも人質を自分の背に置き守ろうと身構える。満身創痍の身体に折れた腕で。
こいつ、馬鹿だなあ……。
こういうやつには、是非とも生き残って欲しい。
「……よくやったな。少し我慢しろ、必ず助け出す」
「も、もしかして、お前……助けに来たのか?」
「そうだ。全員、俺がいいというまで木箱の後ろで伏せてろ」
横穴からバラバラと現れた敵に、ミルリルが発砲を開始する。減音器のないサブマシンガンの連射は、吹き抜けの鉱山内部に反響して激しく耳を叩いた。
「なんだ、この音は……!?」
「悪いな、すぐ済む」
襲撃を知って人質を動かそうとしたのか、それとも殺そうとしたのか、敵の一部がミルリルの射線を抜けてこちらに回り込んでくる。
先頭を走るずんぐりした短躯に、俺はAKMを単射で叩き込んだ。
「ぐぁッ、なんじゃッ!?」
胸元で火花が散って怒号が上がり、敵の後続が跳弾でも喰らったか糸の切れた人形のように崩折れる。
その間に甲冑ドワーフは倒れることなく物陰に転がり込んでいた。
7.62ミリのアサルトライフル弾を弾くって、あの胸甲は鍛造鋼か? 姿が見えない。このまま回り込まれると面倒だな。
「そういや、ここのモグラは甲冑を着込んでるって聞いたっけなぁ!? ま、そんなチャチな鉄屑じゃ、飾りにもならんだろうけどなぁ!?」
小馬鹿にした声を上げた俺の傍に、投げナイフのようなものが連続して突き刺さる。
「待っておれ、いま殺してやる!」
予想以上の単細胞で助かった。低く構えて木箱の陰から飛び出し、突進してくるドワーフに全自動射撃の銃弾を浴びせる。胸甲以外は通常の甲冑レベルだったらしく、全身から血飛沫を噴き出したドワーフは足を止めると、よろめいて崩れ落ちた。
「あっぶねえ……ミル、大丈夫か!」
「済んだぞ。こっちは無事じゃ」
蜂の巣になって死んだ甲冑ドワーフを丸ごと収納、流れ弾で死んだ方も回収してミルリルに近付く。
そちらも相手は甲冑付きだったようだが、どれも目玉を撃ち抜かれた綺麗な姿で事切れていた。
その数、なんと14体。役者が違うとはこのことか。
「敵のなかにドワーフの女がおらん。気配はその奥から感じるんじゃが……」
「動かないってことは、罠があるんだろうな。ちょっと待ってくれ」
俺は人質のところに戻って、拘束を解く。
縛られていた紐と収納から出した手槍を使って、護衛の男の折れた腕に添え木を当てた。あいにく俺もミルリルも回復魔法は使えない。
「痛ッ、……すまん、助かった。……でも、あんたたち何者だ?」
「冒険者だよ。ちょっと頭領を仕留めてくるんで、ここ頼めるかな」
「仕留めるって、無茶だ! あいつはカジネイルの……」
「よせ。それは薄汚い悪党が流した嘘で、その嘘は鬼神の怒りを呼ぶ。死にたくなければ、二度と口にするな」
「……お、おう?」
「じゃあ、頼んだ」
収納していた剣と手槍を護衛に渡し、俺はミルリルのところに戻る。
猛るドワーフ娘はUZIの弾倉を交換して万全の体制。全身から怒りのオーラを放って火傷しそうなほどに燃えている。
「さて、ここからが本番じゃな」
ああ、愚かなドワーフの盗賊よ。お前は生き方を間違った。くだらん詐術で身を守るつもりが、それは死を招く呪いとなった。いまこそ鬼神の憤怒に焼かれるがいい。
そして、俺を巻き込まないでくれよな。




