105:概念的モグラ叩き
並んでいた輜重隊の馬車を叩き壊して、無足龍は地表に頭を出した。
どれだけ巨大なのか全貌は見えないが、地上に露出しているだけで100m以上はある。
円筒状の体は直径10m前後か。薄ピンクの体表はドロリと白濁した粘液に塗れ、常にウネウネと蠕動している。
無脊椎動物のアップなんて滅多に見ることはないが、正直かなりグロい。
「名前の通りというかなんというか……完全にミミズだな、サイズ以外は」
「ヨシュア、逃げんと食われるぞ!」
「……ああ、やっぱり?」
どこに感覚器があるのか知らんけど、無足龍はこちらに首を振るとカパッと先端を開けた。蕾のように捻りながら開口したそこには、ヤツメウナギのように歯が何重にも並んでいる。
なんだ、あれ。あんなの絶対に土を肥やす生き物じゃない。
「牙から麻痺毒を出すと聞いておる、あの口には近付くでないぞ!」
「ああ、あれはクチじゃなくて、口前葉っていうんだ」
「解説しておる場合か!? 早う逃げんか!」
ミルリルを抱えて無足龍の進行方向から外れた場所に転移。試しにRPKで頭部に集中砲火を浴びせてみる。AKM用の30連弾倉ひとつ分を叩き込み、ダメ押しでショットガンを4発。
しょせんは人間用の弾丸だ。体長数百mクラスの化け物が相手では、ダメージどころかリアクションさえない。
「効いている感じは、微塵もないな。怒りもしないっていうのは、あいつ痛覚がないのか?」
「ヨシュア、避けッ……!」
予備動作なしでブンッ、と頭が振られ、鞭のように撓った巨体が横薙ぎに叩き付けられる。俺はミルリルを担いで危うく転移するが、油断していたら弾き飛ばされるところだった。
「ッぶねえ……」
スイング後の頭部から周囲に噴出する霧のようなものは、たぶんミルリルのいっていた麻痺毒なのだろう。効いてるかどうかはともかく、怒ってはいたようだ。
俺は短距離転移で周囲を飛び回り、何度か7.62ミリ弾を撃ち込んでみる。
「これ……もしかして、あんま意味ない?」
「そうじゃの。体液の噴出はしているが、このままではジリ貧じゃ」
心なしか、雨脚が強まってきている。こちらは足元が滑りやすくなる上に、無足龍にとっては動きやすい環境になっているようだ。
このまま雨が激しくなると有翼族の上空支援も途絶える。いまのうちにRPGを叩き込んでおくかと収納を探ると、手持ちがもうなかった。ケースマイアンの防衛に使うかと、念のため持ってきた発射筒ひとつ以外は置いてきたんだっけ。
「さっき渡したので全部か……」
「魔王陛下、退避を!」
通信機を通している余裕はないという判断なのだろう、空からルヴィアさんの叫ぶ声が聞こえた。
逃げながら視線を上げると、ルヴィアさんとオーウェさんがペアを組んで低空を旋回しているのが見えた。降りしきる雨で羽根に水を含んだのか、飛行の軌道が少しふらついている。
俺は転移で一気に城壁の上まで飛ぶ。射線が空いたのを確認すると、すぐに無足龍目掛けてRPGが降ってきた。
開いていた口前葉から喉奥深くに突き刺さって爆発。ヌルヌルした筒状の胴体がブワッと膨れ上がって、粘液混じりの肉片をそこらじゅうに撒き散らした。
わりと城壁間近にまで迫っていたため、兵士の多くが糸を引く白濁スライム的な汚物を引っ被って悲鳴を上げている。害はないようだが、見た目が非常にアレである。
俺? 俺はちゃっかり転移で距離を取ったので大丈夫。自分はともかくミルリルさんを汚いデロデロに塗れさすの嫌だし。
舞い降りてきた有翼族のお姉さんたちは、城壁の端に降り立つ。羽根もある程度は水を弾いているんだろうけど、表面が濡れそぼって重そうな感じになっている。
「ルヴィアさん、オーウェさん、ありがとう。助かりました。こちらは、もう結構ですよ。バスの後部座席にタオルと着替えがあるはずです。後は車内で母娘の護衛に回ってください」
「「了解しました」」
苦戦というほどの状況ではなく、比較的順当に魔獣を倒してしまったようだが、ミルリルは警戒を解いていない。
「まだ何かいるのか?」
「わからんのう。しかし、倒した魔導師は船にいたひとりだけじゃ。あやつを殺した後に巨鬼とオーク、無足龍が出てきたということは、……最低でも、ふたりは魔獣使役師がおるはずじゃ」
「気配は?」
「わからん。この雨で掻き消されておるし、そもそも魔獣使役師は魔力を放出せんから気配が弱いんじゃ」
城壁から見下ろすと、南部貴族領軍の兵士たちは戦闘が終わったようなはしゃぎようだ。まだ国軍兵士の残党は残っているはずなんだけどな。
「いや、待てよ。王家派の国軍兵士はどこに行ったんだ?」
「魔獣どもが出てくるまでは、森の手前に陣を張っておったはずじゃ。森の奥に兵を引いたのではないか」
そうかもしれない。
問題は、なんのためにそうしたかだ。戦闘の最中に雨宿りというわけでもなかろう。となれば、これから行われるなんらかの攻勢に巻き込まれないためと考えた方が自然な気がする。
「無足龍が死んだのを見ても敵兵が出てこないなら、魔獣使役師は、まだ何か出して来るぞ」
「目撃された魔獣は全て倒したはずじゃ。もう手駒は出し切ったのではないか?」
「……いや」
意外にも森から姿を現したのはフードを被り魔術短杖を持った魔導師らしき人物。距離は200mほどか。単身こちらに歩いて来るが、兵を従える様子はない。
「UZIで倒すか?」
ミルリルの言葉に頷きかけたそのとき、魔導師の周囲で一斉に水飛沫が上がった。
「……無足龍? いや、それにしては小さいのう。あれは……」
地面から出てきたのはアルビノなのか白く色素が抜けた、眼の無い蛇のような奇妙な生き物だった。
体長は4mほどと無足龍に比べればたしかに小さいが、問題は跛行するように不規則な動きと、平地を埋め尽くすほどの数だ。少なく見積もっても、100はくだらない。
「深棲山椒魚じゃ。まずいぞ、あいつらは……祟る」




