137:ダンス・イン・ザ・フロア
何の騒ぎですのん、これ。
フロアの中央部分で足を止めて真正面から派手に殴り合っているのは屈強な男性陣。毛皮の防寒着に皮鎧を重ねた、見た感じいかにも“冒険者の前衛職!”ってな連中だ。
その周囲で棍棒……いや魔導師用の杖か、あとホウキやら鞘に収めたままの剣やらを振り回しているのは少し体格の劣る男性や、女性陣。
これまた“冒険者パーティの後衛職”というイメージそのままのひとらだ。
さすがに攻撃魔法や抜身の刃物は出さず、殴るか威嚇程度に抑えている風だが、それでも何人かは血を流していたり倒れていたりする。
「まったく……なにをしておるんじゃ、こやつらは。喧嘩は外でやらんか、外で」
「そ、そうですよー! そ、外でやってくださいー!」
ギルドの職員も制止しようとはしているのだが、カウンターの陰に隠れてオドオドと声を掛けているだけなので何の効果もない。
距離を置いて見ていた俺とミルリルは、どうしたものかと首を傾げる。
出直した方が良さそうだな、とミルリルに手招きしたところで血走った目の男たちと視線が合ってしまった。たちまち殺気立った顔で睨みつけられる。俺たちは関係ないんだけどな。
「くそッ、西の新手か!?」
「……いいや、単なる通りすがりじゃ。おぬしらの諍いとは無関係なのでな、ちょっとそこを退いてくれれば……」
「やっちまえ!」
小柄なミルリルさんと覇気のない中年男のコンビなら倒せそうとでも思ったのか、それともどこぞの誰かと似ていたのか知らんが、男たちは酒瓶や椅子を振り回し怒声を上げながら飛び掛かってきた。
こらアカンて。
「ミル、殺すな!」
ごすんと、鈍い音が響き渡る。
男のひとりが吹っ飛ばされて転がり、泡を吹いて動かなくなる。続いてもうひとりも急角度のフックを鳩尾に叩き込まれて、土下座するような姿勢でうずくまったまま沈黙した。
「てめえ!」
ごすん。沈黙。ごすん。沈黙。ごすん。沈黙。
それはもう、ほとんど流れ作業だ。
止める間もなくミルリルさんはフロアの中央まで進んで、殴り合っていた前衛職まで吹っ飛ばして叩きのめす。辛うじて殴り合いの体を成していたのは最も強そうな虎獣人の男性だけで、彼はミルリルさんのパンチをボディで受け止めてなお殴り返す気概を見せた。
「その意気、天晴じゃ」
のじゃロリ先生は繰り出された拳をあっさり片手でキャッチすると、つかんだまま半回転して投げ飛ばす。クルリと宙を舞った虎男はネコ科の本能で足から着地するかに見えたが、スナップを効かせた猛烈な勢いで床に叩きつけられては受け身など取れるはずもなく、さらに跳ね上げられて今度は顔面から床に叩き付けられる。さらにもう一度。そしてもう一度。
グッタリしたまま弧を描いて宙を何往復もする巨体に周囲はドン引きである。
「ちょ、ちょっと待て! ミル姉さん、それ死んじゃうから! 落ち着け、ホラもう大丈夫、どうどうどう……」
「ふん」
いまだ空中にあるうちに手を離したせいで、虎男はクルクルと回転しながら宙を舞い、棒立ちになっていた喧嘩相手の腹に激突。ふたりは団子になって転がったまま動かなくなる。
「貴様ら、迷惑じゃ。やるなら外でやらんか。あのモッサリした女を見習うが良いわ」
「誰がモッサリしてるって、このドちびが!」
憤怒の表情で踏み込んできたのは、外で3人の男を伸していたマッチョな武闘家か格闘家みたいな女性。
「褒めたんだがのう?」
「どこがだよ!」
体重差が2倍以上はありそうなふたりが、獰猛な笑みを浮かべたまま睨み合う。
「あたしの仲間を可愛がってくれたみたいじゃないか。これは、礼をしてやらないとねえ?」
「ふん、礼には及ばん。こんなもの、ただのゴミ掃除じゃ」
なにこれ。ようやく沈静化し掛けたところなのに再燃の兆し。キリがないので俺が女の前に立って頭を下げる。
「ああ、すみませんお嬢さん。うちの連れはひ弱なわたしの身を守ろうとしただけなのですが、少しやり過ぎてしまったようで……」
「邪魔だクソが!」
目にも留まらぬ速さで振り払われた拳が、下げていた俺の頭を弾き飛ばす、
……ところだった。
とっさの短距離転移で女の背後に回った俺は、ミルリルに手振りで落ち着くように伝える。
「もう止めませんか? わたしたちはギルドに用があっただけで、あなたたちの揉め事とは無関係なんですが」
「知ってるさ。でも、そんなこたぁ、もう関係ねえ!」
振り向きざまのフックからのコンビネーションブロー。追撃のケンカキックまで超短距離転移で躱して溜息を吐く。
幸か不幸か周囲は静まり返って、もう抵抗の意思を持っているのはこの格闘家の女だけだ。
どう考えてもこいつが最強っぽいのが問題ではあるのだが。
「へえ、面白いじゃないか。なにがひ弱だよ、バケモンの気配があ……るひょッ!?」
女の腹に突っ込んできた巨大な白い何かが巨体を軽々と跳ね上げた。
