114:新たな力
侯爵領から街道に出た俺たちケースマイアン帰還部隊は、2台のウラル大型トラックと、先導するウラル側車付オートバイで北上を開始した。
ドライバーの有翼族お姉さんズが運転に慣れるまでは安全運転だ。時速40kmほどで静かに進む。
頻繁に後ろを確認してはいるのだが、どうも2台のトラックはあまりペースをつかめていないようだ。車間が妙に詰まったり開いたりしている。
「ルヴィアさん、オーウェさん、運転してみて何か問題はありますか?」
振り返ると、20mほど離れたトラックの助手席で、ルーミエさんがルヴィアさんに無線機を差し出すのが見えた。
“こちらルヴィア、問題ありません。すごく力強くて素晴らしいクルマです”
「……オーウェさん?」
“あひゃい! ちょっと待ってください、話しながら運転は、まだ無理ですッ、ガクガクして……あ!?”
エンストしたようだ。1号車の後方からスターターが唸っている音が聞こえてくるが、なかなか始動しない。通信機からも焦りが伝わってくる。
少し移動して、2号車を視界に入れる。
「落ち着いて、大丈夫ですから。この辺りには、まだ敵はいません。ゆっくり慣れてください。まずはギアをニュートラルに入れて、そうです。ゆっくりクラッチを繋いでください」
動き出したが、エンストを警戒しているせいか少し速い。前にぶつける心配をしながらでは加速減速で乗ってる避難民たちが酔ってしまうし、ドライバーのストレスにもなる。
「じゃあ、ルヴィアさんはその先の広いところで左端に寄って停車してください。そのまま後方に回ってもらえますか」
“了解です”
「オーウェさんは道路の右側から前に出て、自分の運転しやすい速度で走ってください。あまり飛ばし過ぎなければ大丈夫です。俺とルヴィアさんで合わせますから」
“……は、はいッ!”
うむ。ふだんは冷静な印象のオーウェさんがテンパってる。さすがにあの40フィートコンテナ載せたトレーラーは、運転初心者が動かすにはデカすぎるわな。あんまり低いギアでばかり動かしていると燃料の減りも早いし、オーバーヒートしそうだ。
「あのデカブツを止められる敵などおらんとは思うが、いざというとき武装がないのは問題じゃのう」
「オーウェさん、今後は運転中の返答は不要です。緊急事態の時はクラクションを長く鳴らしてください。俺たちは少し先に行きます。こちらは出来るだけ道の左側を走るので、トラックは右側寄りを進んでください」
緊急停車時に後続から轢き殺されない配慮をして、俺とミルリルのバイクは200mほど先行、コンボイの斥候と露払いを務める。
いまのところ進路上に兵士の姿はなく、魔獣の群れも確認できない。何体か迷い出て来た魔獣は見かけたものの、ほぼ単体。しかも視界に入る端からミルリルさんのUZIで撃ち倒されてしまう。
「いまのは?」
「ゴブリンじゃな。いまのところ、ゴブリンがほとんどじゃ。小型の魔獣なので魔獣群の暴走から押し出されたか、途中で何かと戦っているうちに置いていかれたかじゃ」
しゃべりながらUZIを撃つ。少し間を置いてもう1発。森の奥で何かが倒れた。
「いまのは?」
「オークじゃな。すぐ死んだので大物は呼ぶまい」
拳銃弾で中型魔獣まで狩りまくるあたりミルリルさんは規格外だけど、それも大群となれば荷が重いだろう。
ハンヴィーがあれば突破力として重宝した気はするが、いまさらである。置いてきちゃったものはしょうがないのだ。
ソ連製歩兵戦闘車のBMPでもあれば重宝したかもしれんけど、いまのところ俺はケースマイアンに遠征軍を作る気はない。今回限りのニーズのために購入するのは、いささか無駄遣いな気がする。戦車なら砲台にもなるけど、装甲が薄めで武装も軽めな装甲兵員輸送車や歩兵戦闘車では心許ない。
魔王だけど、お財布は庶民派なのだ。
◇ ◇
「お、いいとこに来たなブラザー。出物のチランがあるぞ」
「……おい」
市場を開いて早々、サイモンは節約のためミルリルさんのUZI頼みで突破しようとしてる俺の心を揺さぶってきた。
早めの休憩を取ったのは、サイモンにディーゼル燃料の給油方法を相談するためだったのだが。
