108:もうひとつのイエルケル
公務館を出た俺たちは、バスに戻る。もらった報奨金と宝物類は収納のなかだ。
「剣なんてもらっても使い道はないんだけど、どうしようかな」
「ひとつは、なんやらいう伝説の魔剣とか、いうておったぞ。魔剣となれば、魔王が使うのが筋であろう」
「剣で戦うの? 誰と?」
「暗黒の森で魔獣狩りでもするが良い。いざとなったら、わらわが“うーじ”で助けてやるのじゃ」
「開始早々で“いざ”となる未来しか見えねえよ!」
そもそも魔剣って、俺のイメージだと勇者が魔王か魔族からブン取るもんじゃねえかと思うんだけどな。
つうか元の持ち主は魔族とかじゃないのかね。う〜ん、でも魔族って……こっちの世界じゃ虫歯菌みたいなカッコの悪魔じゃなくて、魔力を持ったドワーフとかなんだよな。そんなのから奪ったとなると、それはそれで納得いかん。
「お? あれが侯爵のいうておった案内人かのう?」
クマ顔バスの前に有翼族のふたりと、もうひとり小柄な女性が待っていた。
背中を向けていた彼女が振り返ると、どこかで見たような顔だった。正確にいうと、どこかの誰かに似た印象の顔だ。
年齢は……10代後半か? そんな女の子に接点はないはずだが。
「魔王陛下」
「侯爵領から派遣された案内の方だそうです」
オーウェさんとルヴィアさんの言葉に頷き、女性が笑顔で頭を下げる。
「お初にお目に掛かります。わたしはイエルケル商工会のリオノラと申します。エルケル侯爵から領への案内を命じられております。なんなりとお申し付けください」
「ほう、商工会は“イエルケル”なのじゃな」
ミルリルの何気ないひと言に、リオノラさんの表情が少しだけ変わる。柔らかな笑みが陰ったような。
「王都の北にあった商都イエルケルは、エルケル侯爵家の始祖の地ですから。侯爵領の領府もイエルケルと名付けられています」
「なるほどのう。北部イエルケル村にあった宿屋の主人でリコラという男がおったんじゃが、おぬしの知り合いか?」
「……はい。叔父です」
そうだ。誰かに似ていると思ったら、イエルケル村からの避難民だったリコラだ。
獣人の血を引く混血で、見た目は人間という男性。
内乱のどさくさで人間の村人たちに裏切られ、他の亜人たちとともに皇国軍に売られた。
いまは助け出されてケースマイアンに暮らしている。
「ほう、姪ということか。どこか面影があるの。よろしく頼む」
「……はい」
嬉しそうなミルリルと対照的に、リオノラさんの表情はどんどん暗くなる。
リコラの姪となれば、このひとも見た目は人間だけど獣人との混血なのだろう。もしかして獣人の血が混じっていることは侯爵領でも禁忌なのか? ここにいるのは俺たちだけだけど、知らないふりでもしておいた方がいいのか?
「ああ、ケースマイアンまで来られるのならリコラと会えるよう時間を作るが、どうかの」
「は!?」
そうか。俺はそこで、ようやく自分の勘違いに気付く。そうだよね。イエルケル村から仲間たちを救出した後、どこにもアナウンスしてないんだもの。
「叔父は、生きてるんですか!?」
◇ ◇
侯爵領に戻る輜重部隊の先導として、クマ顔バスが街道を進んでいた。
運転はオーウェさんで、屋根の銃座にはルヴィアさんが付いている。天候も回復したので開いた窓や銃座から気持ち良い風が入って来る。
エルケル侯爵は騎兵の護衛を付けようといってくれたが、俺たちがいれば不要なので断ってメテオラに残して来た。
メテオラから侯爵領までは30哩強、だいたい50km程度らしい。
馬車にペースを合わせるとバスがオーバーヒートしそうなので、斥候を兼ねて先行し一定時間ごとに待つと伝えてある。
ほぼ一本道なので迷う心配はないが、昨夜までの雨で道がぬかるんでいるところがあって、そこを確認するのも俺たち先導役の仕事だ。
「そうですか。みんな無事だったんですね」
「人間は知らんがの。亜人は全員、助け出したのじゃ」
「よかった……」
念のため確認したところ、リオノラさんは獣人の混血であることを特に隠してはいないそうな。
侯爵領はもちろん、他の南部貴族領でも亜人に対する差別はさほどなく、混血もそう珍しい存在ではないらしい。
ケースマイアンが滅びて周辺諸国に逃げ延びた亜人たちのなかでも、王国南部に暮らす者は比較的不自由なく暮らしている方ではないか、とのこと。
