118:魔王の進撃
20km先を視認はさすがにねえだろ、のご指摘ごもっとも(というか数字は後で調整しようと仮当てのパターン多い)急遽修正!
夕刻、陽が暮れるより前に車列を停止させた俺たちは野営の準備を行い、手早く食事を済ませた。
周囲の警戒と緊急事態での撤収を最優先にして、女性や子供や老人は扉を半分だけ開けたコンテナのなかで休んでもらう。
外に軍用の大型テントを張ったが、こちらは交代で夜間の立哨を行ってもらう成人男性が寝る場所だ。
俺とミルリル、ルヴィアさんたちは防犯と緊急対処に備えてそれぞれの運転席で寝ることになる。
避難民たちの健康状態と立哨の順番を確認した後、翌日以降のスケジュール検討に入った。
参加者は俺とミルリルの他に、侯爵領の文官獣人リオノラさんとエルフの長老役(見た目はイケメン青年)のルーミエさん、それに有翼族のルヴィアさんとオーウェさんだ。
「皆ご苦労じゃった。初日の移動距離は、200哩といったところかの。序盤以外は、順調じゃ」
320kmほど。全行程でいえば4割をこなしたところだ。このまま順調に行けば、明後日にはケースマイアンに着く。順調に行けば、だが。
「しかし、車に慣れない避難民たちの疲労が大きいようじゃな。妊婦の容態が少し心配じゃ」
コンテナ内の換気と健康チェックを兼ねて小休止はこまめに取ったつもりだが、内乱と魔獣群の暴走で安全が確保できない状況では限界がある。速度は飛ばし気味になったし、起伏の多い地形だったのも密閉空間に詰め込まれた避難民たちには辛かっただろう。
「南部領は可能な限り早く通過する必要があったからな。明日以降は、少し速度を落として、休憩を多めに取るか」
「有翼族の上空監視でしたら周囲50哩程度の敵影は確認できます。安全が確認できたら、“ばす”を使う方が乗員の疲労は少ないのではないでしょうか」
有翼族のルヴィアさんが手を上げて提案してくる。
たしかにコンテナに詰められて運ばれるよりは楽かもしれん。いま手元にはウラル軍用トラックの他にクマ顔バスしかないから、乗れる人数は限られる。小柄な人で、せいぜい30人ほどか。
「妊婦と老人と子供なら乗せられるかな。でも敵影が確認され次第、またトラックに乗り換えてもらうことになるかもしれない」
「それは敵の構成によるのう。中型以下の魔獣や100名以下の兵ならば、クマ顔バスだけでも安全に突破させてみせるぞ?」
ミルリルさんがそういって、肩から下げたUZIを愛おしげに叩く。
頼もしいといえば頼もしいが、槍とか石を投擲してくる魔獣や長弓装備の兵がいた場合には、バスでは少し不安が残る。
ガラスなど簡単に貫通してしまうからだ。
「それじゃ、明日は……運転が少し大変になるかもしれないけどトラックを大きな2号車だけにして、バスを出す。トラックの助手席にはリオノラさん、ドライバーがルヴィアさんで、オーウェさんには上空警戒をお願いします」
「「「了解です」」」
「ルーミエさんは、俺たちと一緒にバスに乗ってください。避難民たちの健康管理と、できれば銃の操作を覚えてもらいたい」
「わかりました」
◇ ◇
夜間には魔獣や獣の接近も敵襲もなく、明け方から移動を開始した俺たちはクマ顔バスを先頭にして順調に距離を重ねる。
「そこで弾倉交換じゃ」
「ええと……はい、交換しました!」
「目標右前方、茂みに隠れたゴブリン2頭! 単射で倒すのじゃ」
「……了解、撃ちます!」
クマ顔バスの上部銃座からRPKが発射され、駆け出そうとしたゴブリンが青黒い体液を噴き上げて転がる。
「ほう、動く的を2発で仕留めるとは見事じゃな。おぬしはもう、ケースマイアンでも立派に射手としてやっていけるぞ?」
「ありがとうございます!」
ルーミエさんも非常事態には銃座に付いてもらえるように、と思って試してみたのだが、その結果は予想以上だった。
エルフは射手としての基礎能力値が高いのか、あっという間に銃器に慣れた。照準補正も的確で、距離300mほどならゴブリンやら有角兎を1発必中で倒せるようになった。
正直、俺より上手い。全然上手い。
昼を回った頃、南部貴族領から旧王家直轄地に差し掛かった辺りで上空警戒中のオーウェさんから通信が入る。
“北北西30哩、街道上を封鎖する……軍勢があります。正確には、国軍の敗残兵のようですが。正面に盾持ちの重装歩兵6と軽歩兵16、左右の茂みに弓兵4、騎兵2と、指揮官らしい貴族が1です。馬防柵などはありません”
「了解、ありがとう」
「突破じゃな。30やそこらの兵で魔王軍を止められるものか。オーウェ、支援は不要じゃ。念のため流れ弾が行かんよう距離を取っておいてくれんか」
“了解しました”
敵までの距離は約48km。後方100mほどにいる後続のウラル軍用トラックに連絡を取る。
