129:飛翔
「というわけで、冬の間の出稼ぎにハーグワイ共和国に行く」
キメ顔で宣言した俺に、のじゃロリ姉さんはノーリアクションで香草茶を差し出す。ミルリルさんは料理上手で、つい食べ過ぎてしまうのが問題ではあるのだが、満ち足りた食後のお茶がとても美味い。
「前からいうておった“冒険者ギルド”じゃな?」
「うむ。止めてくれるな男の夢じゃ」
「なんじゃ、そのフンカフンカと鼻息荒いドヤ顔は。わらわの真似か。他人事として見るとハラ立つのう。そんなことより、冒険者というても具体的には何をするのじゃ?」
「ええと……よく知らんけど、たぶん魔獣を狩って解体して肉やら皮やら魔珠やらの素材を売ったりするんだと思うぞ? あと商人の護衛とか鉱石やらの採集とか? ダンジョンとかあったら、そこに潜って魔獣狩りしたりするんじゃないのかな」
「そんな面白そうなことを止めるわけがなかろう。当然わらわも行くのじゃ」
「そういってくれると信じてたよ。さすがミルリルさん頼りになるぅ!」
「だったら最初から誘えば良いものを、なんでおぬしは時々そう持って回ったことをするのじゃ?」
いや、調べても共和国や冒険者ギルドについては何の情報もなかったんで、自信満々に誘うのは憚られたのだ。
メレルさんの商人ネットワークも冒険者についてはあまり接点がないらしく、いざ行ったはいいけど後で残念な結果になる可能性もないではない。
ほぼ無計画なことを白状すると、呆れ半分でミルリルさんは荷造りを手伝ってくれた。
とはいっても“持ってく物をまとめる”というより“置いてく物を降ろす”方がメインなのだが。
使い道がない上に冬用タイヤもチェーンも買ってない装輪車両は軒並み用無しだし、戦車はそもそも収納してない。戦争しに行くのではないのだから、銃器も必要なものはたかが知れている。機材も資材もついでに王国貨幣も、ほとんどケースマイアンに残して、収納にはAKMとMAC10、ある程度の食料と飲料水と防寒衣類と冬用野営具くらいだ。
春には帰って来る予定だから、野営も緊急用だ。好きこのんで冬の野外で寝る趣味はない。
「共和国には、“ひこーせん”で行くのじゃな?」
「うん。5日以内に試運転の遊覧飛行だっていうから、それに便乗して共和国の国境近くまで送ってもらう」
冬季のケースマイアン周辺で天候が荒れることはあまりないが、共和国との間には最大6百mほどの山脈がある。その辺りを通過するにあたって出発日の調整が行われた。
4日目の午前、試験飛行を決行するとの連絡を受けて暗黒の森に向かうと、森を切り開いて作られた飛行場に全長50mほどの飛行船が係留されていた。
新造飛行船トルネード号(リンコ命名)のバルーン部分には、白地に大きな三つ巴のようなマーク。どうやら竜巻であると同時に、獣人・エルフ・ドワーフの紐帯を示しているのだとか。
「人間は?」
「おぬしもリンコも、わらわたちを巻き上げる竜巻そのものじゃ」
なにそれ、ひどい!?
そのリンコとドワーフ技術陣、それにエルフと獣人の希望者と俺たちを乗せたトルネード号は、寒いので簡略化されたセレモニーの後えらくあっさりと呆気なく離陸した。
「「「「おおおおぉ」」」」
飛んだ、という感動もあるにはあるのだが、スムーズ過ぎてイマイチ実感がない。地上で手を振っていた人たちが豆粒ほどになると、飛行船はたちまち高度と速度を上げて上空の風に乗る。
「少し南に流れてる、当て舵左10度」
「了解じゃ」
船長リンコの指示のもと、トルネード号は操縦性と機動性のテストを行い、風上に向けての飛行も試す。
「当機は現在、ケースマイアンの東南20哩の位置を東に向けて飛行中。目的地ハーグワイ周辺までは四半刻でございます。あ、皆様、右手をご覧ください」
バスガイド調のリンコのアナウンスに目を向けると、遥か彼方で雪に埋もれ、廃墟のようになっている荒れ地が見えた。
「秋口の疫病発生で人口7名になった元・王都でございます」
ああ、うん。すごいね。怖い怖い。わかったから、みんなこっち見んな。
「魔王の祟りじゃな。自業自得じゃ」
「わしもそう思うぞ」
「私もだ」
「俺も俺も」
そうだな、うん。揃って拝むのやめてくれるかな。良い子には祟らないから。つうかそんなチカラないから。




