124:パーリータイム
……ストック切れでチキンレース状態でござる。まだ頑張る!
ケースマイアンの平野部には外縁部のあちこちで解体ブースが作られ、体長20mを超える地龍が食肉用にバラされていた。
「「「「わぁああ……♪」」」」
平野部の中央近く、居住区画として整地されたサッカーコートふたつ分ほどの平地では竃に火が焚かれ、巨大なドラゴン肉がじゅうじゅうと脂を焦がしながら美味そうな匂いを立ち上らせている。
「うひゃひゃひゃひゃ……!」
戦勝記念やら南部侯爵領からの移民歓迎やら地龍討伐記念やら魔王就任記念やら、ひとによって意識と名目は違えどテンションの高さは同じである。
俺は知らなかったが、地龍は“もんのすごーく”美味いんだそうな。
「うぉッ、ホントに美味い!」
こんがり焼けた地龍のリブ肉にかぶりつくと、ジュワッと迸るスパイシーでジューシーな肉汁に圧倒される。有翼龍も地走龍も美味かったけど、地龍の美味さは完全に桁違いだ。
肉質は最上級の赤身。巨体なだけに繊維は粗めで少しクセはあるが、それによって風味と旨味に奥行きと広がりをもたらしている。これは、噛めば噛むほど美味い。
「うむ、龍種はヤバい奴ほど美味いのじゃ。無茶する者が出ると困るので、ここだけの話じゃぞ」
ああ、ミルリルさん。お客さんでいっぱいの主賓席でそんな大声でいうてたら、ここだけもそこだけもないですがな。
これは、かなり酔ってますな。
「いえ、妃陛下。一般的には天災とされる地龍に挑むのは自殺行為ですから、無茶するにしても、もう少し小型の龍かと」
有翼族のルヴィアさんが苦笑しながらミルリルに突っ込む。こちらも少し酔っているようでほんのり上気した頰が色っぽい。
地龍クラスにもなると肉が最高に美味いだけでなく、体内魔力の蓄積が凄まじいので魔力向上効果もすごいのだそうな。
運が良ければ加護やら付加やらの恩恵もあるとかいうが、そっちの話は俺にはイマイチよくわからん。
「なんだろう、牛でも豚でも羊でもない……クジラ肉が少し似てるのかな」
「くじら、というのは知らんが、地龍の肉は地龍の味じゃ。他に似ているものは……せいぜい古龍くらいじゃな」
「古龍って、ミルリル食ったことあるの?」
「あるわけなかろうが。地龍も今回が初めてじゃ。さらにいえば有翼龍も地走龍もケースマイアンで食ったのが初めてじゃ」
「じゃあ味が似てるかどうかなんて、わかんないだろ?」
「地龍と古龍は同源じゃ。他の龍種とは、鱗や内臓の組成が違っておる。長く生きた龍種が山に籠ると地龍になり、昇天すると古龍になるという伝説があるくらいでな。実際、太古の昔に枝分かれした生き物だとは聞いておる」
……あれ? なんかそれ、どっかで聞いたぞ。というか、見た。そう、怪物に鑑定を掛けたときに。
「……蛟竜だ」
「みずち、ですか?」
「初めて聞く名前ですね」
ルヴィアさんもオーウェさんも、周囲のみんなも聞いたことがないらしい。
「おお、前にヨシュアがいうておったな。ケースマイアンの外掘に入ってきよった水棲魔獣のことじゃ」
外堀で泳いでいるのが龍種だと聞いて、みんな呆気に取られていた。そらそうだ。
ミズチって、ドワーフのハイマン爺さんが名前だけは知っていたんだけど、彼はかなりの物知りみたいだしな。
「水に棲む蛇の魔物が何百年か育つと蛟竜になって、また何百年か育つと空を飛ぶ巨大な龍になるとか鑑定に出てたな」
「そのミズチという水棲魔獣も美味いのかのう?」
美味いかどうかは知らんけど、あれには近付かない方が良いと思うな。
人語を解して、戯れに人を殺し、変化の術を使い、怒ると毒を吐く、とかなんとか出てたし。まず見た目がキモいし。
◇ ◇
今回の宴会は準備段階で俺がいなかったので、ケースマイアンと暗黒の森で狩猟採集した素材が中心になっている。
いつの間にやらドワーフやエルフの伝統的な果実酒や火酒も作られていたらしく、それが今回の宴のために惜しげなく提供されていた。
狩猟採集だけでなく、耕作地も少しずつ広げられていて、今後は自給自足が出来るように考えられているようだ。
王国や諸部族連合との交易は、しばらく難しそうだしな。
「なあ、ミルリル。いま気付いたけど、なんかひと多くないか?」
「そうじゃの。コーネル、どうなっておるのじゃ?」
「ああ、ケースマイアンの住人は日に日に増えてるな。噂が広まって、各地から避難民が入ってきているからな」
「噂?」
嫌な予感がして目を泳がせた俺に、地龍の塊肉を齧っていたクマ獣人のビオーが笑う。
「自分のことなのに、知らんのか。“無敵の魔王が降臨して、亜人の楽園を築いている”って、皇国の北端から諸部族連合の西端、王国の南端まで鳴り響いているそうだぞ?」
なにそれ。ていうか、誰それ!?
「あとは暗黒の森の北と、王国の東にあるなんだか共和国に届けば大陸制覇だな」
「やめて、恥ずかしくて出歩けなくなる」
ともあれ、気付けばケースマイアンの人口は6百に届こうとしているのだそうな。これからの増加も見越して、いま平野部では住環境の整備と食料確保の算段が進められている。
冬に備えて食事が節約モードになっていたところで地龍の肉が手に入ったため住民たちのテンションは一気に上がってしまったということだ。
「そっか、ちょうど良かったな。まだ有翼龍と地走龍の肉もあるから、保存食として加工しておこうか」
非常用に保存食や穀物類の購入も考えておこう。
「いや、王国軍から奪った物資だけでも今年の冬は問題なく乗り切れる。春からは農業が始まるから来年も……問題はないと思うぞ?」
コーネルがわずかに口ごもった間の意味はわかる。
戦争さえなければ、ということだろう。
王国も皇国も諸部族連合も、わずか200哩(320km)やそこらの場所に魔王が現れ急速に勢力を広げていれば、それは攻め込まずにはいられないだろう。
「なあ、ミルリル」
「そうじゃの。わらわも、少し気になっておったのじゃ」
「……まだなんにも、いってないですけど」
「おぬしの場合、みんな顔に書いておるのじゃ。要するに、あれであろう?」
ミルリルは他の皆にはわからないように少しだけ視線を南に向けた。
「どこぞの阿呆がなにやら僭称しておるが、目障りな俗物どもには挨拶してやらんとのう」
うん。やっぱり、通じてた。良いか悪いかはともかく。
俺はもう一度、王都に戻る。借りていた物を返すために。