無論、四半世紀を経たとはいえ出自が避難民で資産も係累もほとんどない以上“それなりに”、という注釈付きではあるのだが。
「イエルケルの者たちから便りでもあればよかったのかもしれんがのう。あれこれ問題が山積みで、それどころではなかったのじゃ」
「いいんです、助けていただけたのでしたら。王都のあたりは獣人差別がひどかったですから、わたしは皆てっきりイエルケル村で魔獣の餌にされたんだと諦めてたところだったんです……」
「「ゴフッ!」」
いきなり噎せた俺とミルリルに、リオノラさんは不思議そうな顔をする。
ルヴィアさんは聞こえなかった振りをしているが、たぶん状況を把握しているだろう。銃座の隙間から覗く横顔が、少し笑っているように見える。
「……ま、魔獣?」
「皆さん、イエルケル村が壊滅したのは、ご存知ですよね?」
俺はリオノラさんの視線を受け流してミルリルを見る。ミルリルは誰にも押し付けられずにアワアワと目を泳がす。
「……シ、シラン、ノジャ?」
完全な棒読みでダラダラと汗を流しているあたり、のじゃロリさんウソ下手すぎである。
「半月ほど前でしょうか。侯爵領に入った報せによれば、正体不明の巨大な魔獣に襲われて村の人間は皆殺しにされたそうです」
「……ソレハ、ヒドイハナシ、ジャノ」
「そのときイエルケル近郊に侵攻していた皇国軍部隊が何かしたのかもしれませんが、彼らも襲われて生き残りはいなかったそうですから、当時の状況はわかりません」
ミルリルさんは、俺を見た。
そうね。望み通りの結果になった訳だ。俺は笑顔で頷いて、ミルリルの判断を支持する。
彼女のおかげで、俺たちは脱出できたのだ。そこは誇っていい。
「うむ、それは天罰じゃな!」
うわ、ドヤ顔で、いい切ったよこの人!
何をいうかと思ったら、完全な責任転嫁だし。しかも(たぶん)信じてもいない天だか神だかに丸投げって。
「なぜかイエルケルの虐げられし者たちだけが救われたことを見ても、それは明白であろう! のうヨシュア!」
「すまん、それ俺たちがやった」
「のぉおー! なんでバラすんじゃぁー!?」
ミルリルは俺にツッコミを入れるが、ルヴィアさんとオーウェさんは堪え切れず吹き出している。
「そんなんケースマイアンでイエルケルの人たちに会ったら即バレるんだから、誤魔化しても意味ないじゃんよ。いいだろ別に、悪いことしたとか思ってないんだしさ」
「それは、そうじゃが……あれは、一種の天罰であろう?」
「え? 魔王陛下が? それは、天罰として巨大魔獣を召喚された、ということですか?」
「いや、そんな特殊技能は持ってない。俺とミルリルが、イエルケルの仲間を助けるときにオークを半死状態で放置したんだよ。あいつら死に掛けるとデカい怪物を呼ぶんで、それを利用して皇国軍の追っ手を妨害しようと思ってね」
「……ま、まあ、わらわの作戦勝ちという訳じゃな。イエルケルの住人を巻き込もうとまでは思っておらんかったが、あやつら自分らが助かるために亜人を皇国軍に売りよったからな。自業自得じゃ!」
リオノラさんはそれを聞いて目を白黒させている。
「では、巨大な魔獣というのは、何だったんですか?」
「知らん! わらわたちは、その頃このクマ顔バスで一目散に逃げ出しておったからの」
「地龍でしたよ、妃陛下」
ルヴィアさんが銃座から笑い含みの声で告げた。
「わたくしたちは上空監視で見ていましたが、体長が優に70尺はありました。そのまま3日ほどイエルケル近郊に居座って殺戮の限りを尽くした後、諸部族連合領側にある“死界の森”に抜けたので、その後のことはわかりませんが」
「ミルリル、70尺てどのくらい?」
「このバスを3つ連ねたくらいじゃな」
20m以上はあるな。そら逃げて正解だわ。
「そういう訳じゃ。リオノラ、イエルケルの亜人は全て我が魔王領ケースマイアンで幸せに暮らしておる。おぬしも他の亜人も、いつでも訪ねて来るが良いぞ!」
ミルリルさんが薄い胸を張ってドヤ顔を決めたところで、バスが停止した。
ここらで休憩して後続を待つのかと思ったら、オーウェさんが運転席からこちらを振り返った。
「魔王陛下、前方半哩の森に軍勢。おそらく、待ち伏せでしょう」
敵か。メテオラからエルケル侯爵領までは一本道と聞いていたから、ここを通る侯爵領軍の輜重部隊を狙ったものか、あるいは俺たちを殺したい誰かか。
この期に及んで仕掛けてくるのはどこのどいつやら。




