101:復活のクマー
100話&400万pvでした、昨日。気付かず何もせんかった……いや、気付いてたとしても平日はどうもできんけど。
とりあえず皆様ご愛読ありがとうございます。もうちょいだけデイリー頑張ります。
現れたサイモンはカウンターに肘をついて何やら悩んでいた。さては奥さんと何か揉めたか。新婚なのに。
プライベートな話に干渉する気はないが、俺は母娘から受け取った物をカウンターに置く。受け渡しができる保証はなかったが、どうやら問題なさそうだ。
「お、おう……これは?」
「サービスだよ。こっちの世界の花束だ。珍しい品種だと思うんで、奥さんに渡してみたらどうだ? それこそ、“君のために手に入れてきた世界にひとつだけの花だ”とかなんとかいってさ」
珍しいというよりもたぶん、サイモンのいる世界にはない種類だ。鑑定には見たことも聞いたこともない名前が出ていた。
咲き誇る花は鮮やかで美しく、ほのかに甘い香りがする。鑑定の詳細表示によれば花というより薬草のようだけど、安息と魅了の効果くらいで人体に害はない。はずだ。
なんかあったらスマンというしかない。アレルギーとか病害虫とか。悪いがその辺は自己責任で頼む。
「生き物として扱われるかと思ったんだが、大丈夫そうだな」
「ありがとう、助かる。こういうものを贈るのは、俺じゃ思いつきもしなかった」
男は、そんなもんだ。まあ、俺も女心なんて詳しくはない。
つうか、見たこともない名も知らない他人の嫁さんに花を贈るくらいなら、まず先にミルリルさんに贈るべきなんだよな、俺。
反省。
「それで、ブラザー。なにか用件があったんだっけ?」
「車だ。避難民を100人、運ぶ必要がある。1台は前に送ってもらった大型軍用トラック。できればもう1台で済ませたいんだが」
「武装は?」
「あれば助かる、という程度だな。必須じゃない。戦場を通過するが、可能なら交戦せずに突破したい」
サイモンは少し迷って、いくつか選択肢を出した。
「前に渡したのと同じウラルが何台かある。そのうちひとつは民生用で、長いトレーラーを牽引するトラクター型だ。他には……ヒノのバスだな。スカニアとボルボのトラックもあるが、ウラル以外に悪路は厳しい」
「……ああ、それじゃウラルだな。こっちに舗装道路はないし、雨でも降ったら泥沼だ。それで、そのトラックの荷台に壁はあるか? 弓矢程度は防げないと乗客に被害が出る」
「トレーラーには40フィートコンテナが載ってる。そのまま引き渡すことは可能だけど、アンタの用途には、どうかなあ……」
「……どう、って?」
引き渡しを受けて理解した。
トレーラーヘッドはメタリックの赤で、トレーラー本体(台座)は蛍光に近いグリーン。
なんでこんな色にした。
おまけに巨大な40フィートのコンテナは白地に黄色のバナナとキャラが躍っている。真ん中にはフルーツで有名な会社の真っ赤なロゴ。これ、ぜったい盗んだだろ。
「これはまた、ずいぶんと派手じゃのう」
「この巨体で戦場を通過するのは、なかなか大変かもしれませんね」
そうね。ミルリルさんとルヴィアさんの懸念はわかる。こんなん目の前通ったら、俺でもとりあえず撃つわ。
「……あの、テケヒュヨシュア殿、これは……?」
忘れてた。エルケル侯爵は護衛の騎士とお付きの爺やと並んで呆然とこちらを見ている。
「これは、乗り物です。こっちでいう……なんだろ。ゴーレム馬車、みたいなもんですかね。危険はありませんよ。いまは不要なので、とりあえず仕舞っときますね」
収納で消すと、おおっと驚愕の声が上がる。よくわからんが、どちらかというと出したときよりも驚きが大きい気がする。
出しても消しても驚かれて、どうせっちゅうねん。
「侯爵は、これからどうするんですか」
「テケヒュヨシュア殿に話しを通せたのであればもう用はない。領地に戻るだけだが……」
「馬車を任せて先に帰っていいなら、一緒に乗っていきますか?」
それを聞いて、ミルリルさんがこの後の展開を察したらしい。フンカフンカと鼻息が荒い。
そうなのだ。ケースマイアンのドワーフたちが持てる技術と英知の粋を集めてコツコツと再生した成果が、ついに形になったのだ。
俺もさすがに、こんなに早いとは思っていなかった。その間ずっと戦争しながらだったし。
俺が収納からそれを出そうとしたところで、のじゃロリさんが薄い胸を張って宣言する。
「出でよ、魔獣クマバス!」
「ちょっとミルリルさん、王国のひとたち本気にするんでやめて」
再生されたクマ顔マイクロバス(改)は、顔だけでなく車体全体がクマっぽく塗装されている。ご丁寧に“にこにこ幼稚園”の文字は残っているのが不思議な感じ。
壊れたサスペンションはもちろんヘタリ気味だったものまで4本とも作り直され、ドライブシャフトも再生されている。
“よんだぶるでー、はまだ無理じゃった”とはハイマン爺さんの弁。
あのひと途中からT-55にハマって時間なかったからな。たぶんゴーレム戦がなかったらいまごろクマ顔バスはリフトアップしてウニモグみたいになってたわ。下手するとターボくらい付いてたかもしれん。
とりあえず修復しただけ、とかいいつつ吸排気系を弄ってエンジンの出力は上がっているのだとか。
なんでいきなりそんなチューナーみたいな真似ができるようになったのかは、俺にはわからん。
運転席のシートもバケットっぽいのになってるし、最前列のシートと屋根には簡易銃座が付いてるし。にこにこ幼稚園はどこに向かおうとしているのだ。
「さあ、どうぞ」
爺やと護衛の騎士がふたり、侯爵に同行することになった。残る6人の騎士たちは馬車と馬を引き連れてバスの後に続くようだ。
「君らも乗ってくか?」
「「乗る乗る―♪」」
「よろしくお願いします」
母娘にも同行を勧めたが、幼い姉妹は大喜びで、母親ももう感覚が麻痺したのか、抵抗なく乗り込んできた。
思った以上に大所帯になったな。
「速度とペース配分が違うので、無理について来ようとしない方がいいですよ。馬が潰れてしまいますから」
「そんなに速いのですか、このクマは」
騎士から質問され、馬の全力疾走の2倍は出る上に(その気になれば)夜も走り続けられると伝えると、驚きつつ苦笑して首を振った。
「では、無理ですね。こちらは別行動にします。侯爵をよろしくお願いします」
「はい。また侯爵領でお会いしましょう」
騎士たちに手を振って、俺たちは車を出す。
最前列の銃座にミルリルさん、運転席にはルヴィアさん。俺は運転席の後ろにあるハンモック型シートから屋根に開けられた銃座に着く。車内から見ると、俺の席は屋根から下半身がぶら下がっている形だ。見た目は頼りないが、揺れに対応しているので乗り心地は良い。ドワーフの誰かの発案だろうが、よく考えた物だと思う。
「じゃあ、行きましょうか。皆さんは、楽にしてください」
「で、では頼む。テケヒュ……」
「ああ、それと侯爵。自分の名前はヨシュア、家名がタケフです。どちらでもお好きにお呼びください」
「そうか。では、ヨシュア殿。よろしくお願いする」
愚かにも俺はこのとき、まだ気付いていなかったのだ。クマバスが向かう先に待ち構えているものが、ケースマイアンと俺たちを大きく変えてゆくことに。




