110:奸計貴族の気概
“格別の死を賜る”、ですか。
賜わらないですよ。そんなんいきなり振られても、俺こんな爺さん知らんし。俺が殺す意味もわからんし。
だいたい、これ放置しておいても死ぬだろ。肘と膝を撃ち砕かれて自分の甲冑に押し潰されて、既に瀕死の状態だし。
「……魔、王……ッ」
そんな憎々しげにいわれてもな。勝手に召喚したのも、ただの商人でしかなかった俺をこんな立場まで追い込んだのも、お前ら王国の連中だろうに。
俺だって一方的に殺そうとされなかったら、誰も殺したりしなかったぜ?
まあ、いいや。周りがそういう役割を求めるなら、受けてやるのも社会人の器量ってもんだ。
「……ふむ、“魔王”か。王国が勝手に名付けた呼称だが、随分と広まったものだな。皇国でも諸部族連合領でも、そう呼ばれた。“ケースマイアンの魔王”とな」
「……」
あら、都合が悪くなったらダンマリですか。
誰が何のためにどうやって広めたのか、それでバレバレじゃねえの。急速に伝播したのは、こいつらが俺を“人類の敵”として潰させようとした結果だろな。
「トーレイスとかいったか。我が妃が世話になったそうだな」
「あ、あぁ……」
この爺さん痛めつけ過ぎて、“あ”しかいわない人になってんだけど、大丈夫かな。
「貴様にひとつ、聞きたいことがある。勇者召喚の儀式についてだ。亜人の生贄を集めたのは、誰だ?」
「そ、それは、王の……」
「いいや、違うな。あの愚物に自分でそれを考える頭があるとは思えん。教唆した者がいたはずだ。魔導師、あるいは……高位貴族に」
「!!」
漠然とした疑問は、早い段階からあった。自分のなかで形になってはいなかっただけだ。
ふつう、戦争も起きていない状態で未知の試作兵器である機械弓を大小とも複数生産に入るか? 金食い虫の軍を、それも3万もの大軍を、即時編成可能な状態にしておくものか? 王都の経済が傾くほどの貨幣を持ち出して皇国に逃げるなんて算段を、いち王子の裁量で、あの短期間で行えるものか?
ケースマイアンと王国との戦争は――あるいは戦争の体を成した別の何かは――俺が発端で起きたのではなく、もっと前から計画され準備され起こされたのではないか。
「……主導した、筆頭魔導師は、貴様に……殺された。……いまさら、亜人を贄にした、理由など……」
「知りたいのは、行った理由ではない。目的だ」
「ヨシュア、何がいいたいのじゃ」
「内乱と皇国の侵攻は、ケースマイアンへの出兵前から進められていたように見える」
さらにいうと、俺が巻き込まれた召喚より前から。贄は本当に、勇者を呼び出すためのものだったのだろうか。
腑に落ちない様子のミルリルさんは、呆れ顔で首を振る。
「王族を排して王国を潰すことで、利益を得ようとしていた層がいたわけじゃな。それも、国の中枢に」
「だろうな。俺たちが圧勝したのは想定外だったにせよ、そいつらは目的を果たしたわけだ」
公爵は震え出した。怯えているのではない。死にかけているのだ。もう答えを引き出すのは難しそうだ。
さらにいえば、答えを聞いたところで何かが変わるわけではないようにも思える。
「南部貴族領がケースマイアンへの討伐に加担しなかったのは、当然ながら亜人への同情なんかじゃない。彼らの利害と権益、それと王都や王族への対立感情からだ。結果的には、それは俺たちへの助けにはなったけどな」
「……ヨシュア、どうやらエルケル侯爵に伝えた判断は、正しかったようじゃな。わらわたちは、王国内の問題に関わるべきではないのじゃ。自分たちの身を守り、同胞を助けるだけで十分じゃ」
「もう……遅い」
公爵は呟く。真っ白に血の気が引いた顔で天を仰ぎ、何も見えていない目を見開いて、ひどく楽しそうに笑う。
