10:立ち塞がる者たち
寝苦しいような感覚で一度わずかに覚醒した俺は、どこかに運ばれている途中だったらしい。馬車の荷台に転がされているのか、木の板の感触と、揺れながら移動するような感覚。周囲には麻袋。汗と皮脂の饐えたような臭い。深く考えることなく、すぐにまた意識を失った。そのとき収納から拳銃を出したのだろう。たぶん。
「申し訳、ありませんでしたのじゃーッ!」
目覚めると薄暗い穴倉のなかで、目の前には土下座しているドワーフ娘の姿があった。
こっちの世界にもあったのね、土下座。
「……え? ああ、ここは?」
「王都近郊の森、クマの巣穴だったと思しき洞窟なのじゃ。周囲の魔物や肉食獣は、寄ってこないように簡易結界を張ってあるのじゃ。強い魔獣や人間相手には効果がないが、日暮れを待って移動しようかと思っていたところなのじゃ」
「うん。ありがとう、助かったよ。俺は、タケフ・ヨシアキだ。君は?」
「ミルリル、なのじゃ。タケヒュヨシュア様はもしかしましまして、貴族なのでいらっしゃいまするのか?」
「敬語おかしいぞ。いや、俺は平民……というか、貴族のいない国の出身だ。ちなみにヨシアキが名前な」
「ヨシュ、アキ?」
「ヨシュアでもいいよ。それで、何をそんなに畏まってたの」
「それは、その……」
ああ。
ミルリルが差しだしたのは、麻布。その上には頼みの綱のM1911コピー拳銃がバラバラになって置かれていた。興味津々で分解してみたは良いけど、元に戻せなくなったと見た。まあ、とりあえずアサルトライフルがあるからいいんだけどさ。戯れに発射とかしなくて良かった、と安堵する。
「うん、貸して」
通常分解のついでに、銃身にウェスを巻いた棒を突っ込んで磨く。銅の被覆がない弾頭は銃身内に鉛が残ると聞いた気がするしな。可動部の擦り合わせも確認して、壊れていないかをチェックする。マガジンを外した状態でスライドストップを抜き取るなんて、最初は気付かないと思うんだけど、よくここまで分解できたな。
クリーニングキットは、AKMと一緒に受け取った弾倉弾薬に混じっていたものだ。サイモン、案外あれで気が利くタイプなのかもしれない。
ガバメントの分解結合なんてミリオタ銃オタの初歩、モデルガンで何百回も行ってきたことだ。カチャカチャと手早く組み直す俺を、ミルリルは感心したような顔で見つめる。やっぱり幼い印象はあるけど、年齢は体格よりも上のようだ。
「失礼だけど、ミルリルっていくつ?」
「こう見えて、17なのじゃ」
ふんすと鼻息荒く胸を張るが、つるぺたーんと擬音が出ていそうな絶壁ぶりだ。そこはあまり突っ込まないことにして、自分との年齢格差に思いを馳せる。
「……それでも俺の半分か」
「え」
思わずつぶやいた俺の声に、ミルリルは目を見開く。
「なんで驚くんだよ。俺は34、俺の国の人間は若く見られるみたいだけどさ」
「確かに、風貌は若いようにも見えるがのう……老成した目をしてるから、もしかしたらもっとずっと上かとも思ったのじゃ」
ああ、そうですか。疲れた顔と死んだ魚のような目をしてるんだろうしな。
そこからしばらく、他愛もない話が続いた。
どうやらミルリルは凄腕の鍛冶師が多いドワーフのなかでも、若くして熟練の機械工なのだとか。彼女を工房から引き抜こうとしてきた貴族の態度が気に食わず、断ったところ嫌がらせを受けて殺されかけた、と。
「……ん? なんで? そいつ、有能な職人を手に入れたいんだよね。殺しちゃったらお終いだろうに」
「わら……わたしが作ったのは、武器というより兵器なのじゃ。その貴族が言うには、戦争を変える可能性があるそうなのじゃな」
「あー……っと、そうか。他人の手に渡るくらいなら、消した方がいいと」
「うむ。それが公爵家だったのでな、もう王国ではお尋ね者なのじゃ」
同情はする。力になりたいとも思わなくはない。けど、国王と勇者一行からのお尋ね者な俺には如何ともしがたい。
「それって、どんなの?」
「鉄の矢を打ち出す機械式の弓じゃな。ヨシュアにも見せてやりたいが、現物は奪われてしまったのじゃ」