「ルヴィアさん、こちらの車両は戦闘に入ります。危険はないと思いますが、念のため車間距離を倍くらいに開いてください」
“了解しました”
余裕が200mもあれば、流れ矢も届かない。クマ顔バスだけなら、攻めるも守るもどうにでもなるだろう。
「じゃあ、みんな。一応、だけど頭は下げておいてね?」
「「「はーい」」」
わかってるんだかわかってないんだか、バックミラーに写る車内の小坊主どもは椅子の背に隠れながらもチラチラと窓から前方を見ている。
王国南部貴族領は起伏に富んだ地形だったが、王家直轄地の中央部は基本的に平野なので、かなり距離を置いたところから敵が視界に入る。
それは向こうから見ても同じ、というよりもこちらの車体が大きいだけに顕著で、ずっと前から警戒態勢に入っているようだ。俺には見えんが。
走ること小一時間、彼我の距離が2kmを切ると、俺の視力でもなんとなく位置と“何かいる”程度の視認は出来るようになってきた。
緩やかな丘の稜線近くを車体が通るたびに敵陣が遥か彼方に見えて、丘の谷間に入ってしばらくは視界から消える。
敵の状況まで視認しているミルリルやルーミエさんによれば、さすがにまだ1km以上ある距離を2名の騎兵だけで打って出ることはないようだが、身構えているのは丸わかりらしい。
いまは武器もなく運転するだけの身としては、何の手出しも出来ないまま距離を詰めて行くのは焦れったいことこの上ない。
「ミルリル、ルーミエさん。射程に入り次第、各自の判断で射撃開始」
「「了解」」
街道は敵陣前で低く開けた丘を越え、緩やかに右へとカーブを描く。敵陣を見下ろしたところでまずミルリルが全自動射撃で掃射、少し遅れてルーミエさんが慎重に狙いながら単発射撃で射撃を開始する。
いや、なんぼなんでも早くね? まだ500m近くあると思うんだけど。
特にミルリルさん、あなたのUZIは拳銃弾なんだから、そんな距離は絶対に射程外に決まってるんだ、けど……
「……って、おい」
まだ俺の視力では豆粒より小さい兵士たちが、バタバタと倒れて行くのが見える。
「なんで当たるんだよ!?」
「わらわの“うーじ”に不可能などないのじゃ」
「ウソつけ、なんだそれ!? 魔法か!?」
45度近い仰角で打ち上げてはいたようだけど、当たるはずないっていうか、当たったところで拳銃弾の威力なんてほとんど減衰し切ってると思うんだけど。
「ヨシュアの国の格言にある通りじゃ。“あまりにも高度な技術は魔法と見分けが付かん”、だったかのう?」
いや、俺の国でもなければ格言でもなかったと思うけど、この世界で45ACPは500mが射程内ってことか。
どんだけ地味なチートだよ。
「やりました、弓兵を倒しました!」
「うむ、流石エルフじゃな。最大の脅威を理解しておる」
ルーミエさんのRPKは、大口径アサルトライフル弾だし長銃身だし、エルフの風の加護だかがあるみたいだし、400m強でも当たるのは、わからんでもない。狙撃するような銃じゃないから、十分すぎるくらいすごいんだけど。
俺の視力で兵士たちの状態が確認できる頃には、待ち伏せ部隊は全滅していた。
流石に45口径拳銃弾の運動エネルギーは飛翔中に使い切っていたらしく、軽歩兵あたりは痛みで転げ回るだけで死んではいない。
といって見たところ医者も治癒魔導師もいない状況で生き延びられる可能性はほとんどなさそうだが。
ある意味、即死よりひでえ。
車両が敵陣を通過する直前、ミルリルが倒れ伏せていた指揮官と騎兵を撃つ。
悲鳴を上げて転げ回り始めたところを見ると、死んだふりで難を逃れようとしていたのだろう。
「無力化を確認、速度そのままじゃ。ルヴィア、轢いても良いぞ」
「了解」
俺は黙って車を進める。ミルリルさんが視界の隅でチラッとこちらを見て、何もいわず前方に視線を戻したのが見えた。
さすがに自分らを殺そうとしている敵に対してまで無意味な綺麗事に逃れるほど阿呆ではないつもりですよ。たまにブレるけど。
このまま苦しみ抜いて死ぬことになる兵士たちを哀れに感じなくもないが、それは筋違いな感傷、あるいは傲岸な憐憫なのだ。
「なあミルリル、落ち着いたらさ、海辺の町に行こうよ」
「む?」
「美味しい魚とか貝とか食べて、海岸でのんびりするんだ。泳いだり釣りしたり、船で沖に出たりさ」
“こやつまたなんか面倒臭いモニョモニョした感情を持て余しておるようじゃのう”、と顔に思っきり書いてはあるが、愛しの“のじゃロリ”さんはふわりと輝くような笑みを浮かべた。
「うむ、それは良いのう。わらわは、しーさーぺんとが食うてみたいのじゃ♪」
「アッ、ハイ」
ヤベぇ、きたよコレ。姉さん、適当な妄想に無茶振りの妄想を被せてきた。
シーサーペント、いるのか。まあ、いいけど。食うって、もしかして……狩るの、俺!?