「呪いは……贄で、満たされた。……サリアントに……災い、あれ」
なんだ、そりゃ。
公爵っていえば、王族の血を引く貴族のトップ。まして宮廷貴族となればその筆頭だろうに、それが自分の国に災厄を求めるってか。
「面倒な話になりそうじゃな」
「どうでもいいさ。しょせん他人事だ。行こう、ミルリル。仲間たちを連れ帰ることが先決だ」
トーレイス公爵は勝ち誇った笑顔のまま死んだ。捨て台詞は祖国への呪い。何があったか知らんが、その死に様は奸臣の鑑といったところだ。
◇ ◇
俺たちがバスに戻ると、後続の輜重部隊が追いついていた。俺は休憩に入ろうとしていた輜重部隊長に声を掛ける。
「前方に王族派貴族の伏兵がいたが、排除した。急ぐので、このまま侯爵領まで進む。途中で敵がいたら間違いなく排除しておくが、路面に問題があった場合は杭か何かでわかるように目印を立てておくので、注意して進行してくれ」
「了解です。お気を付けて」
「オーウェさん、運転を代わります。後方右の援護についてもらえますか。ルヴィアさんはそのまま銃座で警戒を」
「「了解です」」
なんだか嫌な予感がする。少しペースを上げることにして、俺が運転席についた。
「ヨシュア、なんぞ問題でも起こると思うておるのか?」
「問題は、たぶんもう起こってる。何かは、わからんけどな。王族支持派と外患誘致派が、裏では揃って王国を滅ぼそうとしていたみたいだ。結託してたんだか別々に動いてたんだか知らないけどな」
「エルケル侯爵たち叛乱軍は、どうなんじゃ?」
「さあ。彼らの思惑は、まだわからん。内乱を起こした連中だけが愛国者だったとしたら、それはそれで笑えないな」
クマ顔バスの速度を上げて、残る20kmほどを走り抜ける。道中には路面が崩れた場所も隠れた敵もなく、小一時間もすると山間の町が見えて来た。
「あの先に見えるのが領府イエルケルです」
リオノラさんの誘導で街道から折れて、領府に向かう道に入った。
エルケル侯爵領は山がちな土地で、入り口の簡素な城塞を抜けると緑が豊かな風景が広がる。領府は直径1kmほどの静かな湖のほとりにあって、陳腐な表現でいえば童話の挿絵を思わせる風光明媚な場所だ。
「ちなみにリオノラさん、侯爵領の人口は?」
「8千ほどでしょうか」
案外、多いな。平地が少ないから食糧生産に困りそうだけど。俺の疑問に、リオノラさんの答えは簡単だった。小麦などの穀物類は他領から輸入しているそうだ。
「隣接するルモア公爵領が穀物の一大産地ですから、競争力を考えれば非効率なんです。エルケル侯爵領は、林業と農業と牧畜、それと小規模な鉱山で生計を立てています」
産出する鉱石は教えてもらえなかったが、ということはつまり高価な何かなのだろう。特に興味もない。
こんな状況じゃなければしばらく滞在して静養したいところだけど、いまは少しでも早くケースマイアンに戻りたい。
「亜人の避難民に話はしてあります。領主館前まで進んでください」
領主館は湖のすぐ近く、小高い丘の上に建つこじんまりとした城だ。壁は白く装飾がケーキのデコレーションのようで、なんかこうメルヘンな印象だが……近付くと少し印象が変わる。
城壁は城にもあるが城が建つ丘そのものを囲うようにもなっていて、丘に並ぶ市街地には幾重にも防衛線が敷かれていたのだ。
クマ顔バスが乗り入れると、警戒心と好奇心が入り混じった視線があちこちから飛んでくる。
話は通っていたようで攻撃や制止などはないが、見慣れない乗り物の屋根から顔を出す有翼族のお姉さんは目を向けずにいられないのだろう。
いくつか関所のようになった小さな門を抜ける。それぞれに詰所があり、長弓と長槍を持った重装歩兵の集団が臨戦態勢で立っていた。