それは……クロスボウかな。もっと大きい攻城兵器みたいなものかな。どっちにしろ、そうだろな。使うのに技術や経験が要らない上に、飛距離も命中率も安定しているし、なにより甲冑を貫通する。戦争を変えるというよりも、貴族の優位を根こそぎ奪う。数さえ揃えば正規軍や騎兵が相手でも圧勝できる。
もちろん実際にやるとなればそんなに簡単にはいかないだろうが、問題はその矢を向けられる可能性がある貴族側の心情だ。手元に置ければ心強い、という単純な話ではない。前世でいうところの大量破壊兵器みたいな感じで、むしろこれは早い段階で隠蔽し握り潰すべきだと思ってもおかしくない。
「どうしたのじゃ?」
「そりゃ大変だろうなって思ったんだよ。たぶん、ミルリル殺されるところだったし」
「うぇええッ!? なんでじゃ!? わらわは良い子にしてたのじゃ!?」
良い子の17歳はお手軽殲滅兵器を開発したりしないと思うな。それより気になるのはその一人称だ。さっきは隠そうとしていたようだけど興奮して元に戻ってる。
「ミルリルって、どこかの貴族かなんか?」
「なッ!?」
なぜそれがわかったのか的なことをいおうとしたようだけど、“わらわ”とかいう平民はいないだろ、たぶん。黙っている俺を見て、ミルリルは寂しげに肩をすくめた。
「しょせん滅びた国の末裔じゃ。身分のことは、思い出しとうない」
「工房に知り合いとか、残しておきたくない物は?」
「ないの。機械弓は奪われたし、工夫連中はわらわを売ったクズどもじゃ。あやつら、内心わらわを蔑んでおったからの」
「腕が良いのにか?」
「だからじゃ。自分たちより年が下で腕が上だとそうなるのもわかるがの」
わかるような気はする。身の上話はそこで終わった。
「ヨシュアは王国から逃げるのじゃな? わらわにもそれは好都合。しかし、そうなると問題は移動手段じゃな。街道を歩きで7日は掛かる。隠れながら進むとなると、その3倍は見ておく必要があるの」
徒歩で7日という距離感がわからない。300キロくらいか? 整備されていない道路ならもっとか。たしかに移動手段の確保は必要になる。魔力消費を考えると、長距離の移動に転移を繰り返すわけにはいかない。
「……そうだな。ちょっと、ここで待っててくれ」
ミルリルを洞窟に残して、俺は森の端まで移動する。周囲に人目や魔物がいないことを確認して、ブラックマーケットを呼び出した。
「市場」
「おうブラザー。査定の結果は、まだ出てないぞ」
「いや、別件だ。なにか移動用の車両が欲しい。ふたり乗れればいいんだけど、あんまり目立たない……」
よく考えたら、それは無理だな。この世界で目立たない車両なんて、たぶん荷馬車か馬車だけだ。荷物は収納で持てるから荷台部分は不要だ。じゃあ馬、となっても維持に高コストな上に、いざというとき収納できないから逃避行に生き物は使いたくない。
「目立たない車両か……」
「いや、いまのは忘れてくれ。やっぱり見栄えはどうでもいい。安くて故障の少なそうなバイクか車かATVはあるか?」
「購入予算は、こちらの委託品の分から出すんだよな?」
「そうだな。足りなければ追加は物納できるけど」
「いや、概算で2万程度は貸付できそうだ。そうだな……ああ、アンタ、ジャパニーズだったな。良いのがあるぜ?」
ニヤニヤ笑いに、どうも嫌な予感がする。
「3千……いや2千でいいぞ。よく走るし壊れない。人数も乗れるし見栄えも良い」
「いや、だから見栄えは……って、おい」
現れたその車両を見て、俺は唖然とする。古い中型のワンボックスカーだが、それは車体正面に“顔”が付いていた。
「ほな、毎度ッ」
「おい、サイモン!?」
どこで覚えたのかインチキ臭い関西弁で言うと、サイモンは一方的に接続を切った。
溜息を吐いて振り返ると、好奇心に負けたと思われるドワーフ娘が木の陰からこちらを覗いているのが見えた。まだ動きは止まってるけどな。
「ミルリル、お前……まあ、いっか」
いまさら隠してもしょうがない。
一瞬の間を置いて動き出したミルリルは、現れたものを見て驚くより先に強く興味を引かれたようだ。周囲を駆け回って車体を触り、叩きながらありこちを覗き込んでは目を輝かせる。
「これは、魔物型魔道具か!? ヨシュア、魔導師だったのじゃな!?」
「魔導師、ではないな。商人の技能だよ。それとこれは、マイクロバスだ。幼稚園のな」
