128:冬来りなば
「ミルリル! 大変だ!」
ケースマイアンの城壁内に確保した小さな一軒家。狭いながらも幸せなマイホームであるそこに駆け込むと、のじゃロリさんはキッチンから顔を出して怪訝そうな顔をする。エプロン姿もなかなか可愛いな。
夕食の下拵えでもしていたのか、香草と野鳥出汁の良い匂いがしていた。
「なんじゃ、ヨシュア。皇国でも攻めて来たか?」
「いや、有翼族の監視からも報告はない。そっちじゃない、東だ」
ちなみにこの家、居住区画と商業区画の境界辺りにあって役所兼集会所(兼武器庫)になっている教会からも近く、なかなか住みやすく居心地も良いのだが、それはともかくだ。
「東? 王国は問題なかろう。北部一帯は再起不能じゃ。まして東には不毛の緩衝地帯しかないぞ?」
「違う、その先だ。共和国というのがあるらしいんだが、知ってるか?」
「聞いたことはあるが、行ったことはないのう。国境まで何百哩やらあるというし、その間は魔獣の棲む森やら山やら湿地帯で、嘘か真か龍種がワサワサ出るそうじゃ」
「なにそれ怖い……いや、とりあえずその話はどうでもいい。共和国にはな、冒険者ギルドがあるんだ!」
「……は?」
◇ ◇
話は、少し遡る。
ドワーフの工房でリンコの飛行船が完成したと聞き、完成のお披露目を兼ねた遊覧飛行を行うことになったのだ。
問題はその目的地だ。
暫定的とはいえ周辺国は全て敵国であるし、王国も友好関係にあるのは南部貴族領が中心になる。ルモア公爵の叛乱軍というか革命勢力というか、彼らが平定したとはいっても、ケースマイアンから比較的近距離にある王国北部は、未だ敵対勢力が残った状態ではある。
「飛行船だから、気嚢に充填しているのは強可燃性のガスでね。伏兵から攻撃魔法でも喰らえば爆発しちゃう」
「高度を上げたらどうだ? 攻撃魔法の射程がどのくらいかは知らんけど」
「最大射程なら半哩はあるよ。今回の飛行船はゴンドラが密閉式じゃないから、そんな高度じゃ凍えちゃう。酸素も用意してないし」
遊覧飛行はしたいが飛ぶ先が決まらないと。
ああでもないこうでもないと鳩首凝議を続けていた俺たちに助け舟を出したのは、獣人商人のメレルさんだった。
「東はどうですか?」
上品な公家顔狐獣人の彼は、皇国で長く商会を経営してきただけあって知識も経験もコネクションも幅広い。
「東って、なんかありましたっけ?」
「何もないですね。国境まで5百哩ほどですが、その東半分は魔獣群の暴走対策の緩衝地帯です。集落もなければ街道も通っていません」
「その先は、ええと……海?」
「海岸線までは、さらに5百哩ほどあります。大陸の東端はハーグワイという共和国ですよ」
聞いたことがあったような、ないような。
ざっと見渡した限り、ドワーフの誰も共和国についての知識はなさそう。かなり物知りのはずのハイマン爺さんまで、あまり詳しくはないようだ。
「交易もなければ人の行き来もないからのう」
俺も当然、知らない。そもそも敵対していない勢力はノーマークだ。亜人の同胞たちが逃げ込んでいるのでもなければ、調べもしない。
「この大陸では、魔王領と交戦していない唯一の国ということになりますね」
「いや、攻めて来なければこちらも攻撃しませんけど」
問題は、そんな勢力が共和国以外にないってことなんだが。
「暗黒の森を越えた大陸北端に港町があると聞いたが、それはどこの国なんじゃ?」
ハイマン爺さんの質問に、メレルさんは水を付けた指でテーブルに簡単な地図を書く。
「いまは皇国領ですが、ほんの百年ほど前まではそこも共和国領だったんですよ」
かつて共和国は大陸の北東から南東まで海岸を覆うような縦長の大国だったらしい。独自文化を持ち無類の海戦能力を誇ったが、陸戦力と魔導師の育成に無関心だったため次第に皇国からの侵食を受けて領土を削られていったと。
「意思決定は国民議会で行う、常備軍を持たない国なんです。その代わりに必要なときは傭兵や冒険者を雇用しますが、皇国正規軍と交戦となるといささか分が悪い……」
「あ、ちょっと待った!」
俺は手を上げてメレルさんの発言を制する。
「いま、冒険者っていいました?」
「はい。そのためのギルドという組織制度があって、雇用主との調整を図るのだとか」
「……それだ」
マイドリーム・カム・トゥルー!




