127:雪のなかの平穏
王都を吹き飛ばした俺たちは、数キロ北上した後でスクールバスのトラジマ号に乗り換えた。そこからはゆったりとケースマイアンまで安楽なドライブだ。
無傷での戦勝とはいえ変わり果てた敵と彼らの最期を目にして歓声を上げるように気分にはならず、言葉少なに無事を喜び合った。
その後は、何事もなかった。
周辺国のどこからも、侵攻どころか接触すらなかったのだ。使者も密偵も文書も停戦の打診も、なんにも。
王国平定後に南部貴族領ルモア公爵とエルケル侯爵から聖都での戦勝祝いが届いただけだ。
俺は返礼の品をいくつか見繕って手紙に添えた。
まさか銃器を送るわけにもいかず、かといって貴族が喜ぶようなものなど知るはずもなく。セレブリティとの付き合いに慣れた(と少なくとも本人は主張している)サイモンからのアドバイスで機械式自動巻の腕時計と最高品質のシルク生地、それと高級酒を贈っておいた。
「こっちじゃ工業製品より手工芸品の方が高級なんだけど、向こうじゃ逆だから難しいなあ」
シルクと酒はともかく時計は価値が理解されるかも怪しい。時制も違う上に工業力の進化方向も掛け離れているため奇妙な魔道具という程度の認識になるかもしれんが、それはそれだ。
静かに秋が深まるなかで、ケースマイアンの住人たちは冬に向け食料や衣料品の蓄えと住居の整備を進めていった。
◇ ◇
「「「きゃきゃきゃきゃきゃーッ♪」」」
ケースマイアンにも冬がやって来た。
思った以上に降雪量は多く、風の通り方にもよるが平野部の吹き溜まりなどでは積雪が2m近い。
この世界ではどこの国でも積雪が始まると集落の周囲10哩ほどしか移動しなくなるそうだ。その移動にしてもほとんどが狩りや燃料の調達であって、都市間の移動は絶える。
わずかな行商の行き来はあるが、よほどの用でもない限り無駄な危険を冒してまで遠出をするメリットはないのだ。
「秋のうちに居住区の整備を済ませておいて正解だったな」
予想以上のペースで増え続けた住民が全員問題なく暮らせるだけの住居を確保するのは大変だった。それも、雪が降り出す前にだ。
空気が乾燥しているせいか温度が低いせいか、この辺りの雪は細かな粉雪で、城壁内でも廃墟に近い家は吹き込んだ雪に室内まで埋もれて使い物にならなくなるのだ。
初雪がもう少し早かったら、車両用に作った倉庫で集団生活という被災地の体育館暮らしみたいな状況になるところだった。
「それにしても危ないところじゃ。ドワーフの連中は、ずっと戦車にかまけておったからのう」
俺たちも他人のことはいえんけどな。目先の作業やら興味やらに囚われて、冬支度はかなりギリギリだった。
「「「ひゃあああぁーッ♪」」」
「よしゅあー、次あっちー!」
「もっと速くー!」
「おーし、行くぞー!」
「「「きゃぁーッ♪」」」
いまの俺がなにをしているのかとといえば、獣人とドワーフのチビッ子たちが乗った大量のソリを引いて平野の外縁部を走り回るという重要な作業の真っ最中だ。
皇国技官(兼、本人曰く“ハズレ聖女”)のリンコが再生した騎乗ゴーレムに乗って、だが。体力はないので、雪のなかを生身の身体で駆け回る元気はない。
“ヨシュア、調子はどう?”
「おう、快調だな。慣れるまでは大変だったけど、いっぺんコツを掴むと楽なもんだ。車よりよっぽど簡単だ」
“まあ、操作はそうかも。でも姿勢制御用のアクチュエーターが大量に積まれてるから魔力をバカ食いするんだよね。それやってたら魔力量かなり上がると思うよ?”
「良いトレーニングだな。リンコもやってみたらどうだ?」
“運動嫌い。寒いのも苦手”
わかりやすいくらいにインドアな聖女様である。
皇国から越して来て以来、リンコはドワーフの工房とエルフの診療所を行き来して、すっかりケースマイアンに欠かせない人材になった。
飄々として分け隔てない性格は人種や性別を問わず人気を集めている。
特に子供からは容赦ないくらいに懐かれまとわりつかれて、ただでさえ少ない体力を根こそぎ奪われるのも日常茶飯事だ。本人も子供好きらしく満更ではなさそうだが。
「リンコは、いまは何を作っておるのじゃ?」
モコモコの防寒服に身を固めて、複合素材ゴーレムの頭に腰掛けたミルリルさんが声を掛ける。
胸部ハッチは開いたまま通信はオープンなので、声だけは双方向に繋がっている。町や車両や施設のあちこちにリンクしたこの通信網もリンコが片手間に開発し整備したものだ。
“う〜ん、多すぎて何とはいえないかな……ドワーフの爺ちゃんたちと盛り上がってノリで作り始めちゃったのも多いから。もうちょいのとこまで来てるのが雪上車とロープウェイと給油設備、あと蒸留釜と飛行船”
ビックリするほど脈絡も関連性もないラインナップを多様に大量に作ってるな。あいつ前世はドワーフか。
“ああ、今日明日には露天風呂が完成するわ”
「おおお、すげー!」
ケースマイアンは確実に着実に前へと進んでいる。俺も春までに何が出来るか、考えなくちゃいけないな。
そして、春からどう生きなければいけないかもだ。




