103:メテオラ
「それで、どうしたんじゃ」
呆れ顔のミルリルさんが、銃座の俺を見上げている。
「どうって」
「その猫じゃ」
あれこれ訳のわからん話で丸め込もうとしてグダグダになった挙句、侯爵領に向かう前に寄り道することになった結果、クマ顔バスは街道を南下中なのである。
先に侯爵領に行っててくれないかという提案は当然のことながらミルリルから(そしてなぜか侯爵からも)無言の失笑という形で却下され、おまけに説得しようとした俺は“のじゃロリフックでぶん殴られて騎兵のふたりから慰められる魔王の図”、というものを車内の皆さんに見せつけることになったのだ。
幼い姉妹からもルヴィアさんからも慰められ励まされたので±ゼロということにしておく。しておくのだ。
「死んだよ」
「ウソじゃな」
「……即答かよ。ウソじゃないよ。14年だか生きて、郡山の婆ちゃんとほとんど一緒に旅立ったさ。いまごろ幸せにやってんじゃないかね。どっかの異世界でさ」
「そうであろうな。おぬしはそういうやつじゃ」
怒ったような呆れたような顔でそういうミルリルさんはどこか嬉しそうでもあり、俺は少しだけホッとする。尻に敷かれてるサイモンのことを、とやかくいえんな。
「助力していただくのはありがたいのだが、ヨシュア殿、ミルリル殿。どうされるつもりなのだ?」
「どうもこうもなかろう。なんやらいう町まで行って、魔獣を殺して、せいぜいケダモノ使いの魔導師を殺して、そこで終わりじゃ。わらわたちは侯爵領で仲間を連れて帰るぞ。人間同士の殺し合いに関しては、王国人で始末をつけた方がよかろう?」
「さすが妃陛下のご慧眼、敬服する」
のじゃロリ姉さん、なにハナ膨らませてんですか。奥さん扱いに照れてるの丸わかりですよ。
メテオラに向かう途中で日が落ちたので、車を停めて野営することになった。
夜間の警戒はまた騎兵のふたりに(ぜんぜん護衛らしい仕事をしてないというので)受け持ってもらい、みんなには車内で休んでもらうことにして、食事だけ車外に竈を作った。
メニューは定番の平焼きパンと、具沢山のクリームシチュー(ワイバーンの肉団子入り)、香草茶とクリームケーキだ。
アメリカ製のアホほど甘いケーキを元にケースマイアン女性陣が作り上げたそれはオリジナルを遥かに超える素晴らしい味わいで、口にした者は揃って感嘆の声を上げた。
「ケースマイアンでは、いつもこんな美味いものを食べているのか」
「いつもってことはないですが、大体このくらいのものを出してもらってますね。女性陣がとても料理上手で」
「料理が上手いのは確かだが、食材も良いのだろう。この味わいはただものではない」
騎兵たちは無言で頷きながらガツガツと食っている。来るときは強行軍で、ほとんど干し肉と乾パンみたいなものだけだったらしい。
「「「美味しい……」」」
母娘は感動でハモッとるし。
しばらく青褪めていた母親も、俺たちが町を救うと約束してから、顔色も戻って安堵の表情になっている。
代わって表情が優れないのは、有翼族のお姉さんふたりだ。
「魔王陛下、明日は雨になりそうです。申し訳ありませんが、万全の上空支援は難しいかもしれません」
「大丈夫ですよ、ルヴィアさん。よほどの大物さえ出て来なければ、地上の火力でも対応できます」
「魔導師どもは、わらわの“うーじ”で仕留めてくれるわ。オークも、まあ早々にとどめを刺せば問題なかろう」
「巨鬼というのは?」
「オークの親類みたいなものじゃ。死に掛けても大物は呼ばんが、狂乱状態になる」
「なら、AKMでどうにかなるか。無足龍っていうのは、大きいのか?」
「あれはミミズのように見えて龍種じゃからのう。デカいと四半哩にはなるはずじゃ」
えええぇ……400mのミミズ!? それSFじゃん、砂の惑星かよ。
「それは、さすがにRPGが要るかな。海群狼、とかいうのは知らないけど……」
「たしか、海に棲む狼じゃな。侯爵?」