「前に買ってもらったのと同じT-55ベースだから、補給や整備も煩雑化しないし、いざとなったら有用部品の移植も出来る。何より、安い」
イスラエル製、というのは語弊があるが旧ソ連製のT-54、55、もしくは62をイスラエルで改造した戦車がチランだ。
中東で周囲全部が敵国、という状態のイスラエルが敵から鹵獲した戦車を魔改造したもので、自国で補給や部品供給が可能なように銃砲火器が西側規格に換装されている。
「悪いが無理だ。車体は共用でも、これ以上弾薬の種類を増やしたら補給が追いつかなくなる」
「大丈夫、砲塔はないから」
「は?」
「砲塔は取っ払って、オープントップの防盾で囲ってある。なんていうのか知らんけど、装甲兵員輸送車タイプだ。砲塔のあった場所の前部に機銃マウントがあって、けっこう状態の良いMAGが付いてるよ」
MAGはベルギーFN社の汎用機関銃で、西側各国の軍で採用されている傑作だ。M60と同じく7.62×51ミリNATO弾を金属ベルトリンク方式で給弾する。
「MAGの換え銃身4本にベルト弾薬を2千発付けて、いまなら3万ドルだ。ついでに燃料を千リットルと戦車用の増槽(追加燃料タンク)、それにドラム缶用の給油ポンプも付けるぜ」
「買った」
そら買うだろ。約300万円って、もしかしたらT−55は捨て値なのかもしれないけど、いまの俺たちからしたら地上最強兵器だ。
MAGとおまけだけでも、値段以上の価値がある。
「やけに気前がいいな」
「この前の花が、妻のハートをがっちり捉えたみたいなんでな。その礼だ」
「うん、でも本音は?」
「そんな車両、こっちの戦場じゃ使えない」
「正直だな、おい」
まあ、そりゃそうだ。
車体は型落ちとはいえ主力戦車だから一般的な装甲兵員輸送車より遥かに重装甲だけど、砲塔の代わりにオープントップの銃座があるだけとなれば、狙い撃ちされ放題。上から見れば車内まで素通しなので手榴でも放り込まれたら終了だ。
たしかにそんなもん、サイモンのいる世界の戦場には出せない。
「まあ、いいさ。こっちじゃ大助かりだ。これから2台のウラルだけで魔獣の群れを突破するところでな」
「相変わらず、よくわからんもの相手に戦ってるな」
面白そうな顔でいわれた。好きでやってんじゃねえっつうの。
「可能な限り止まらず戻りたいんで、敵とぶつかる前にウラルの給油をどうにかしたいと思っててな」
苦笑していたサイモンが、俺のコメントに怪訝そうな顔をする。
「……ん? 移動距離は?」
「800kmてとこだな」
「じゃあ問題ないと思うぞ? あれメインの燃料タンクだけでも300リットルはあるし、満タンで渡しただろ? 千kmやそこらは楽に走るはずだ」
なんだよ、とんだ取り越し苦労か。すげえなソ連製。前にウラルを使った後、給油や整備はドワーフ組に任せてしまったからな……すまん、爺ちゃんたち。
まあ、給油ポンプは戦車の給油に役立ってもらおう。
「ああ、そうだブラザー。そういやこの前の、ゴーレムだっけ。あれの素材な」
「ん? 貴金属でも含まれてたか?」
「金銀という意味では違うけど、レアメタルの塊らしいぞ。未知の物質もあるかもってんで、裏ルートから西側の研究機関に買い取られた」
「そりゃ結構……だけど、身辺には気を付けろよ?」
「俺は表に出ないから大丈夫だ。交渉と取引はエージェントが行うしな。これからも面白いもんがあったら買い取らせてもらうぜ」
頼りになるんだかならないんだかよくわからんが、サイモンも色々と成長しているんだと思いたい。
この際だから(そして他人事だから)、社会的階層のステップアップを行けるところまで登り詰めてもらうのもアリかもしれないと思い始めている。
「それじゃ、また頼むぜブラザー」
また前のサイモンの感じに戻ってるな。
市場を閉じると目の前にはドラム缶が10本と大型の給油ポンプ。そして、サンドイエローのチランが鎮座していた。
T−55では砲塔のあった位置に四方を囲っただけの防盾、そして長銃身の汎用機関銃MAGが収まっている。
「おう、ヨシュア。また何か面白そうなものを手に入れたのか?」
「そうだな。これは後のお楽しみだ。さて、メシでも食おうか」