「城っていうより、要塞だな」
「……え? ええ、もちろん。敵軍の侵攻を受けた時には、住人ごと籠城して戦えるようになっています」
「うん。そうだよね。わかってる」
城が防衛機能の塊、というか防衛機能そのものなのは常識なのだ。娯楽施設や観光資源みたいに考えてしまうあたり、俺はまだ日本の平和ボケが抜けていない。
いよいよお城の近くまで来ると、周囲が開けて路面が変わった。
「ヨシュア様、そこはゆっくり進んでください」
石畳のようなものが敷かれた広めの道は周囲より少し高くなっていて、左右には花畑が広がっている。領主館というステージに向かう花道、といった風情だ。
「おお、綺麗だなこれ……」
呑気にも景観に見惚れていた俺は、ミルリルが小さく呟く声に考えを改めた。
「この石は戦時に油を撒いて、馬車の車輪や馬の脚を滑らせるのじゃ。緩い傾斜がついておるから、ひとたまりもないのう」
「え」
「落ちた先には、密生したフートステム。泥濘地に細く強固な根を張り巡らす毒花じゃ。脚を折るか麻痺して溺れるか、いずれにせよ無事では済むまい」
花畑が番犬代わりかよ。えげつねえな、おい!
「この乗り物は、その先にある跳ね橋の前で停めていただけますか」
俺たちは城の外堀近くまで進むと、バスを降りて車両を収納する。
跳ね橋を降ろしてもらって裏門から城内に入った俺たちは、100人ほどの人たちから一斉に視線を浴びる。
城の裏庭、おそらく練兵場と思われるサッカーコート数面分ほどの平地に、亜人の避難民たちが待っていた。
「え? リオノラさん、まさか皆さん、ずっとここで待ってたんですか?」
「そんなわけなかろう。昨夜は雨じゃ」
「ええ、ですが皆さん家屋は引き払って、領主館の大広間で宿泊してもらっていましたから。連絡が入って、待ちきれなくなったんでしょう」
そうか。なんにしろ、ずいぶん待たせてしまったようだ。亜人集団の所在無げで不安げな表情からは、自分たちを待ち受ける未来をあまり信用してはいないように感じる。
「ヨシュア、彼らが不安に思うのは当然じゃ。ここは魔王の器量を見せてやらんとな」
「いや、そんなムチャ振りされても」
「エルケル侯爵は、きちんと責務を果たしておったようじゃぞ? 見よ、痩せこけたものもおらんし、目も濁っておらん。髪も肌も綺麗にしておるし、服も清潔じゃ。なにより、子供が明るい」
親は今後のことで頭がいっぱいなのだろうが、子供はそんなの知ったこっちゃないとばかりに駆け回っている。人狼族なのだろう、奥の方で子犬の群れみたいなのが団子になって土埃に塗れていた。
苦笑する俺の視線に気付いた母親らしき獣人女性が、振り返って毛を逆立てると、ガックリと膝をついた。
「……おろし立ての、よそいきが」
「ぶフォッ!」
思わず吹き出してしまった俺を、皆さんが驚いた顔で見る。
すまん、ツボにハマった。
俺も子供の頃、法事に集まった郡山で礼服のままザリガニ取りに行ってデロデロにして帰って怒られたっけ。
郡山の婆ちゃん、泥田坊みたいになって帰った俺を見て、“むきゃー!?”いうてたもんな。
「ああ、お母さん? あんまり怒らないでやってください。なんなら服は脱いでてもらってもいいですよ。乗り物のなかは窮屈なので」
「ええ、と……あなたは?」
「お迎えに来たケースマイアンの……」
「魔王じゃ」
そこで被せてくるのやめてくれないですかねミルリルさん、お母さん固まっちゃったじゃないのよ。
「リオノラさん、あの子たちどっかで洗ってもいい?」
「ええ。練兵場ですから、奥に大きな洗い場があります」
奥、って……城の前ってこと? 300mくらいあるんですけど。