「王国の、本来はもっと東の外洋に棲む。馬ほどもある身体で、力は馬を遥かに超える。メテオラを守るには海岸線に布陣するしかないのだが、動きが早い上に群れで襲ってくるので対処に困るな。爪や牙には防御が必須だというのに、甲冑を着ていては海に引き込まれたとき身動きもとれんまま溺死してしまう」
「では、そちらは上空から倒します。M4で対応できるでしょうか」
「5.56ミリ弾は、人間より大きい的には効果が薄いと思いますね。銃を使うならAKM……いや、RPKかな。少し重くなるし反動も大きいですが」
BARでもあれば良かったんだけど、いま収納にある武器で効果を望むならRPKくらいだろう。有翼族には重過ぎるか、と考えているとオーウェさんが笑った。
「わたしなら扱えますよ。訓練で撃ったことがあります。少しだけ遅くはなりますが、飛ぶのも問題ありません」
有翼族のなかでは、どうやらオーウェさんの方が体力があるようだ。すらりとした長身でベリーショートの美形、宝塚の男役みたいな姿からはイマイチ想像できないけど。
念のため、ルヴィアさんにはRPGも渡しておく。まあ、これで無理なら他の方法を考えよう。
「話として聞いてはいたが、“じゅう”、というのはそれほど威力を持っているのか」
「そうですね。先の戦闘では、こちらに銃がなければ蹂躙されて終わりだったでしょう」
「……ふむ。参戦を拒否したのは王家との利害の問題とはいえ、ヨシュア殿たちに敵対していれば我々はここにいなかっただろうな」
その夜は何事もなく過ぎ、翌朝は軽食を取って出発する。まだ空は明るいが風が出始めていて、遠くには暗雲が立ち込めている。
戦場に入る前に母娘を降ろしたいところだけど、いま別働隊を作る余裕はない。戦闘が始まったら退避してもらって護衛を付けるか。
昼を回った頃、峠の稜線上まで出ると、遥か彼方に海岸線が見えてきた。
海に突き出すように半島状になった地形があり、そこを囲うようにメテオラの城壁が広がっている。
距離はまだ10kmほどあるため戦闘の様子まではわからないが、城壁のあちこちに崩落した部分があり、海には王家側の軍船なのか大型船舶の姿もある。
天候が崩れる前に戦況を確認してくるとルヴィアさんが飛び立った。
「侯爵領の軍は出ているんですか」
「いまメテオラを押さえているのは地元の公爵軍が中心なので、こちらから出しているのは伝令と輜重兵だけだな。軽騎兵と歩兵もいるが、ほぼ輜重部隊の護衛だ」
「そこの陣に入りましょう。いきなり公爵軍に囲まれる事態は避けたい」
侯爵の指示で車はメテオラ城壁の北西側に向かう。正門側は現在、主力である公爵軍が出撃に備えているらしく、通過できない。
北西側に集まっているのは補助戦力と支援の各領主軍混成部隊。大量の馬車が行き交い、様々な幟旗が並んでいる。
「ここには、どのくらいの兵がいるんです」
「流動的なので正確な数はわからんが、事前の軍議ではおよそ1万といったところらしい」
エルケル侯爵配下の陣地は大小20ほどの天幕が並び、40ほどの馬車が置かれていた。
「ご苦労」
「お帰りなさい、閣下。そちらの方は?」
「客人だ。少しの間、協力をしてもらうことになった。粗相がないようにな」
「「「はッ!」」」
礼儀に厳しい家風なのか戦場で気が張っているのか、クマ顔のバスを見ても騒ぐ者はいない。せいぜい怪訝そうな顔で見るだけだ。新しい兵器かなんかだと思ったのだろう。あながち間違いではない。
「状況はどうなってる」
「公爵軍は押していますが、敵を捕捉できずにいます。こちらが出るとすぐに兵を引いて距離を置き、諦めません。昨夜は敵の大攻勢があり、主力にも被害が出たと聞いています。天候が崩れると押し返されるかもしれません」
怪訝そうな顔になっていたんだろう。侯爵が俺に説明してくる。
「雨に乗って海群狼が陸地深くにまで進出してくるのだ」




