133:衛兵隊長
保証金を入城税に修正。
「散開! 右回りで魔獣を牽制する! セムベック、遭難者を救出しろ!」
「「「応!」」」
「……え? あ、おい! ちょっと待て!」
突進してくる騎兵たちの敵意が白雪狼に向いているとわかったところで、ミルリルと俺は前に出て両手を上げる。
肝心の“魔獣”は周囲で旋回する騎兵たちを追い掛けようとしているが、わふんわふんと尻尾を振って、どう見ても遊んでくれると思っている風だ。
思考を読めるなら空気も読めよ!
「こやつは、わらわたちの連れじゃ!」
「武器を降ろしてくれ、ひとに危害は加えない!」
「なに? 森林群狼を使役したのか?」
「わふん!」
「おわッ!」
モフが騎兵に吠えると、馬が怯えて後ずさる。
周囲の兵たちも警戒はしているが、モフが吠えるだけで襲ってくる様子もないことから、槍を向けてはこない。
「驚かせてすまぬ。こやつ、自分は白雪狼だと抗議しておるのじゃ」
「……人語を解する? まさか、本当に白雪狼なのか?」
「わふん♪」
指揮官らしい屈強な男性が、馬から降りて俺たちに近付いてきた。モフが尻尾を振っているのを見て、首を傾げて笑う。男性は年齢30半ば、いかにも歴戦の古強者という強面だが笑顔は意外に人懐っこい印象を受ける。
「なるほど。白雪狼なんて、間近で見たことがあるやつなどいないからなあ。そういう俺も初めてだが、これは遠目じゃ森林群狼の群れの長と誤解しかねんぞ?」
「そう、なのか?」
森林群狼というのは知らんけど、群れで人を襲う狼らしい。群れの長だけが魔獣化して知能が高く、毛並みも良く、体躯も大きい。
それがちょうど、モフくらいのサイズなのだそうな。
「いうても幼体じゃからのう。これから育てば見間違えられることもなかろう」
「わふ」
いまでも2m近くあるのに、もっと大きくなるって……それホントに狼か?
「お前たちは、サルズに入るつもりか? それとも、どこかを目指しているところか?」
「サルズ、というのがあの町なら、しばらく滞在させてもらいたいと思ってます。途中で荷物を失くしてしまったのでね」
「そうか。町に入れるんだったら、こいつの首に目立つ色の布でも巻いておいてくれ。飼い主がいる獣は首輪か枷を付けるのが決まりだが、それも可哀想だろう」
「わふん」
わしゃわしゃと乱暴に首筋を撫でられ、モフはくすぐったそうに鼻を鳴らして男性の腹に鼻先を擦り付ける。
俺は防寒衣のフードを外し、指揮官を含めて騎兵たちに頭を下げる。
「わざわざ救助に来てくれて、ありがとうございます。わたしはタケフといいます。こちらはパートナーのミルリル」
「……ああ、無事だったなら良いんだ。俺はアイヴァン、サルズの衛兵隊長だ。城門まで馬に乗るか?」
「大丈夫じゃ、こやつがおるのでの」
ミルリルは、ひょいとモフの背に乗って俺を手招きする。城門まで1kmもないから大丈夫かと、俺も白雪狼の背中に乗った。
モフは重そうな様子もなく歩き出す。子供とはいえ妖獣、なにか超自然な力でも秘めてるのかもしれん。当然ながら手綱も鞍もないが、けっこう乗り心地は良い。
「ターキフは、冒険者か? それとも、商人?」
衛兵隊長アイヴァンが馬の上から尋ねてくる。なんか俺の名前変わってる気がするが、そんなことより、流れ者の定番はそのふたつなのね。
少なくとも冬の間に都市間を移動するような酔狂は、一般市民にはいないのだろう。
「流れの商人です。王国にいたんですが、商売ができなくなったので、冒険者になろうと思って」
「それで、共和国に? よく“狭間の荒野”を、生きて越えられたな」
“狭間の荒野”というのは、たぶん王国と共和国の国境付近に広がる無人の緩衝地帯のことだろう。飛行船で運んでもらったとはいえんな。理解されんし。
「まったくです。冬なら魔獣も少ないかと思ったんですが、こいつと出会わなければ死んでいたでしょうね」
とりあえず銃のことも伏せておいた方が良さそうなので、ここはモフを持ち上げておこう。実際には“出会ったから死に掛けた”といえなくもないけれども、まあ大筋では嘘はいっていない。
アイヴァンは少しだけ探るような目をして、俺を見る。
「おかしな連中に襲われなかったか」
「……え?」
「会ったようだな。そいつらは、どうなった」
「えええええぇーッ!?」
「なにを驚いておる。おぬしの考えておることは、みんな顔に出るのじゃ。別に誤魔化す必要もあるまい。あの盗賊連中なら、モフが追い払ってくれたのじゃ」
ミルリルさんのフォローで、“辛くも撃退した”というのは受け入れてくれた。殺したかどうかは聞かれなかった。さすがに剣を持たない俺とチビッ子ドワーフが魔導師を含むならず者8人を殺したとは思われていないのだろう。
「ふむ。まあ、幸運だったな。それで、町に入るには入城税がひとりにつき銀貨1枚要るが、どうする。ギルドで身分証を作るまで待っても良いぞ?」
「ギルドに所属したら安くなるんですか?」
「冒険者ギルドなら無料、商人ギルドや職人ギルドなら半額になるが、奉仕義務が発生する。魔獣討伐や生活必需品の供給だな。町への貢献が認められなければ除名の上で追放処分も有り得る」
「それじゃ、ふつうに払いますよ。まだどこに所属するかは決めていないので」
「早めに決めた方が良いぞ。身分証のない市民のままだと、出入りするたびに銀貨1枚だからな」
城門まで来ると、アイヴァンともうひとりを詰所に残して、騎兵たちは立ち去る。それぞれ持ち場に戻るらしい。
盗賊から奪った銀貨で入城税を払い、町の宿屋やギルドや商店街の位置を聞く。困ったことがあったら衛兵詰所まで来いといってくれた。
なかなか親切なひとだ。ドワーフに関しても偏見はないようだしな。
宿屋に向かって歩きながら、俺はミルリルに疑問をぶつけてみる。
「俺たちの姿を見てすぐ動いたとしたら、ずいぶん初動が早かったと思わないか?」
「あれだけの間で騎兵を集めて動かすのは無理じゃ。わらわの勘じゃが、あの魔導師の盗賊どもを追うつもりで準備しておったのではないかのう?」
それとな、とミルリルさんは俺を見た。
「衛兵隊長に推されるだけのことはあるようじゃ。わらわの“うーじ”を見てなにか納得しておったわ。あれは、少なくともこれが武器だということは勘付いておるの」




