125:王都再び
世界最大最強を謳うサリアント王国の首都。
かつて数千年の昔その地を統べた初代国王の名を冠しケヒミニアと名付けられた。
いまは、ただ“王都”とだけ称されている。
長い歴史のなかで王家の血が幾度も断絶し、系譜を引き継いだ傍系あるいは外部の血を持った縁者が過去を隠蔽し改竄した結果なのだが、それを知る者も、もういない。
「愚かなことだ。過去を忘れた者に未来などないというのに。そうではないか、サリアントの王よ」
王城の上層階。ひと気のない謁見の間で、墨色の軍服を纏った長身痩躯の人物が玉座に座る王を振り返った。
「……ケヒム、殿。……何の話を、している」
ケヒムと呼ばれた男は怯え媚びへつらうような王の言葉に、小さく息を吐く。
「わからないかね? 聖都ケヒミニアの再生の物語だよ。再征服の物語といってもいい。神の加護を受けた祝福の地を蛮族から取り戻し、光に溢れた豊穣の楽園に作り変えるのだ。その一歩が、いま始まろうとしている!」
王が座る玉座の隣には、王妃と王女が亡霊のように立っていた。顔に血の気はなく、肥え太っていた肉も削げ落ち、眼はどんよりと濁っている。
ケヒムの言葉に何の反応も示さず、ただぼんやりと宙を見つめるだけ。
「……皇国は、援軍を……送ってきたのか」
「援軍? まさか」
両手を広げて明るく笑みを浮かべたケヒムの言葉に、王は落胆の色を隠せない。しかしその態度にもまた何の関心も示さず、軍服の男は高らかに宣言した。
「彼らは神軍だ。何も恐れず、怯まず、疲れることも命令に背くこともない、神の奇跡を体現した無敵の兵だ!」
自分の言葉に酔っているかのごとくひとりで話し続けるケヒムに、王は小さく溜息を吐いた。
「……その、無敵の……兵は、“魔王”を……倒したのか」
「いずれその報せも入るだろう。焦る必要はない。背信者は永遠の煉獄に、敬虔なる者たちは神の御許に送られる。それは全て、既定事項でしかないのだからな」
「国王陛下に、ご報告!」
衛兵が駆け込んできたのを見て、ケヒムは満足げな顔で頷く。
「見たまえ、サリアントの王よ。神の兵たちが齎した戦果を。皇国は既に欲や得に盲いているのだ。我が功績を正当に評価する知性も器量も持ってはおらん。騎乗人形部隊が擦り潰されたからといって、それがなんだというのだ。出自の卑しい蛮族や平民の血を引く成り上がり貴族ではないか」
興奮に我を忘れつつあるケヒムの姿に、王と衛兵は不安げな視線を絡ませる。
ふだんは知的で冷静で寛大な姿を演じてはいるが、元皇国軍最高司令官ケヒム将軍の精神は日を追うごとに安定を欠いてきていた。
それが母国で更迭され糾弾されたときからなのか、腹心の部下に暗殺されかけ王国に亡命したときからなのか、それとも最初からだったのか。
もう誰にもわからない。
わかっているのは、最後の細い糸が切れるときは近いということだけ。
「ほ、報告を、させていただきたい」
衛兵の言葉にケヒムは両手を広げ、芝居掛かった笑みを浮かべる。
「いいだろう。済ませたまえ。魔王討伐の任を完遂したという報告であろう?」
「いいえ、それが。……国王陛下ならびに将軍閣下は、魔王からの降伏勧告を、受けております」
ぶるりと、ケヒムの頰が痙攣した。目が見開かれて狂気の光が宿る。笑みに似た弧を描いて、唇が震えて泡混じりの唾が飛び散る。
「殺せッ、押し包んで、皆殺しにしろッ。魔導兵器の、し、使用も許可する。軍使も! 兵も! 将も! すべて、すべてだッ! 聖都に踏み入る魔族と蛮族は、残らず! 肉片に変えよ!」
遠雷のような音が響き、ケヒムが背にした窓の外が、光った。
◇ ◇
「前進!」
T-55の2号車(白い方)の車長席で、ドワーフのカレッタ爺さんが手を振る。
王都の正門は既に戦車砲で吹き飛ばされ、残骸は戦車の履帯で踏み砕かれている。抵抗しようとしたらしい兵たちはミルリルさんの45口径で一瞬のうちに無力化され、残りは巨体が突き進んでくる様を見ただけで戦意を喪失してしまった。
後方から同じくT-55の1号車(緑)の車長席で、ドワーフのハイマン爺さんがぎこちない運転の新人操縦手に檄を飛ばしている。
「何をしとるんじゃファロン、2号車に続け! 遅れとるぞ、もっと踏まんか!」
「い、いぇっさー!」
3号車と便宜的に名付けられた改装T-55、チラン(サンドベージュの装甲兵員輸送車型)にドワーフのベテラン操縦手を引き抜かれたので急遽新人を抜擢したらしいのだ。
その子もドワーフで3両とも搭乗員はみんな遠縁を含めて親戚関係にあるとか。
趣味が似通っているのかね。
ちなみに、3号車の砲塔部に設置された防盾内の機関銃手にはエルフのミーニャが付いている。
なので俺は今回、お飾りとして立っているだけだ。隣には護衛としてUZIを構えたミルリルさんが控えてくれている。
「王都への、凱旋じゃの」
「ああ。意外な大所帯になっちゃったけどな」
出たときと同じく、ふたりでふらりと戻ろうと思っていた王都詣計画はミーニャからあっさりと看破され、あっという間に総勢12人の大旅行になってしまった。
敵の親玉に会うのなら、こちらも最高戦力をお披露目するしかないだろうと早々にT-55を収納させられてしまい、ケースマイアンからの300kmを戦車で走るわけにもいかないので往復はスクールバスのトラジマ号。運転手役を務めた虎娘ヤダルは戦車に乗り換えた後、3号車チランの護衛を兼ねた汎用機関銃MAGの装弾手だ。
「いまは“聖都”だったかのう。誰がほざいているか知らんが、戯けたことを抜かしたもんじゃ。この薄ら寒い街に、聖なる要素など微塵もないわ」
実際、話に聞いていたのとは随分と印象が違う。たしかに魔力光による照明は焚かれていたのだが、通りにひと気がないのだ。
「停車!」
事前の打ち合わせ通り、王都中央広場で3台の戦車が停止する。2号車は貴族会議事堂のある左向き、1号車は国軍本部のある右向き。3号車チランは車体を正面の王城に向けている。
何事かと姿を見せる者はいるが、戦車の脅威を知っているのか只事ではない雰囲気に呑まれているのか、誰ひとり近付いては来ない。
「脅威は排除。こちらからは手を出すな」
“““了解”””
「ヨシュア、待て」
ミルリルさんがこちらに双眼鏡を手渡し、数百メートル先の王城を指す。城の上階にあるテラスに、男が立っているのが見えた。黒い軍服を身に着けた痩身の男。
「あれが、皇国軍の将軍とやらじゃな」
「おいおい、王城というのは、王と王族が住む場所じゃないのか? 式典でもないのに侵攻国の将軍を引き入れるなんて、結託の意思表示してるようなもんだろ」
「それだけ王から信用されているか、それだけ王を軽く見られているかじゃ。十中八九、後者であろうがのう」
将軍の後ろからのそりと現れたものを見て、俺たちはそのどちらも間違っているとわかった。
「なん……じゃ、あれは」




