116:砦と贄
侯爵領からの避難民たちに食後の休憩を取ってもらっている間、俺とミルリルは転移で砦と思われる崖の下まで飛んだ。
「当たりじゃな。さすが視力に長けた有翼族じゃ」
たまたま遮蔽物として選んだ岩だが、その裏には出入り口らしい扉があった。
ここは、自然地形に隠蔽した砦だ。
お姫様抱っこで抱えていたミルリルを降ろすと、彼女は油断なくUZIを構えたままそっと扉を開ける。
なかには岩を削って作った階段。上階の気配を探ったドワーフ娘は頷いて指を唇に当て、指を4本立てる。至近距離に敵が4人。目を指し、庇を作って見渡すポーズ。警戒中か。
階段から行くのはリスクが大きい。外に出て直接、砦の上に飛ぶことにする。
俺が収納からイサカのショットガンを出して構えると、ミルリルが俺の両手を自由にするため背中に飛び乗った。耳元で囁く。
「いつでも行って良いのじゃ」
「なにそれ、蕩けそう……」
「なにをいうておる、サッサと飛ばんか!」
その声で敵に察知されたような気配があった。構わず転移で屋上階まで飛ぶ。目の前には、こちらに背を向けた軽歩兵が4名。階段から来ることを見越してか、手槍を構えて身を隠し息を潜めているところだった。
「残念だったのう。こちらじゃ」
振り返ろうとした男たちの右手を45口径弾が吹き飛ばす。悲鳴をあげて転がった彼らの武器を蹴り飛ばしてショットガンの銃口を向ける。
「選択肢はふたつだ。しゃべって楽になるか、黙ったまま死ぬか」
「おいヨシュア、生き延びる選択肢はないのか?」
「ヨシュア……テケヒュヨシュア!?」
「くそッ、魔王か!」
逃げ道を探して男たちの目が泳ぐ。
「そう、ケースマイアンの“3万人殺し”じゃ。逃げ道はない。生き延びる道はしゃべることだけじゃ。誰に命じられて何をしておったか。おぬしらは何者で、何が目的か」
「ふざけるッ……」
腰の短剣を抜きかけた男の左手を、散弾が吹き飛ばす。
「ッなあああああぁッ!?」
血飛沫を上げて転がった男は、泡を吹いて失神した。残る3人はその隙に距離を取り、それぞれに不自由な動きで短剣を抜く。ひとりが魔道具らしい筒を操作し、紅く光る信号弾のようなものを打ち上げた。
「ああ、そうか」
俺はなんとなく理解する。彼らが何をしようとしていたか。何が目的か。
問題は誰に命じられたのか、だが……彼ら自身もそれをわかっていないような気がした。
「諸部族連合領の人間が、こんなところで何をしているんだ?」
ビクリと、彼らはわずかに震える。
そこは、隠せると思っている方がおかしいだろ。いまの王国に揃いの軽甲冑を身に着けた兵士の小部隊などいない。叛乱軍は魔獣群の暴走への対処に必死で兵を分散させられる状況にないし、王族派の敗残兵なら南部貴族領内に残るのは自殺行為だ。
領兵だとしたら識別用の外套を纏っているだろうし、甲冑にもどこかに家紋が入っているはずだ。
こいつらには、何もない。
ありえるとしたら、せいぜい逃げ遅れた傭兵くらいだろうが、彼らは小綺麗で装備も整い過ぎ、練度が高過ぎる。
「部族の自治を掲げていたはずのお前らが、皇国の犬に成り下がったか」
「黙れ! 貴様らに何がわかる!」
「王亡き後、切り取られた王国の領地を分け与えるとでもいわれたかのう? それを守るとは思えんが、それ以前にな。皇国は王を亡き者にしようとするどころか、王と王都の復興に加担しているようじゃぞ」
「……そんな戯言を信じるとでも思ったか。我らの戦力が4名しかないと侮っていたのだろうが、真の力はまだある」
「そうか。それは楽しみじゃのう」
男のハッタリを完全スルーして、ミルリルさんがこちらを見る。いや、ハッタリではないのだ。少なくとも、彼らにとっては。
「なあ、知ってるか? サリアントの王は、内乱主導者たちの拘束から抜けて、王都に戻った。王都はいまや聖都になったそうだ。聖なる力を得て、魔に墜ちた俺たちを成敗するとか宣言していたが……」
いい気味だといわんばかりに睨みつけて来るが、そのひとりがハッとして俺を見る。
「ああ、そうだ。あの愚王にそんな力はない。そんなものがあったら王国が滅びの際まで進むより早く、最初から使っていたはずだ。では、その聖なる力とやらは誰によって齎されたのか」
「……」
「諸部族連合か? ケースマイアンか? 違う。そんなもの皇国以外にない。叛乱軍に対抗するため魔獣群の暴走を引き起こしたのもやつらだろう。では、皇国の目的は何だ」
目を泳がせるだけで答えない彼らに代わって、のじゃロリ先生が解答を示した。
「“皇国の覇権の障害となる者たち”の排除じゃな。ケースマイアンの魔王。諸部族連合の強硬派。王国の叛乱軍。そして、サリアント王」
兵たちが青褪めているのは、痛みや恐怖や血液を失ったせいだけでもないだろう。彼らは気付いたのだ。諸部族連合を内部から切り崩すための、捨て駒にされたのだと。
自分たちが罵倒し蔑んできたであろうサリアントの愚王と同じように。
「阿呆じゃのう。皇国軍か魔獣の群れか知らんが、魔道具で合図を送れば貴様らに助けが来るとでも聞いておったか? いや、魔獣は来るであろうな。わらわたち外敵を、貴様らごと食い殺すためにのう?」
俺たちは呆然とする雑兵を置き去りにして、砦から転移で立ち去る。遠くから遠雷のような地響きが伝わってきていた。




