123:帰途
戦闘のあった丘から数百mを走ったところで、俺はチランを停車してもらい、銃座から降りる。
「ミルリル、もういいだろ」
「……おう、そうじゃな」
ケースマイアンまでは60哩、だっけか。100kmかそこらだ。
有翼族オーウェさんの上空監視によれば、帰路に敵影らしきものは確認されていない。皇都に向かう東ルート、俺たちが使わなかった側の街道には阻止線を張る皇国軍の兵が500いるというが、もうそんなもん知ったことか。
「オーウェさん、馬車はどうなりました?」
“ケースマイアンまで30哩のところで有翼族のメイヴが止めました。瀕死のオークは獣人男性が皇都に向かう街道沿いに活けてくるそうですが、まだ効果の程は不明です”
「地龍は」
“現在、南南東に20哩、東西の街道の中間くらいでしょうか。臭気を見失って迷っているようです」
「ありがとう。結果はすぐに出る。出なかったとしても、結末は同じだ」
“御意”
ウラルの側車付バイクに乗り換え、大活躍してくれたチランを収納する。
この頑丈な車体がなければ、きっと早々に死んでいた。身体が無事でも、きっと心が壊れていた。
開けた場所で500の正規軍を相手に戦うには、銃器を持ってすら相手に匹敵する数の兵がいなければ話にならない。無防備な民間人を守りながら戦うなら、敵を超える数が必要だし、それでさえ犠牲は覚悟するべきなのだ。
今回の勝利は、あまりに限定された状況で今後の参考にならない。セオリーと照らし合わせても意味がない。
ケースマイアンの戦力は、歪すぎる。
俺とミルリルはバイクに乗って車列を追う。
しばらく走ると、ウラルの軍用トラックの尻が見えてきた。パッシングしてクラクションを鳴らし、横を抜けて前に出る。200m前後の車間を開いて、その先を走るクマ顔バスに追いつく。
「向こうに乗るか?」
「もう少し風に当たりたいのじゃ。良かったら、ケースマイアンまで先行してくれぬか」
「お安い御用ですよ、妃陛下」
クマ顔バスを抜いて、俺たちは街道を走り抜ける。風を受けて走り続けるとモヤモヤした思考がバラけて溢れ落ちてゆく。バイクは不便だけど、一種のリラクゼーションとしては悪くない。
ケースマイアンの入り口が見えてきた。平野部の外縁、外堀に架かる橋のたもとに住人たちが出迎えに出てくれていた。
「「「おかえりヨシュアー」」」
「お帰りなさい、魔王陛下」
「お仲間は無事だったか?」
みんな口々に労いの言葉を掛けてくれる。ふいに涙が出そうになって、俺は手を振ってバイクを先に進めた。
整備され始めた居住区の端で、建築重機に腰掛けたハイマン爺さんが待っていた。
「ご苦労じゃったのう、ヨシュア。嬢ちゃんもじゃ。えらい活躍だったと聞いておるぞ?」
「ほんの4〜5日、様子を見に行くだけのつもりだったんだけどな」
「王都は、もう魑魅魍魎が入り乱れてグチャグチャのようじゃの。巻き込まれるのも道理じゃ。メレルがいうておったが、王国は大小7つの国内外勢力が好き放題に食い散らかしておるそうじゃからの」
「そのなかには、ケースマイアンも入っているのか?」
「無論じゃ。わしらは真っ先にかぶりついたことになっておるわ」
俺は苦笑して首を振る。爺さんは手を上げてなにやら上空の有翼族にサインを送っている。
「客じゃ。ヨシュア、“とらっく”と“ばす”を入れたら、橋を外して皆を奥まで送ってくれんか。わしらはあやつを歓迎してやらんといかんのでな」
爺さんが平野の外縁部に手を上げると、南端の東西両側で待機していたT−55が白煙を吹きエンジンを始動するのが見えた。
「地龍か」
「そうじゃ。残念ながら、皇都への誘引は失敗だったようじゃの。南南西20哩、こちらに向かってきよるわ」
「ああ、仕留める余裕がなくてな。すまん」
「なあに。見ておれ、瞬殺してやるわい」
戦車長の顔になったハイマン爺さんが踵を返し、足早に立ち去る。
「じゃあ、俺も……」
「ああ、魔王陛下。下々の仕事を奪うのは、おぬしの悪い癖じゃ」
ミルリルにいわれて、俺は避難民の収容支援に回る。まずは橋を渡ってケースマイアンの敷地に入ったクマ顔バスとウラル軍用トラックを、バイクで先導して渓谷入り口まで移動させるのだ。
狭く息苦しい車内やコンテナから解放されホッとした顔で振り返った避難民たちが見たのは、飢えた眼をしてこちらに迫り来る体長70尺(20m強)はある地龍の姿だった。
「「「「ひゃああぁ……」」」」
押し殺したような絶望の悲鳴を合図にしたかのごとく、戦車砲が発射され地龍の頭を両側から吹き飛ばす。
胴体を狙わず小さな頭に当てたのは砲撃の訓練というだけでなく食肉を確保しようという思惑が見え隠れする。地龍も美味いのだろうか。
「「「……え?」」」
よくわからない、といった表情で避難民たちは眼を泳がせ、答えを求めるようにその視線はやがて俺とミルリルに集まった。
「いままでの常識は捨てよ。ヨシュアと一緒に過ごすのであれば、そんなもの疲れるだけじゃぞ?」
ひでえな、もう。
俺はにっこり笑って、新しく仲間になった獣人とエルフとドワーフの人々を迎える。
「ようこそ、ケースマイアンへ」




