136:混沌の東
結局、王国金貨100枚は共和国金貨120枚に変わった。
両国の金貨で重さとサイズに大差はないことから、本来の価値はほぼ1:1だったと思われる。20%の増額は交換比率の問題ではなく、俺が出した情報料としての価値だろう。他にも何か隠し球を持っている有用な人材だと思ってくれたのだろう。とりあえず、そう好意的に解釈する。
「良い取引だった、と思いたいですね」
ケルグお婆ちゃんの淹れてくれたお茶を飲みながら俺がいうと、イノスさんは引きつった笑みを浮かべて頷く。
「はい。わたくしたちは今後も、ターキフさんとは良好な関係を維持したいと思っております」
商業ギルドへの入会を打診されたが、冒険者ギルドを優先するつもりだといっぺん断る。
複数のギルドに所属することも禁止されているわけではないし過去にそういった例もあるそうだが、各ギルドによって立ち位置が違うため利害が衝突することもあり、双方に入会することで(場合によっては)どちらのギルドからも信頼されなくなる可能性もある。
明言されたわけではないが、お互いに腹の内を探りながら行われたイノスさんとの会話のなかで、俺はそういう印象を受けた。
なんとなく視線を伏せ気味の皆さんから静かなお見送りを受けて、俺とミルリルは商業ギルドを出る。
「さて、金も手に入ったことだし冒険者ギルドに行こうか」
「共和国暮らしも、なかなか面倒なことが多そうじゃのう」
「王国やら皇国やらみたいに、いきなり殺しに来ないだけマシだろ」
「おぬしの場合は基準が低過ぎるのじゃ」
そういいながら、ミルリルさんはUZIをさりげなく胸元に抱えたままだ。大金を懐に(正確には収納に、だけど)入れてるんだから、用心するに越したことはないけどな。
手に入れた共和国金貨は120枚。日本円で120万円、この世界での貨幣価値換算でいえばそれ以上だ。春まで暮らせるとはいわんけど、経済基盤を築くまでの繋ぎにはなる。
「そういえばヨシュア、いまさらではあるが今後おぬしの真名は伏せた方が良いかもしれんぞ? “テケヒュヨシュア”はケースマイアンの魔王として名が通ってしまっておるしのう」
……いや、それ自体すでに真名ではないのですが。
「タケフでいいだろ。もう衛兵隊長さんにも商業ギルドでも名乗っちゃったし。ちゃんと呼んではもらえてないけどな」
「では、おぬしは“ターキフ”で良かろう。わらわは“ミル”と名乗るのじゃ」
なんかマイネームがどんどん訛ってってる気がしないでもない。別にいいけど。
冒険者ギルドがあるのは平民居住区なのだが、サルズの町でいうと東で、“狼の尻尾亭”からは遠い側にある。いま出てきたばかりの商業ギルドは町の中心から南西に少し逸れた辺り。なので、このまま東北方向に突っ切ればギルドが見えてくる、はずだ。
頭の中でざっくりした地図を描きながらぷらぷら歩くうち、なんとなく気付いたことがある。
「なあミルリル、商業区とか平民居住区とかはともかく、東と西で少し感じ違うよね?」
「東側の方が雑多で雑駁というか、要するに雑じゃの。勢いはあるが品はない」
「だよねー」
その東地区の雑駁さの権化のようなものが、冒険者ギルドなのだろう。剣のマークの看板を目にして、俺とミルリルは揃って納得した。
「なんじゃ、これは」
ミルリルさんは呆れ声で首を傾げるが、俺なんかからするとイメージ通りというか、ベタなイメージを軽く超えてきている感じで嬉しくなる。
商業ギルドと同じ2階建てではあるが、向こうと違って薄汚れて小さくボロい西部劇の酒場みたいな建物。なにをどうしたのか壁の一部には大穴が開いていて、そこを乱雑に木の板を打ちつけて塞いである。雪が降り積もる地方だけにドアは両開きでしっかりした密閉型のものだが、これが胸位置だけのスイングドアだったりしたらもっと良かったんだけどね。
まあ、それはともかく。
入り口前の道路に壊れた樽が転がっていて、倒れたままの男が3人。彼らを睥睨するように、腰に手を当てて仁王立ちの女がいる。身長170センチほど。ケースマイアンの脳筋虎娘ヤダルによく似た雰囲気の――ということはつまり、面識がない間は積極的に関わり合いにはなりたくないタイプの――筋肉質の人間女性だ。両拳の手甲以外に武器を持っていないっぽいのが、非常に嫌な予感がする。
これは、武闘家か。そんな職業があるのかどうかも知らんけど。
「すみませんね、通りまーす」
なにがどうなってこうなったのか知らんし知りたくもないので、こういうのも冒険者ギルドの風物詩なんだろうとスルーして、俺は女の後ろを必殺ジャパニーズ片手拝みで通り抜ける。
「ほらミル、行くよ」
女同士のガン飛ばし合いが始まりそうだったのを先回りしてドワーフ娘のフードをひっつかみ、無理やり建物の中に押し込む。
「よーし、第一関門クリア。さっさと登録して……うぉう!」
緊急退避で滑り込んだ冒険者ギルドのなかは、十数人が大乱闘の真っ最中だった。




