122:蹂躙の代償
おかげさまでPV500万を超えました。感想も楽しく読ませていただいてます。読んでくれたみなさんに感謝。
その丘は左右に豊かな森が広がり、頂上までは緩やかな坂が1kmほども続いていた。
森の手前側には灌木が点在し、色とりどりの花が咲き誇っている。これがピクニックの途中であれば、思わず足を止めてお茶でも飲みたくなるような、長閑で美しい風景……
……だったのだ。
「「「「うおおおおぉ……!」」」」
坂を埋め尽くすような歩兵の大群が、左右の森の奥から俺たちの車列に向けて駆け下りて来る。
開戦前に射程外から仰角で撃ち出したMAG汎用機関銃の掃射で百近い兵が死亡、もしくは行動不能になっているのだが、敵には怯んだ様子もない。
友軍の死体を乗り越え、あるいは踏み潰して全力で前進し続ける。行く先にあるのは、俺とミルリルの乗ったチランAPCだ。
「ヨシュア、左じゃ!」
「見えてる、任せろ!」
坂の下にある茂みからは重装騎兵が躍り出て、こちらの横腹を突こうと突進して来た。
この世界の戦争、前いた世界でも近世以前の戦争としてはセオリーに則っているのだろう。だが、メスとはいえ戦車が相手では何の意味もない自殺行為だ。
長槍を構えた屈強な男たちは胸甲に小銃弾を食らって次々に落馬し、後続を巻き込みながら血を吐いて死んで行く。
弾帯交換の間を繋ぐかのようにミルリルが細かく軌道修正を掛け、チランAPCの巨体が兵たちを牽制し突き進んで行く。
嬌声に似た雄叫びを上げて向かって来る兵たち。彼らの目には、既に何も映っていない。
怯んでいないのではない。既に自分が死ぬことを、既定事項として受け入れているのだ。
こちらを注視する暗く淀んだ沼のような眼を見ながら、俺は再び銃弾を送り込み始める。
「ぎゃッ、あ」
車体前部でメリメリベキと重甲冑が轢き潰される音が、悲鳴と怒号と銃声の合間を縫って俺の耳に届く。
立ち塞がる全てを文字通りに蹂躙しながら、チランAPCは迷わず前進し続ける。
敵と最初の衝突をして以降、ミルリルは必要な指示以外で声を上げなくなった。そんな余裕もなければ、そんな必要もない。
俺たちは何があっても、避難民たちを無事に送り届けると決めた。立ち塞がる敵があれば、それを叩き潰すと決めたのだ。
チランの巨体が前進するたびに、巻き込まれた敵は挽肉より酷い状態になって果てる。人体どころか馬までもが轢き砕かれ磨り潰され、血肉をぶち撒けて地面に赤黒い色を広げるだけだ。
彼らの剣も槍も鏃も攻撃魔法も、俺たちの乗るチランには引っ掻き傷さえ刻めないまま弾かれ、轢き潰される。
家族を人質にされているのか心を操られてるのかは知らない。もはや眼前に迫る鋼鉄の化け物に敵うはずもないことはわかりきっているだろうに、皇国軍兵士はただひたすらに前進し続ける。
避けることも後退することも許されない彼らに、死から逃れる術はない。
「「「おおぉおぉ……」」」
怨嗟に満ちた低い唸りを上げ、死相を露わにした男たちが押し寄せてくる。恐怖と怒りと憎しみに歪んだ顔が迫り、車体の下に巻き込まれて消える。
それをスリット状の窓から見つめ続けるミルリルは、いつしか操縦手席で全身を強張らせるようになっていた。
心を麻痺させないと、帰ってこれなくなる。
銃座で汎用機関銃MAGを操作し敵を薙ぎ払い射殺し続ける俺でさえ、腹の底に重くどんよりした澱のようなものが溜まって行くのを感じている。
「ミルリル、前進だ! 丘の上まで出ろ!」
「了、解……じゃ」
チランAPCは車体左後部にある排気管から煙を吹いて、緩やかな坂を登り始める。左から出てきた槍兵部隊をMAGの掃射で倒し、頂上近くから雨のように矢を射掛けて来る弓兵部隊に7.62ミリの鉛玉で返礼する。
坂の頂上、街道の中央には遺棄された指揮官の幕営が残っていた。ミルリルは車両ごと真っ直ぐそこに突っ込んで積み上げられた物資を撥ね飛ばし、踏み潰す。
「……この期に及んで遁走などと、ふざけるでないぞ、下郎ッ!」
街道の奥に、走り去る騎馬の男たちが見えた。おそらく皇国貴族なのだろう。彼ら指揮官たちは装備を捨て、必死で逃げていた。
死兵となって俺たちに向かってきた、部下たちを見捨てて。
不自然なほど低く硬質な声で、ミルリルが叫ぶ。
「ヨシュア、絶対に逃すな!」
「おう!」
1哩ほどはあっただろうか。MAGから吐き出された7.62ミリ弾が逃げて行く男たちの背中に着弾すると、彼らは馬から転げ落ちて動かなくなった。
丘の頂上でチランを停めると、ミルリルはその場で180度の超信地旋回を掛ける。
敵兵からすれば逃げ道を塞ぐように見えただろうが、もはや抵抗する意思を持った兵はいない。
車内の操縦手席から出てきたミルリルは、肩に掛けていたUZIを構えて俺のいる銃座の横に立つ。
「貴様らの指揮官は陣と兵を見捨てて逃げ、魔王によって討たれた! 降伏せよ! 武器を捨てん者は、殺す!」
皇国軍の残党は、武器を捨ててへたり込んだ。
なおも条件反射のように向かって来ようとする兵士を、UZIの銃弾が貫く。
生き残った者は、20にも満たない。捕虜を取る気もない俺たちは、何処へでも逃げろと伝えて解放した。
「……わらわは、こういう役目には、向かんのかもしれんのう……」
年齢相応の細く弱々しい声が、俺の耳にだけ届く。
「俺もだよ。でも、この役目を他人に押し付けるのも違う気がしてな。……お前には本当に感謝してるよ、ミルリル。俺ひとりだったら、ずっと前に潰れてた」
俺は寄り添ってきたドワーフ娘の頭を抱え込んで、通過するクマ顔バスとウラル軍用トラックを見送る。
よくやったなと声を掛けてくる仲間たちに手を振りながら、やりきれない気持ちを持て余していた。
向いてないというなら露払いの蹂躙役以前に、俺は戦争に向いてない。争いごとに向いてないし、勇ましい役どころに、ことごとく向いてない。
建前と綺麗事とお為ごかしで塗り固められた国で生まれ育った中年に、向いている役割なんてあるのかどうかもわからんけどな。
「……ああ、そうだ。“無能と思われて蔑まれてきたけど実はパラメータがカンストしてるチート冒険者”くらいか。立派にこなして見せるから、そこにジョブチェンジさせてくれよ」
気付けば心の声を垂れ流していたようだ。寝惚けた犬でも見るような目で、のじゃロリさんは俺を見て優しく微笑んだ。
「帰るぞ、ヨシュア。おぬしは、良くやったのじゃ」
「……俺たちは、だろ?」
ケースマイアンまでは、あと100哩。みんなの待つ家が、ひどく恋しかった。