「わふん!」
「「モフ!?」」
クルクル回って足から着地した格闘家の女にダメージはないようだが、いきなり目の前に現れた白雪狼に顔を舐められて硬直している。
「「魔獣だ!」」
剣を抜き掛けた男たちを拳で黙らせて、ミルリルさんがモフの首を抱え込んだ。
「ああ、すまんのう。こやつは、わらわたちの連れで白雪狼のモフじゃ。危害を加えん限りは、なんにもせん」
ご機嫌そうに尻尾を振っている巨大な狼を目にして、フロアにいた全員が言葉をなくす。
その間も格闘家の女は顔を舐め回され続けているが、それが“なんにもせん”に含まれているのかは微妙なところだ。本人は身動き出来ないまま気絶しそうな表情で受け入れている。
ゴツい印象とのギャップが意外にも、かわええ。
◇ ◇
「では皆さん、改めて自己紹介を。流れの商人で、ターキフといいます。王国やら皇国のゴタゴタで本業が傾いたんで、冒険者として食い扶持を稼ごうと思ってこちらに来ました。彼女はパートナーのミル」
「ミルじゃ。右も左もわからんひよっこなので、よろしく頼む」
「………」
驚くほどのノーリアクション。突っ込みどころか誰ひとり目も合わせない。身動きひとつしない。
完全な無音の冒険者ギルドで登録を済ませると、フロアの真ん中でモフと対面状態で座り込んでいた女格闘家のところに戻る。
彼女は2級パーティ“吶喊”の前衛、剛腕のルイ。
ギルドの受付嬢ハルさんから聞いた話では、この町の冒険者ギルドでも3本の指に入る豪傑だそうな。
ちなみに、あとふたりはミルリルさんが吹っ飛ばした虎獣人の男性ティグと、盾使いの巨漢マケイン。人間相手では過剰装備だと盾を使わなかった紳士なマケインは、俺の見ていないところで、のじゃロリフックに沈んでいた。
同じく“吶喊”の後衛職、ハーフエルフの魔導師エイノさんの治癒魔法で、彼らの怪我は治った。……のだが。
「のうルイ、おぬし大丈夫か?」
「……だいじょうぶに、……見えるか?」
呆けた表情のルイは涙目になっていて、顔はモフに舐め回され続けてテカテカ、ショートカットの髪はボソボソのパンクロッカーのようになっている。
「なんでか知らんが、えらく気に入られたらしいのう。わらわたちでもここまでは懐かん」
「……うれ、しく……ねえ」
「わふん?」
好き好きオーラを出しながら首を傾げるような仕草をするモフ。ルイは仏頂面のままで乱暴にモフの腹を撫で回した。
「わふ」
「……ああもう、鬱陶しいヤツだな」
え、なにこのツンデレ。俺の気持ちが漏れていたのか、ゴッツい姐さんはプイッと顔を背けるが手は依然としてモフを撫で回している。激しく尻尾を振って興奮しているモフはご機嫌を通り越して嬉ションでもしそうな勢いである。
白雪狼って他の個体もこんなに懐っこいのかね。
「それで、おぬしらはなにをそんなに熱り立っておったのじゃ?」
「……西の、馬鹿どもが、……舐めた真似をしやがったからだよ」
「西?」
やっぱり、町の東西で断絶があるのね。余所者の目から見てもすぐ察するくらい雰囲気が違うもんな。
それ以上は答えようとしないルイに代わって、受付嬢ハルさんがカウンターから助け舟を出す。
「商業ギルドから定期輸送便の護衛依頼があったんですけど、西地区の冒険者パーティが勝手に独占してしまったんです」
「……ん? さっき規約を聞いた限りでは、依頼者と冒険者の管理・調整はギルドの仕事でしょう? ギルド側で調整するだけで済む話では?」
「そう、済む話だ。馬鹿どもが虚偽申請で不正受注さえしなければな」
怒りを押し殺した唸り声。
いつの間にやら俺たちの背後に音もなく立っていた、虎獣人ティグだ。あんだけピンボールみたいに跳ねくり回ったのに、もうケロッとしている。
魔導師エイノさんの治癒魔法も断ってたみたいだし。すげえな、ケースマイアンにもこれほどの身体能力を持った獣人はなかなかいない。
「本当の問題は、西の連中が依頼を独占したことじゃない。偽の名義人を立ててまで受注した依頼を、最後まで達成しようとしなかったことさ」
ルイは頭を振って、フロアの隅を見る。
そこには転がったまま動けない男たちが7人、苦しげに呻いていた。顔はパンパンに腫れ上がって鼻血が垂れ、目が塞がっている。当然ながら、誰も治癒魔法なんてかけてやったりはしない。
こういう表面的ダメージを執拗に重ねるのは“喧嘩による示威行為”であって、一撃必殺・鎧袖一触が身上のミルリルさんの仕業ではない。
俺がいうのもなんだが、ここまでの制裁を加えるような問題なのか?
「あいつのパーティは、商業ギルドの隊商を守れなかった。それで自分たちだけ逃げ帰ってきて、あたしたちに助けを求めた。というよりも……」
ルイが男たちを見据える目に、ギラリと殺気が宿った。
「成功報酬の半金はくれてやるから、自分たちの尻拭いに行けと抜かしやがったんだよ」