ボディの横には“にこにこ幼稚園”と日本語で書いてある。これ北関東の緑ナンバーまで付いたままだし……廃車を海外輸出したのがサイモンのいる国まで流れてきたんだろうな。フロントに付けられた笑顔で牙を剥くクマの顔がシュールだ。
どれだけの修羅場をくぐってきたのやら、車体のあちこちに弾痕が残っている。横の窓ガラスもいくつか割れていて、段ボールとガムテープで塞いである。
「よーちえん、とは?」
「親がいるガキの孤児院みたいなもんだ。理解できなくても良い。ほら、出発するぞ。そこから乗ってくれ」
ドアは開けっ放しだったので、俺はさっそく乗り込んでザッと車内を点検する。
座席は一部撤去されていたが、ほぼ使えそうな状態で残っている。赤黒い床の染みは無視して運転席に向かう。キーは刺さったままで、捻ると数回ぐずった後、呆気なくエンジンは掛かった。タコメーターは動いてないが、盤面を叩くとフラフラしながら針が動き始めた。燃料計は半分強。ちゃんと動いてるとしたら、だけどな。
ドアが閉まるかどうか横のレバーを試すと軋みながら動いた。少し隙間は残っているがこれも無視。
最前列でワクワク顔のドワーフ娘にシートベルトを付けさせ、俺は運転席に座る。マニュアルミッションの車なんて久しぶりだ。
クラッチを踏んでアクセルを合わせ、ゴリゴリとギアを入れてスタートさせる。動き出したところで軽くブレーキを確認。微妙に効きが悪い気もするが、まあ問題はない。
「う、動いたのじゃ!?」
森の中からデコボコの泥道を経て、タイヤが取られないように注意しながらマイクロバスを引き出す。街道というのか広めの田舎道に出たところで、ひと気がないのを確認して少しスピードを上げた。
「は、速いッ! ロバより馬より、ずっと速いのじゃ!」
「そりゃそうだ。馬の2倍以上は出るからな」
馬って全力でも時速40~50キロくらいじゃなかったっけ。覚えてないけど。この車がいくらポンコツでも100キロくらいは出るだろ。舗装道路じゃないから、そんなに出さないけどな。
「馬の、2倍じゃと!? 魔物でも空を飛ぶもの以外、そんな速度を出せないのじゃ! どうなっておる? これは何で動いてるのじゃ? 魔石か? 魔法陣なんぞ、どこにもなかったし、魔力の反応もないのじゃが!?」
「ガソリン、ていってな。よく燃える油だ。それが燃える力でエンジンっていう心臓部の滑車を回して、鉄の歯車を何枚も通して、力を車輪に伝える」
正確には違うのかもしれんけど、車やらエンジンやらの細かい構造なんて知らん。種族的に機械関係には勉強熱心なのか、ドワーフ娘は“ほおっ”と感心したような息を吐く。
「がそりん……聞いたことはないの」
「ああ。地下から汲み上げたドロドロの油を精製するんだけど、たぶんこの国じゃ無理だと思うぞ」
「これ、分解してもよいか?」
「やめてくれ。もっと金が溜まったら、もう少し小さいエンジンを買ってやるから」
「ホントか!? 約束なのじゃ!」
最初に触るなら、空冷シングルピストンのバイクかなんかの方が良いだろ。マイクロバスは、できればこれからも使いたいしな。
夕暮れが迫るなか、しばらく快適なドライブが続いた。ここらで野営しようかライトを点灯してもう少し距離を取ろうかと迷っているところで、前方に何か光る物が見えた。
「ミルリル、あれ何だと思う?」
「戦闘。魔力光じゃな。距離は半哩、この速さだと20も数える頃には戦闘圏じゃ」
街道を逸れて光った方向から陰になる位置で車を降りる。徒歩で移動することを伝えるとミルリルは残念そうにうなずいた。
「まさか、これを捨ててゆくのか?」
「いや、収納」
マイクロバスが一瞬で消えるのを見て、ドワーフ娘は目を丸くする。驚いたというよりも、楽しいおもちゃがもうひとつ増えた、という表情に見えなくもない。そのまま戦場を大きく回り込むように山側に入る。森は深くなり移動は困難になるが、おかしな戦闘に巻き込まれるよりずっとマシだ。
「視認されたかな」
「わからんの。しかし、すぐわかるのじゃ。あの先にいたのは魔導師だから、見えてたとしたら……」
轟音とともに爆風が駆け抜ける。振り返ると、つい先ほどまでいた場所が激しく炎上していた。
「黙ってるわけがないのじゃ」




